最終話 吾輩は偉大なるメルクトである!!

 一行は教会の敷地を抜け、王都の外壁を破壊した。

見計らったように外には大量の戦士がひしめいていた。

 教会の中でもめていた間に修道女が手を回し包囲したのだろう。

もっともこれほどの数、元々待機させていたとしか思えないが。

「有象無象の雑魚共が!!!!去ね!!!!!!!!!!!!」

 メルクトは風の魔法で声を拡大する。

戦士達に動揺はない。

 メルクトはリディをリールテールに手渡した。

「リールテールさん…メルクトさん、ここに来るまでになにかしたんですか?」

「ちょっと悪戯をしたら反感を買ってしまわれたそうです。大丈夫。旦那様はお強いですもの」

 戦士達の中から一人の男が現れた。

「メルクト君」

 痩身の男はメルクトに向けてゆっくり剣を向けた。

「降伏したまえ。戦力差は歴然だよ」

 剣の先端から光の奔流が迸りメルクト達と男だけが光の繭に包まれたようだった。

メルクトは口元に笑みを作る。

「我輩相手に吠えるようになったではないか」

「今なら君の宣言など無かった事にしてやろう。メルクト君。その上で勇者の暴挙と先達の非礼は詫びよう。君の力がどうしても必要なんだ」

「断る」

「君は自分のしたことの重大さを分かっていないのかね」

「そちらこそ、どうやって落とし前を付ける気なのだ。王よ」

王。外見はまだ若々しいが目元には疲れが見える。

「おうさま?」

「ソウですよ。リディ」

 リールテールとリディの後ろにいつの間にかハルバニアがいた。

「!!!!!!!!!!!!!????????????????」

「あらハルバニア。まだ生きてたの?」

「オマエがチリョウしたのにソのいいグサはドウナノダ…」

 リディは酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせている。

「ヨシヨし。ゲンキだったかいリディ」

 なでなでとリディの頭を撫でるハルバニアの手はいつも通りだった。

「おいお前ら…そういうのは後にしてまず我輩の格好いい姿を目に焼き付けろよ…」

「ハルバニアさーん…だって…心臓…ささ…だって…うわーんよかったあああああああ」

「おーよしよし…ワタシたちはサイセイりょクがトテモたかいカラくびをトバされてモソンなカンタンニはしにマセンよ」

「旦那様こちらはいい感じなのでそちらはそちらでどうぞ」

「クソ、なんだこの疎外感は。我輩だって泣くぞ。」

「どうぞ、ご自由に」

 王はため息をついた。

「メルクト君。君は僕を馬鹿にしているのかな」

「ぐぐ。我輩は真面目に己が境遇を嘆いているにすぎぬよ。王」

「そういう所が嫌なんだ。研究を隠していつも煙に巻く」

「無暗に力を広めても碌なことは無い」

「それは君が決めることではない」

「この問答は無駄だともう分かっておるのだろう?」

「君が魔王として人間に反旗を翻すつもりなら、僕は君をころさなければならないんだ。そちらこそ、分かるよね」

「まぁそうだろうな」

 メルクトは王に向き直る。

「我輩がひっそり暮らしていたのを無理矢理引きずり出しおって」

「分かっているだろう。君が出てこないからこうするしかないことくらい」

 王は剣を鞘に戻した。

「交渉は決裂か。仕方ない。人間に仇成す魔王よ。消えろ」

 光の繭も消滅し、同時に数万の戦士がヲヲヲと声を上げ一斉に魔王とは虫類達に襲いかかる。


「だあああああああああああああああああああまらああああああああああっしゃああああああああああああああい!!!」



戦士達の動きが止まった。

は虫類たちも微動だにしなかった。

誰も動くことは出来なかった。

草木も風も、時間の流れを忘れたようだった。

いや、2人だけ例外は居た。


歩き出す『魔王』メルクト


「………」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」


そして


「ああああもう。やかましいうるさいなんで眠らせてくれないのよばかぁ」


癇癪を起こす。聖女、アストリエ


「起こしてしまったか。すまないな。魔王」

メルクトは聖女に頭を下げた。

「ばか、あほ、とんま」

聖女がメルクトに近づく。

「我輩は悪くないのだぞ。一応釈明するが」

「しってる。今のは八つ当たり」

聖女はメルクトの前まで来るとくるりときびすを返す。おしとやかな雰囲気は霧散し利発な少女のようだ。

「うむ。そこのいるのが家の新しい家族だ。面白いだろ?」

「あたしは最近まで寝ていたのだ。そこの小さいの以外知るわけ無いだろう」

伸びをしながら、人の間を歩く。

「そうか、中から見ていたかと思ったのに、残念だ」

「ここで、こんな状況って事はあなた”も”消えるの?」

「ああ、我輩は良い『魔王』になると決めてしまったからな。この国は座りが悪い」

「そう、あたしはもう少し寝ていようと思うけど、オマエがいなくなるなら寂しいな」

「魔王が起きる頃にはまた戻って来てやるよ。我輩と魔王は友達だからな」

「まったくオマエはよく分からないよ。あたしが折角新しい世界を作れる力をあげたのに、まっさきにあたしを助けようとするし」

「ふふふ」

「王家の血族にあたしを封印するっていうのは本当に思いつかなかったし、すっとしたよ」

