第4話 吾輩への挑戦者なのである!

 重い音が森の木々をゆらした。

「ドウシタ」

「ワカラン。アルジどノがm」

 森を巡回していたアルバトール2匹は、自分の首と胴が離れたことを最後まで気付くことはなかった。




 勉強部屋にて。

「リディ。もう三ヶ月になりますが、あなたのお仕事の方はどうですか」

 リールテールはリディの書き取りの解答に目を通しながら呟くように尋ねた。

「………」

「まぁ、いいでしょう。旦那様も楽しそうですし今の所不満はありません」

「やっぱり…もっと、魅力的な女性にお願いした方が良いんじゃないか?」

「勉強中は特に言葉遣いはエレガントに」

「…すみません」

「わたくしは貴女でいいと思ったからこの条件を出したのですよ」

 リディはアルバトールの目を見つめる。透き通ったトカゲの目に感情は伺えない。

「こことこことこことここ、四箇所直したら今日は終わりで結構です」

 リールテールが立ち上がり、真っ直ぐ部屋を出て行く。

遠くで重い音がした気がした。

足を止めてリールテールがリディに振り返った。

「少し、事情が変わったようです。」


「事情?」

「敵です?」

「敵?」

「旦那様の敵です。旦那様の敵は我々全ての敵です。迎え撃ちます。が、貴女は…」

 リールテールはしげしげとリディを爪先から頭でねめまわすように見ると舌打ちをした。

「使えそうにないので隠れていて下さい」

「ナチュラルに酷い」

「使えない物は使えません。地下図書室で恋愛小説でも読んで旦那様の攻略法でも探して下さい」

「リールさんは戦うの?」

「さっさと移動しないと口の中に○○○をつめますよ」

「ごめんなさいすぐいきますやめてください」

「よろしい」

 リールテールはリディを地下道に押し込み、主の部屋に駆けだした。



 じめじめとした部屋。一人椅子に腰掛ける部屋の主の眉間には深い皺が刻まれていた。

ハルバニアは主の前に片膝を付き報告する。既にある程度は察しているのだろう。

「アルジ」

「ハルバニア」

「ナナヒキ、すでにヤラれてオリマス。ゴジュンビを」

「骨のある雑魚のようだな。そうか。やられたのは警邏のものか」

「ソウです」

「ふむ」


ごおおおおおおおおおおおおおん


ごおおおおおおおおおおおおおん


ごおおおおおおおおおおおおおん


「めえええええええええええええええるうううううううううううううううううううくううううううううううううううううとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 黒い城、黒い深い森、深い森に隣接した街にまで声は鳴り響いた。


 メルクトは壁を叩くと出現する、出口を城の上空に設定してあるワープホールに飛び込んだ。


・・・


 深い森は街の反対側、荒野の方から深く深く抉られていた。

城の尖塔のてっぺんからメルクトはそれを眺める。

 森を抉った巨大建造物。ゴーレム。召喚術で呼び出された異界の兵器だ。

おそらく召喚者と思われる男はゴーレムの上で何かを叫んでいる。

メルクトは風の魔法で男の耳に届くよう呟く。

「うるさいやかましい黙れタヒね」

「くははははははははははははは!!!!!!!漸く出てきたか!!!老害!!!お前こそ死ね!!!」

 元気な侵略者は人差し指でメルクトを指さすと高らかに名乗りを上げた。

「我が名は勇者メイザーズ!!!!いざ尋常に勝負であるぞ!!!魔王メルクト!!!!!!!!!!!」


「え…」

「魔王!!観念して我に討たれよ!!!!我がゴーレムは天下無双!!貴様のトカゲもどきでは」

「あの、すみません、人違いです」

「へ?」

「我輩。魔術師ではあるが魔王ではない」

 メルクトの眉間の皺が一層濃くなる。

「うそこけ!!!何処の世に300年も生きる人間がいるというのだああああああああああ!!!!」

 勇者の叫びは黒い城、黒い深い森、深い森に隣接した街。勿論城の地下まで響き渡った。


「声がでかい。うるさい。静かに喋れ。」

 メルクトは腕を振って防音壁を作る。この距離で肉声で轟音を轟かせる存在にメルクトは少しだけ感心して、呆れた。

「いるのだ。致し方あるまい。」

 あとそんなに叫ばずとも聞こえる。と

「それにその両の赤眼!!ヘルメスの魔眼と聞き及ぶぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!観念して討たれるが良いい!!!!!!!!!!!!!!!国王からの討伐許可は出ているのだああああああああああああああああ!!!!!!!!」


