豚の村

第20話 ビアンカ

 マギト神殿探索依頼の完了から、依頼主の確認がとれるまで3日かかった。依頼主はあの辺りの地主で、人に売るためにあの不気味な神殿がネックだったそうだ。チアゴが持ち帰った魔神像の一部を持った依頼主が最下層の聖堂で確認し、これにて2人の仕事が完了した。


 地主は太古の神殿に興味を示し、人に売るのをやめて文化財として残すことにしたらしい。


 

 「ほら、約束の10万プニだよ」レディ・リーは2人に大きな皮袋を手渡した。


 「本当にくれるんですね!」


「当たり前だよ」レディー・リーは冷淡に言った。



 2人は裏路地を後にしてビアンカが待つ宿場に戻った。彼女もかなりの太い神経の持ち主で、2人が神殿から帰るまで草むらですやすや寝ていた。


 「力は戻っているのですか?」セインは恐る恐る訊いた。


 「ああ、間違いない。あの像を破壊したらドレインが解けたよ」チアゴの頭に過ぎるのはそんな事ではない。あのネクロマンサーの言葉が不気味すぎる。セインの指輪がただの指輪ではないとは思っていたが、一体呪いとは何なのだろうか。それまでチアゴはその指輪はセインをパワードレインから守ってくれていると考えていた。しかしどうやら違うみたいだ。


 「これからどうしますか?」


「お前」チアゴはベッドに寝転びながら言った。たもとには大金が入った袋。「その指輪について知りたいか?知らないほうがいいとも……」


「知りたいです」セインはきっぱり言った。「知って後悔するかもしれませんが」


 「何が呪いなのか。さっぱりわからない」


「でも、あの炎。ネクロマンサーのファイアボールをかき消しました」セインは指輪を見つめた。


 「ん?あれはカラで空気を遮断して吹き飛ばしたのだろう?」


「いいえ。僕は何もしていません。多分指輪の力で無効化されたのだと思います」


「本当か!確かに魔法無効化はやばいな。ひょっとしたら大変な代物かもな」


「しかし、ネクロマンサーは呪いだと」


「呪いの装備は莫大な利点と欠点、メリットとデメリットがあると、一般的には言われている。つまり……」


「魔法無効化に対する代償があると?」


「呪いという言葉が芯をくっていたらな。何か体に変調はないのか?」


「いえ、何も。ずっと変わらなすぎて」


「変わらなすぎて?まあ、いい。知りたいなら行くぞ」


「どこへ?」


「長老の知恵木に聞いてみよう」



 少し長い旅になるからと、チアゴは必要な食料や備品を馬車に乗せ始めた。それはそれは手慣れていて、セインは感心して見ていた。


 「遠いのですか?」セインもビアンカの干し草を束ねながら言った。


 「少し遠いな。うまく人里に立ち寄れたらいいが。まあ、ビアンカ次第だ。1週間もはかからないだろうよ」



 荷物をいっぱいに積んだ幌馬車は、イベルカを出て、王都とは反対方向に向かって進み出した。森林地帯を進むと、やがて木の合間から川が見え始め、道はそれに沿って走っていた。



 「今日のビアンカはいつもに増して遅いな」チアゴは少しイラつき始めていた。


 「そうですね。なにか……」


「今にも立ち止まりそうだぞ」


 「あ」


ビアンカはまだ2時間しか進んでいないのに、はたと立ち尽くして、辺りを見回していた。


 「どうした?」チアゴが馬車を降りた。


 「チアゴ、ちょっと待って。何か息遣いが……」


ビアンカは息が荒く、小さく嘶いていた。


 「どうした?病気か?」チアゴはビアンカの背中をバシバシ叩く。


 「チアゴ!ちょっと待って!」セインが馬車から叫んだ。


 「あん?」


「馬具を外してあげて!大変だ!」


「なんだ?」チアゴは眉をひそめた。


 「


「なに?!」


 ビアンカの臀部からニョキっと小さな馬の片足が出ていた。


 「


「なんだと!セイン。火を起こして湯を沸かせ」


 引き返すには間に合わない。セインは経験がなかった。チアゴは豚や牛のお産を手伝った記憶を必死に掘り起こした。


 「片足しか出てないのは大丈夫なのか?」


「分かりません。馬具を外して」セインは木を集めてワラに火をつけ始めた。


 「暴れるんじゃないのか?」


 「くくりつけましょう」


「セイン!もう一方の足が出なくてビアンカが苦しそうだ。空気を」


「え?」


「お腹に空気を入れて、赤ちゃんを誘導してやれ!」


「分かりました」セインはチアゴに火打石を渡した。




 2人ともクタクタで、馬車を背に座り込んでいた。ビアンカも座り込み、目を潤ませながら自身の子供を舐めてやっていた。


 やがて小馬が立ち上がろうと頑張っている様を見守ってはいたが、やはり2人は立ち上がれない。


 「今までで1番焦ったな」


 「ダントツ1番ですね」


気づけば、辺りが少し暗くなっていた。予定が狂いまくりだ。


 「チアゴ、あれは普通なんですか?」


「ああ。違うと思うぞ」


小馬は何とか立ち上がった。


 「あの、眉間と背中にある、コブ」


「普通の馬にはねえよ」


「ですよね」




 







 




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あの凶悪魔神娘を嫁にします( 予定調和) 山野陽平 @youhei5962

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