第4話 創始者ってかっこいい
「ほお。お主、剣も魔法も使えんのか」道なき道、起伏の激しい山の中を、セインは老人の後を歩く。かなり歩いたが老人は息ひとつ切らしていない。セインはというと、空腹も相まって老人について行くのがやっとだった。
「生まれてから土しか触った事がございません」
「それはかえって好都合かも知れんなあ。皆、他で訓練されたり実戦を経験した者は、自分のクセみたいなものがあるからの。それを矯正するのがまた大変なんじゃ。ん?どうした?」遅れ始めたセインに言った。
「いや、腹が減りまして」
「なんじゃ、口を開けてみい」老人は利き手を上げ、セインに何かを投げる仕草をした。次の瞬間、セインは見えない何かが口に入り、それがどんどん腹の方へと降りて行く感覚がした。すると、少し空腹が和らいだのだ。
「な、なんですか」セインはびっくりして少し膨れた腹をさすった。
「わしらが修行時代に、腹が減った時によくしたものじゃ。空気喰い。少しだけ空腹が紛れる。しかし、やがては屁になって出てしまうがの」
「空気喰い?空気を投げたのですか?魔法?」
「いや、物理じゃから魔法ではない。空気というのは工夫によって様々な使い道があるんじゃ」老人はまた歩き出した。
空気……?食う気?
「これからわしの師匠に会わせる。厳しいひとじゃから、引き返すなら今じゃ」
さらに師匠……?一体何歳なんだ。
「あと、お師匠がダメと言ったらダメじゃ。わしらは人に知られてはならぬ掟がある。その時はお前が記憶をなくすほどにぶん殴って、どこかに連れて行く。かまわんか?」
記憶をなくすほど殴る?この人は何を言っているんだ。
ぷっ。
「着いたぞい」そう言った場所は見上げても先が見えない大木のたもと。地面から突き出した根っこが筋肉隆々の腕みたいな、見たこともない立派な老樹だ。
セインは木の中に入るのかなと思った。
「見ておれ、空気はこうも使える」老人は木の側面に足を上げると、何もない空間によじ登るように浮いた。
「へえ」セインは目を見やった。
「今木の周りに螺旋みたいに階段を作ったんじゃ。ほれほれ」まるで木を中心に打ち込まれた階段を歩くが如く、老人は高くへと登って行く。セインは恐る恐る触る。確かに目に映らないものを手は触っていた。硬いわけでも柔らかいわけでもない。なにか手のひらが突っ張る感じだ。
セインは足をかけ、確かめるように一段一段登って、老人について行った。下を見ると鳥肌が立つからなるべく見ないようにした。
やがてかなりの高さになり始め、辺りの木々の葉や、その木の枝が肌に当たり出した。視界が緑に覆われ、下を見下ろしても恐ろしい地面が見えなくなってくる。
やがて空気が薄くなるほどの高さまでくると、太い枝に大きな木の小屋が建っているのが見えた。まるで空に浮かぶ小屋だ。
老人は扉の前で立ち止まると、大きな音を立ててノックをした。
「師父、チョンガルです。失礼致します」
じいさん、チョンガルって名前だったんか。
「入りたまえ」奥から低く渋い声がした。
チョンガルが振り返り、セインに待てと促した。先に中に入り、小声の話し合いが聞こえ、やがてドアが開き、彼から入るようにジェスチャーされた。
中は生活感のない何もない小屋。奥には老人チョンガルと、並んで師匠と思しき男があぐらをかいて座っていた。
小さくてまんまるの頭に切長の大きな目。鼻のそばには立派なコブが二つあり、そこからくちばしがこちらを威圧するように突き出していた。人なら腕があるところには羽根があり、それを器用に膝に置いたり顎を乗せたりしている。袖が半分ほどのズボンを履いているが、灰色の羽毛で覆われた露出した部分は鳥類のまさにそれで、神妙な面持ちでセインを見上げていた。
はと?
「初めまして。私は"空道"創始者のネイサンだ。よく来たね」
くうどう?低くて渋い声だ。
「恐れ入ります。初めまして。セインと申します」
「いや、師父がお主に興味を持っての」
「はっはっは!元気があって好感が持てるじゃないか。話を聞いたよ。君が強くなって魔界に行きたいって気持ちが伝わってくるよ」ネイサンは笑ってはいるが、その顔から感情を伺うことは難しそうだ。まるでアフレコみたい。「ところで例の指輪、私にも見せてくれないか」
セインは黙って左手薬指を突き出して見せた。
「そうだな、これは中々のモノだよ。魔界でもかなり位が高くないとこんな魔道具は持ってないだろうな。私には知識がないのでどんな力を秘めているのかまでは分からないが、巨大な魔法力を持っている事だけは分かる」
「くうどうとは何ですか?」
「クードー。私や弟子達は単に"空(カラ)"と呼ぶがね」
「カラ」
「これは精神エネルギーを物理に取り入れた新しいテクノロジーなのさ。人間がいかに武装して武芸を極めたり、魔導を探求しても、魔神達のそれや龍神族のブレスには敵いっこないからね。私が提案するのは精神と森羅万象のコンフュージョンなのだよ。私はこれを編み出した時、これを使いこなす集団がこの混沌とした世界を救うと思った。だから私は隠れて同志を集めているのさ」
「広く仲間を募った方が、より魔神に対抗できるのでは?」セインが質問した。
「こら」チョンガルが慌ててセインをたしなめた。
「はっは!いいんだよ。確かにそうだ。しかし違う心配があってね。誰でも習得できるものではない、という点と、それに繋がるジレンマが私を悩ますのさ」ネイサンは頭を抱えるジェスチャーをした。
「ジレンマ?」
「カラを極めれば魔神も龍神も殺せる。人に相対的に優劣ができる。すると、世の中はどうなるか。1番強いやつが世界を支配し始めて、弱いやつは虐げられる。力が幅を利かせる世の中が何ひとつ変わらず続くのだ。そうこうしていると、魔神や龍神もカラを習得したり、それに対抗できるテクノロジーを開発する」
「何も変わらない?」セインはすっかりネイサンの話に取り込まれていた。
「そうさ。私はカラが無敵だと信じているよ。それが今の暴力にとって変わられるのに耐えられないのさ」
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