王都捕物帳

第8話 王都オーランチウムで御用

 「だから、脱走農民じゃないって言ってるじゃないですか!」セインがしつこく訊いてくる取り調べ兵に叫んだ。


 「脱走じゃないって、どこから来たか分からない、村の名前も分からないって言うのが通用すると思っているのか?!」


「村から出た事がないから分からないんですよ!ここから2日くらい歩いた山の中に村があったのですが燃やされたんです!」


 「そこの地主の名前は?!」


「分かりません!」


 セインはオーラント公国王都の首都オーランチウムの、近衛兵詰所の中にある取調室に連行されていた。街の入り口の検閲で怪しいと連れて来られたのだ。彼の焼けた村は、実はかなり遠く、彼の証言とつじつまが合っていなかった。


 農奴の脱走はもちろん重罪だ。国兵に捕まって強制送還されるのはまだ幸運で、悪い相手に捕まったら売り飛ばされ、犯罪に手を染める者もいた。ある意味で所属や所有者をはっきりさせるヒエラルキーは国の秩序を守るための仕組みでもあった。


 「どうした?騒々しいじゃないか」取調室の重厚な扉の向こうから、短い白髪の老兵が入って来た。いつも笑って見える細い目には、白くて長い眉毛が垂れ下がっており、鼻の下にだけ髭をたくわえている。少し猫背だが他の兵士と色の違う上っ張りを着ており、階級が高いのだろうかと思わせた。


 「ジェニ様。こやつがあいまいな供述をしておるのでございます」取調兵は老人に対して背筋を伸ばした。


 「王都直轄領から脱走して来て王都に入ろうとする事は考えにくい。また捕まりに来るようなものだからな」ジェニが思案した。


 王都は広大な螺旋状の作りになっている。1番外に農村地帯。ここは戦乱が起きると一番被害を受ける。次には農夫や貧乏な旅人が利用する屋台や簡易的な宿、街で家賃を払えないものが住む家などが立ち並び、次に城壁。その中は舗装された街並みが広がり、それに囲まれるように王城がそびえたっていた。主要な施設の大聖堂、近衛兵の詰所、王国軍の宿舎、商人達の邸宅、魔法治療院、国立図書館などは城壁の中にあったが、王都の物価はとにかく外に比べられないほど高い。


 「先の戦で焼かれた村が東方にあったと聞く。もしかしたら、もっと長い道のりを歩いて来たのではないかね?」ジェニが訊いた。


 「はっきりとした距離は分かりません。途中であちらの森に入り、そこを抜けて来たのです」セインは来た方角を指差したが、修行をしていた事などは話さなかった。


 「何!あの森を抜けて来たと?お前さん、あそこは広大な森だぞ。ここに来たかったのか?」ジェニは呆れて笑っていた。


 「たまたまここに辿り着いたんです」セインは包帯のような布でぐるぐる巻きにした左手人差し指をいじくっていた。ブラックエンゲージリングが知れるとややこしそうだ。


 「うーん。それが本当だとしても無罪放免にはならんかもな。城に訊いてみなければならない。またこの王の直轄領の畑で働いてもらうか、兵役をこなしてもらう」元からいた取調兵は嫌味を言った。


 ジェニは何も言わなかった。それが決まりなのだろう。セインも、何を言っても無駄だと黙り込んだ。


 セインはまた腕に鎖を繋がれ、牢に連行された。最初に待たされた独房とは違い、じめじめした階段を降りた、いくつも鉄格子が立ち並ぶ廊下。明かりは通路にしかなく、歩けど牢の中ははっきり見えない。太い鍵を差し込んで、甲高い音を立てる扉が開かれると、そこに入るようにと冷淡な兵士が促した。


 

 中には誰かがいた。独房じゃないみたいだ。しかし薄暗くて、ひとらしきものという他は分からなかった。


 「ちっ」彼は舌打ちをした。部屋の隅であぐらをかいて一人を満喫していたのだろうか。


 セインは何も言わなかった。通路の明かりを見ながらできるだけ離れて座る。


 薄暗い中で視線を感じるのも妙だが、興味を持たれているのを感じた。意識を向けられてる。


 「そいつをどこで?」暗闇の彼が、小さい声で訊いた。隣にも、通路にいるかもしれない兵士にも聞こえない声。


 「そいつとは?」セインは姿勢を変えずに身構えた。


 「綺麗な闘気だ。澄んだ真新しい、つるつるの玉子みたいな闘気。そいつとはその指のやつさ。禍々しい匂いが溢れ出ている。まるで魔神の貴族が好みそうなアクセサリーだ。着けているだけでのやつらが寄って来そうだ。素晴らしい」


 セインは答えなかった。


 「癖かな?足と尻が石畳で痛くなるのを和らげているな?無意識に少し浮いているだろう?」


セインは黙ったままだった。


 「魔道とは違うみたいだな。ふむふむ。いや、失礼した。私はチアゴ。久しぶりにシラフなので、これはこれで楽しくてね」チアゴは闇の向こうで薄ら笑っているみたいだった。自分を怖がらせたいのか、好意を持っているのか、何がしたいのかは分からないが、セインは相手にしなかった。


 


 


 


 

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