第19話 太古の信仰

 「パワードレインが行われる方法は、直接的な魔法攻撃か、神殿に結界が張り巡らされているか、はたまた強烈な魔導具がどこかに設置されているか。結界は"シンボル"となる何かを破る、すなわち魔法陣や札などを破壊する。一方魔導具であればそれを破壊する。そうすればパワードレインは止むが、果たしてその時に力が元に戻るか」チアゴは幾分か落ち着きを取り戻した。急激に力が落ちるのだ。その脱力感に慣れるまで時間がかかった。


 「それは時間経過とともに進むのですか?」セインが訊いた。


 「いい質問だ。恐らく、いくつかのパターンがある。例えばこの神殿内での時間の経過で進む。これは結界が張られた場合に多い。はたまた先に進むごとに進行する場合、これは魔導具に近づくたびに進む点では後者。あとは、戦闘を行うと吸い取られる場合もある。これは……特殊でよくわからん」


「戦うと吸い取られる?」


「物事が逆に働くという事だ。鍛錬すればするほど弱くなるという」


「そんな。チアゴはどのパターンだと思いますか?」


「俺は、先に進めば進むほど進行していると思う。自分の体感としてな」


 「パワードレイン。僕はなぜ感じないのだろうか……」


 「指輪だよ」


「え?」


「俺の予想では、そのブラックエンゲージリングが魔法攻撃からお前を守っているのさ」


 「これが……」セインは外れない指輪を眺めた。


 「それは魔界の上流階級が贈り物として扱う品。それくらいの力が込められていてもおかしくはないさ。いや、もっと巨大な力、すごい能力があってもおかしくはないが」


「……」セインはアナラリスに想いを馳せた。


 「妄想が始まる前に進むぞ」チアゴはまた歩き出した。



 進むごとに弱くなる。セインはゾッとしたが、チアゴはそれ以上に焦っていた。つまり魔導具を誰かがどこかに配置したわけで、その目的は知れている。弱った侵入者を屠るか、生け取りにして何か邪悪な事を行うかしかない。


 身体能力は落ちてはいるが、剣の腕は落ちてはいないようだ。しかし、目や腕のスピードが落ちるのは致命的。若造に戻ったというか、老け込んでしまったというか。


 2人はまた階段を降りる。かなりの深さまで降りたように思えた。


 階段を降りるとアーチが迫り出した回廊が伸びていた。そのアーチごとに燭台があり、小さな火が灯されている。


 「これは……」


「最下層らしい」チアゴは小さな声で言った。


 回廊の端は見えていた。アーチが途中で切れて、薄暗い空間が広がっている。2人はゆっくりと、決して広くない通路を進む。


 そこは、聖堂みたいだった。天井が高く、遥か上にある丸い窓から微かに光が入っている。青白く見える石畳と石壁、燭台が幻想的だった。何故こんな聖堂が地下にあるのだろうか。階上の聖堂と同じで装飾品の類は何もない。燭台の上には石像。うつむいて、両手を広げた美しい女性の裸像だが、頭から角が2本生えている。恐らく魔神だ。


 その前にはフードを被った、色褪せたローブ姿の人影。その人物はひざまづいて像に祈りを捧げているみたいだった。


 チアゴとセインはその部屋に一歩入り、それから動かなかった。きっとそれは2人に気づいているだろうから。



 「祈りを待ってくれるとは、親切ですね」ローブの人物は言った。男みたいだった。


 「あんた、ここはなんなんだ?」チアゴが訊いた。


 「ここは忘れられた神の神殿。遥か太古にこの女神がおわせられた場所。かつては人々が彼女を慕い、その身を捧げていました」


 「魔神だな」チアゴがつぶやいた。


 「人のことは言えませんが、慕うとは?」セインが訊いた。


 「色魔系の魔神じゃないのか」


「やがて人々は彼女を邪神としはじめ、我々はこのような地下で信仰を行うようになりました。彼女は寿命で亡くなりましたが、人々はその像を作り、魔術をかけてこの地を永遠に守る事にしたのです」フードの男はなおも振り向かない。


 「それが侵入者に対するパワードレインってわけか」チアゴが言った。


 「私はその中の1人になり、禁術を用いて、永遠にこの場所を守っています」フードの男は立ち上がり、こちらに振り向いた。骨だけの顔が覗いた。


 「ネクロマンシーか」チアゴが剣を抜いた。


 「ネクロマンシー?」


「死してなおアンデッドとして生きる魔術だ」


「弱った人間よ。死ねい」フードの骸骨は骨の掌を掲げ、頭上に大きな火球を作り出した。


 「ファイアボールだ」チアゴはとっさに右に倒れ込んだ。「セイン、避けろ」


「遅い」骸骨が手を振り下ろすと、人が反応出来ない速さで火の玉が飛んできて、それはセインに炸裂した。


 チアゴは眩しくて直視出来なかったが、降りかかる火の粉と熱気を払いながら、セインが死んだと思った。


 

 「はっ。な、なに」骸骨の声がして、チアゴはそちらを見た。何故か奴が狼狽していた。次にセインを見ると、彼の周りを爆風が渦巻き、やがて火がかき消え始めていた。


 「セイン?」


セインはよく分からないような顔でその場に立ち尽くしていた。


 「何だ。何だそれは。はっ。貴様、魔呪がかかっているな。なんという呪いだ」


 「呪い?」チアゴは立ち上がった。


 「恐ろしい!何と凶悪な」骸骨は仰け反った。「魔神様の力だろう。それに匹敵する力だ」


「なんなんだ?呪いって?」セインは詰め寄った。


 「ひいい!私には……」骸骨は音もなく崩れ落ちた。体がバラバラになり、その上にローブが被さった。


 「……何だ。動かなくなったぞ」チアゴが言った。


 「呪いって何なんだ……」セインはローブを覗き込む。しかし、その中にはあるはずの骸骨が無かった。


 「ショックでネクロマンシーが切れたのか?」チアゴもローブを覗き込んだ。


「魔法が切れたんですか?」


「自分にかけた魔法が切れたのかも」


「んなバカな」


 「お前に大層ショックを受けていたみたいだったからな」


「呪いって、指輪のですかね?」


「多分な」


 「なんだろう……」セインはモヤモヤしていた。



 「どうします?」セインは辺りを歩き回っていた。


 「とりあえず、この像を叩き壊して、破片を婆さんに見せるか。ビアンカも待っている事だしな。レベルが元に戻るか心配だぜ」チアゴはとりあえず魔神の石像を倒そうと押し始めた。

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