第10話 剣を握るために生まれた男

「おい!出て来たぞ」チアゴが堂々と扉を開け放つと、詰所の前には兵士が3人いた。彼はゆっくり表へ歩いて行く。セインはその後ろから出ようとするが、あまり気が進まない。


 「あー、気持ちいい夜だ」チアゴは背伸びをしながら、ブロードソードの鞘を投げ捨てた。


 「こいつ、抜いたぞ」兵士たちが喚き立てる。そして3人も抜刀した。


 ピー


 静かな暗い通りのどこか遠くから笛の音がする。まだ応援を要請しているみたいだ。


 チアゴはゆっくりと3人の兵士の間合いに入って行く。その堂々たる様に彼らは少し後退りする。


 広い通りの真ん中。通行人は誰もいない。セインは改めて王都の広さ、荘厳さを目の当たりにした。通りの端などはここからは見えない。


 この脱獄は一体何人を相手にするのだろう。セインは我に返って考えた。


 「お前ら、俺の名前を聞いた事がないか?」チアゴは剣をぶんぶん振り回しながら言う。


 「何を寝ぼけているんだ、貴様」3人は少しにやついた。


 「酔剣チアゴとは俺の事だ」


………。


 ぷっ。


 3人の近衛兵は一斉に大声で、腹を抱えて笑い出した。


 「何がおかしい」チアゴは少しむっとして、右手の酒をあおった。どうやら彼は左利きらしい。


 「何が酔剣チアゴだ。彼は剣聖とまで謳われた正体不明の武人だぞ。一説には魔界に入って死んだと聞いた。こんなところにいるわけないだろう」


 さらに他の者がまくしたてた。「お前みたいなホラを吹く輩は沢山見て来たわ。どいつも大した事なかったがな」


「……」自称チアゴは黙り込んでしまった。


 「ガタガタ言ってないで大人しくしろ」3人はチアゴに一斉に踏み込んだ。丁度笛を聞いた応援が向こうに見えた。


 その時。


 チアゴは人が一の動作をする速さで三の動きをした。3人の剣撃を受け止め、次の動作で、1人を剣圧で吹き飛ばし、1人の太ももを切りつけ、1人の刀剣を弾き飛ばした。それは流れるような、まるで未来予知でもしたかのような計算し尽くされた動きで、自分の間合いの空間をミリ単位で知り尽くしていた。


 「うぐあっ」足を切られた兵士が叫んだ。心配そうに応援がざわざわと走ってくる。


 「俺の間だ。"間"に入って助かったやつはいない。あと俺は魔界には行っちゃいねえよ。要らぬ噂が一人歩きしているな。魔界の将軍を一人殺ったがな」


 間。そうだ。彼の今の動きは受け身。間に入った者を最速、最良の方法で迎撃した。


 「俺は人は殺しはしない。君たちも後学のために見せてやろう。これが無敵の聖域剣サンクチュアリだ」


 チアゴは少し短いブロードソードに持っていたい酒を浴びせかけ、両手持ちに持ち替えたかと思うと、下に構えて群がる10人はいるであろう兵士に向かって行った。


 「おい!囲め!」


「縄を出せ」


何人かは剣ではなく槍を持っていた。どう対処するのか、セインはぐっと息を呑む。あれよあれよと通りの真ん中でチアゴは囲まれた。


 すると通りの向こうから蹄の音と馬の嘶く音が聞こえた。騎兵だ。騎兵隊も応援にやって来た。


 と、その時。


 「こいつ、吐いたぞ」


「チャンスだ!取り押さえろ」


囲まれていて、セインからはあまり見えなかったが、少し見えていたチアゴの禿頭が見えない。しゃがみ込んで嘔吐しているらしかった。


 セインはその隙に逃げる事を考えたが、一瞬迷って、兵士たちの方へ走って行った。


 俺は何をしているのだろう。


 セインは身体の周りの空気を集め、まるで下方から風が吹くように体を軽くして速く走った。そして右手に風を集め、兵士が余り傷つかないように軽い竜巻を巻き起こした。


 「うわーーー!」3、4人を周りに吹き飛ばし、怯んで割れた人だかりの中に入り込む。そしてまた、中心で地面に手をつくチアゴをおぶると、全力で空気をまとって走り去る。


 お、重い……。チアゴは痩せてはいたが、セインより背が高かった。


 セインは驚く兵士を尻目に往路の建物の間、裏路地へ走り逃げた。


 「お、追え!!」近衛兵が叫んだ時、丁度騎兵が3騎やって来た。


 「逃げました!」


 「何!」


またけたたましい笛の音。今回は大きく長く、町中に響き渡るようだった。それに驚いた街人が玄関から出て来たり、灯りがついた家もあった。


 「門番たちに伝達しろ!絶対街から逃すな」


騎兵隊たちは散り散りに四方にある門に向かった。


 「脱獄だ〜!凶悪犯が2人逃げたぞ」


 

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