「我輩は語る言葉をもつ生き物なのでな、無用な争いは好まぬ」

「結構暴れたみたいに見えるけど?」

彼女は遠くべたべたな教会や壊れた街を指さす。

「不可抗力だ」


かつての魔王が少年に問答する


「ねぇ。力を持つ物が弱い者を助けなきゃいけないってことはないじゃない」

「そうだな。我輩も余所の諍いに口を出す気はないぞ」

「ねぇ。弱い者に手加減する義理もないじゃない」

「そうだな。愚か者にはそれなりの対応をしているぞ」


かつての少年が魔王に問答する


「なぁ。魔王。誰かを愛したっていいじゃないか」

「そうだね。あたしもいつか誰かを愛せたらいいね」

「なぁ。魔王。自分を許したっていいじゃないか」

「駄目だよ。まだあたしは償いの途中だ」


聖女が魔術師に口を開く


「ありがとう。あたしに罰と救済をくれて」

「ありがとう。我輩に命をくれて」


「オマエは優しいね」

「魔王には負けるよ」

「オマエにはあたしみたいになってほしくないんだよ」

聖女の指先がメルクトのあごを撫でた。

「ならぬ。我が輩は愛しいペット達がおるうちはお前のようにはなれぬし、かっこ魔王ではあるがその前に”偉大なる魔術師メルクト”であるからな。ちゃんとした魔王は、やはり魔王だけだ」

「そうかい。オマエには期待しているよ」

「せいぜい今後も期待するといい。魔王。ああそうだ、寝る前に一つ手伝ってはくれまいか」

「いいよ。あたしは今とてもご機嫌だし、世界に一人だけの友人の頼みは聞いてやるよ」


***


魔王は数日で国中の数万の人間の命を奪いました。

そして国中をまっさらにしてしまいました。


王様は嘆き悲しみました。

少年は王様と取引をしました。


少年は殺された人間をよみがえらせました。

そして新たな国を築いていきました。


王様は少年を恐れました。

そして少年を遠い場所に追いやりました。


王様は国を失いました。

魔王は命を失いました。

少年は王様の国を作り直しました。

少年は魔王のいのちを作り直しました。


少年は友人と居場所を失いました。

しかし、少年は寂しくはありません。

少年は国を直すさなか、トカゲに出会いました。

少年はトカゲを、トカゲは少年を愛しました。


みんな、傷つき、救われました。


***


「どうなっているのだ。これは」

 王は立ち尽くした。

周囲には森が広がっていた。

王に続いて沢山の戦士がゆっくりと頭をもたげているのが見えた。

一瞬。一瞬で王都の教会前からこんなドコとも分からぬ森に飛ばされたというのか。

王はめまいを感じてよろけた。


カツッ


 王は何か固い物を踏んだ。

そして目を見開く。

足を使い草と被った土をどけると、それは教会前の道に使われている意匠の凝ったタイルであった。

鳥の声や獣の息づかいの聞こえる深い深い森。

木々の合間合間に柱や街灯、建物が見えた。

ここは国の中心、王都であった。



「気付いたときはみんなで街道に立っているとかどんな魔法を使ったんですか?」

「ナイショなのだ。『魔王』様はミステリアスキャラで行こうと思うのだぞ」

「その、自分で様付けるの…やめた方が良いと思います」

「引かれた!?」

 人のいない旧街道を魔王と、アルバトールと呼ばれるリザードマン達と、優男と、幼さの残る少女と、沢山のカエルやトカゲが行進している。

「これからメルクトさんはどうするんです?」

「国を作るのだ!!ハチュウルイパラダイス国的な!!」

「ネーミングセンスの段階で終わってますね」

「ハルバニアー」

 メルクトは涙目で少し先を歩いていたハルバニアに駆け寄った。

横から伸ばされたリールテールの手を取ってリディは歩き出す。


 先を歩くメルクトは回復したようでハルバニア達と何やら図面を付き合わせている。

新しい城の図案だろうか。


「リディ、これからもよろしくお願いしますね」

「はい、よろしくお願いいたします。リールテールさん」

「所で、これからお仕事のことはどうなさいますか?旦那様の事、色々聞いたのでしょう」

 王都から離れてから、メルクトは自分の生い立ちやこれからのことをリディとアルバトールに語った。ハルバニアとリールテール以外は一部初耳だったらしく、憤ったり涙したりしていた。

「それでしたら大丈夫です。攫われていた間考えて分かりました」

「?」

 リディはリールテールに少ししゃがむように言うと耳元で囁いた。

「無理にメルクトさんが人間を好きになるよう仕向けなくたって、私が来る前からリールテールさんがメルクトさんの事が大好きなのと同じ位メルクトさんはリールテールさんの事が大好きですよ。知ってました?メルクトさんリールテールさん以外のひとを「可愛い」って言わないんですよ?」

「………」


トカゲの顔でも赤くなるのか、とリディは思ったとか思わなかったとか。




めでたしめでたし


***

最期までお読みいただきありがとうございました。

7月1日から同じく渋に置いていた蛇足を補修したものがこの続きとしてちょっと公開されますので気に入ってくれたならそちらもどうぞ。

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