「そんなものではない。産まれた時から目に色素がないのだ。赤く見えるだけなのを魔眼などと」

「大地の精メルドアクレウスに願い奉るう!!ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおれむううううううううううううううううううううびーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむ装填!!!!!!!!!!!!!!!!」

「聞けよ」


 ゴーレムの周囲に光が集まる。最初の轟音はごおお(略)ビームとやらによるものだったのか。とメルクトは冷めた目で見つめた。

 勇者。魔法剣士。国王の許可をとって魔王狩り。

殺すと後が面倒そうな状況であった。

なによりこいつの相手をまともにしたら自分が魔王だと認めるようなものではとメルクトは嘆息する。


「勇者よ。我輩が一体お前に何をした」

 ゴーレムの頭上の光球は既に人間数人分の大きさになっていた。

「…無駄か。矢。圧縮。重力。24詠唱破棄。屈折。消去。23節詠唱破棄。圧縮。硬度上昇。圧縮。」

 メルクトはぼそぼそと妙な呪文を唱え始める。

「放てーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 光は爆音を伴って城を抉り尖塔の頂点に立つメルクトに襲いかかる。

しかし、メルクトの周囲で光はガラスの砕けるような音を立て霧散する。

「破壊力はなかなかのようだが力づくというのは。よくない。」

 メルクトの手にはいつの間にか弓が握られていた。更に虚空から赤く輝く矢が取り出される。

「魔術戦は美しくあるべきだよ。若造。」

 矢をつがえ。勇者ではなく足下のゴーレムへ向けて、放つ。

「攻撃かっ!!!土塊よ石となりて阻め!!」

勇者はゴーレムの前に防御魔法を展開する。地面がせり上がり厚い壁が一瞬で構築される様はメルクトよりも魔術師然としていた。

「薄い」

 赤い矢は土壁を紙のように吹き飛ばしゴーレムへと突き刺さる。

次の瞬間ゴーレムは爆散した。

振り落とされた勇者はボコボコになった地面に尻をしたたかに打ち付ける。

「おのぉっ」

「勇者。今ならまだお前が殺した7人の罪滅ぼしをするなら許してやる。帰れ」

メルクトは風に言葉を載せる。

「断る」

ひゅぱ

 メルクトの首に赤い線が走った。

「…こひゅ」

 メルクトが振り向くと後ろに女が居た。女は目を見開いてメルクトの首を凝視している。

赤い髪。赤い眼。露出の多い服と、手に構えた剣。

メルクトはその剣についた血が自分のものだと気付くまで若干の時間を要した。

「首を落とし損なったか!!化け物め!!!」

女は後ろに飛び退る。

なるほど、下でゴーレムが派手に暴れている隙に本命がメルクトを狙う作戦か。

あれほどの火力が陽動とは気付かなかった。悪くない。

首を切り裂いた剣は聖剣の類か、教会お得意の神聖加護が何十にもかけてある。メルクトの肌を貫通したのも納得の業物だ。

首を落とされたくらいで死ぬほどドーピングされたこの身体が滅ぶとも思えないが。

現に切られた次の瞬間には首は体に引き戻され再び繋がった。

「こちらも勇者か」

 なるほど、勘違いではあるが魔王に単身手傷を負わせる心意気。勇ある者の呼称は間違いないのだろう。

「効かぬのは分かったであろう。諦めろ。」

 二度目はない。

しかし、女勇者は剣を握り直すと再びメルクトへと斬りかかった。

「そこまでこの素首が欲しいのか」

 しかしメルクトの周囲には既に見えない壁が築かれており、固い音を立てて剣が弾かれる。

「くそっ」

 女勇者は一瞬で体制を立て直すと胸の前で手を合わせ何か短い詠唱をする。

「お前も魔法を扱うのか。めんどくさい」


・・・


「ハルバニアさん。大丈夫なんですか?このお城」

地下書庫でリディは降りてきたハルバニアと言いつけ通り隠れていた。

「さいきんはヘイワだったのに。リディはサイなんでしタね。しかし、イゼンはこのヨウなシュウゲキはニチジョウさはんジだったのデスよ」

「だって、勇者とか討つって言ってましたよね。さっき」

 勇者様と言えば帝都コーデリアルの皇帝様に任命された特級の聖人様の筈である。

街まで名前が届かない程度の魔術師でどうにかなるとも思えなかった。

「カンちがイいでしょウね。アルジさまはユガンではイマスがにんげんデすよ」

「でも……」

「サイアクうえのシロじたいはケしトンデモスグつくりナオせます。モンダイありマせん」

「メルクトさんは」

「アルじさまはツヨイおかたですしガンジョウです」

「メルクトさんが300歳って本当なの?」

「いいえ。ジッサイはもうスコシオトシをめさレテいます」

「!?」

「オドロかれるノモムリありまセン。あるじドノはスウヒャくねんいまのオスガタでいきてオラレます」

「メルクトさんは…それでも人…なの…?」

 おとぎ話に出てくる魔神などなら話は分かるが数百年など人間の分を軽く越えているのではないか。

 ハルバニアは少し首を傾けて目を瞑った。

「『それでも』ヒトなのです」

「…」

「ン?」

 ハルバニアが振り返った。壁に波紋が走る。

「!!!!???」

「シンニュウしゃでスか」

 壁から現れたのは赤い髪の女だった。


「な!?どうしてリザードマンが!?それに…人間!?」

 赤い髪の女は腰のホルスターから短剣を引き抜き、じりじりと後退する。

「ひっ」

「りでぃ。ダイジョウブです。ミシらぬカタ。アナタはドコのぎるどのマジュツしドノなのでしょう?コチラはマジュツシがスガタヲサらしていルノですからそちらとタタカウのがヤクジョウのハズですガ」

 ハルバニアがリディを背後に庇う姿を見ると赤い髪の女は剣を下ろした。

「人語を解するのか!?おかしなリザードマンもいたものだ…」

「?…マジュつしではナイのデスか?」

「我が名はシュケル。勇者シュケルよ。私は国王様の依頼でこの城にすまう魔王を倒しに来たの」

「ひ、人違いです。ここのお城に住んでいるのは魔術師で、魔王ではありません。」

「さっきのヤツも同じことを言っていたわ…」

「アルジさまにオアイになられたのデスか?」

「リザードマンはやはり魔王の手下かっ」

 シュケルは再び剣を構える。

「だから魔王じゃありません」

「少女。キミはヤツに洗脳されているのだ!正気を取り戻せ!よく見ろこのおどろおどろしい城を。キミの前にいる化け物を!!」

「ハルバニアさんは化け物じゃありません!!」

「いいのですよリディ」

「でもっ」

「ユウシャでもナンでもイイデスがこんなトころにテンイシテキたとイウことはウエでアルジさまにマケテ、テッタいしようとシタのデしょう。サリナサイ」

 メルクトの過去を知るということは、ハルバニアも相当の年齢なのだろう。皺も出来ないは虫類の顔で年齢は測れないが確かに手はすこしだけくたびれて見える。

「ああ、言われなくとも長居はしない!ただしその少女は救わせて貰う。」

勇者は手を伸ばす。

「リディ。アナタのスきにシテカまいマセン」

「やめて下さいハルバニアさん。行くわけ無いです。」

 リディはハルバニアの執事服の端を握りしめる。

「ソウですか」

 ハルバニアが少し笑った気がした。

「おい、貴様我輩のペットに何をしている」

 いつの間にかシュケルの背後にメルクトが居た。

 首の赤い線にハルバニアが目を見開く。

「コトばはエラんでクださいアルジど…の」

「気にするでないハルバニア。」

「おけがをされるとはモウロクされマしたな」

「ほざけ」

 シュケルの額には大粒の汗が浮かぶ。

もっと素早く行動するべきだった。迅速に離脱すればよかった。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

シュケルは短剣を眼前のリザードマンの胸に突き刺し、少女を抱きすくめるとありったけの魔力で空間転移をした。

血が噴き出し、床の石を赤黒く染める。


床にどさりとハルバニアが倒れ伏した。


リディの姿が完全に消える直前、メルクトが膝をつき、城が崩れ出していた。

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