第5話 吾輩の昔話を聞くのである!
ある国に怒りに狂った魔術師がいた。
魔術師は持てる限りの戦力を持って憎き敵を、
関わる全てを壊し・殺し・焼き払った。
結果としてあまたの村・街・周辺国までが滅び去り、無人の荒野となった。
魔術師は魔王と呼ばれた。
魔王は大量の屍の山を築き、どこかへ消えた。
***
少女は窓際に立ち尽くす。
部屋は外側から鍵がかけられていた。
こんなことなら、リールテールにちゃんと鍵開けや格闘術を習っておくべきだったとリディは考えていた。
王都の教会本部に幽閉されて五日間、考える時間だけは沢山あった。しかしアルバトールの執事を思うとリディの頭はそれ以上の思考を停止する。
「ハルバニアさん…リールテールさん…メルクトさん」
短い期間ではあったが身元もはっきりしない自分を家族にしてくれた黒い城の優しいひとたち。
最後に、ゆっくり倒れるハルバニアの姿が、立ち尽くすメルクトの姿が忘れられない。
「僕の…せいだ」
リールテールの申し出を断るべきだったのだ。
そうすれば、ハルバニアがリディを守る必要は無かった。
彼があの時刺される必要は無かった。
「はるばにあさん…」
泣いてもどうにもならない。彼の安否を知りようもない。だから泣かない。まだ、泣けない。
ドアがノックされ数人の女性が入ってくる。
リディは目を伏せた。洗礼の時間だ。
勇者と共に教会に幽閉されてから毎日、リディは『洗礼』を受けていた。
聖なるお祈りの言葉を貰い。聖水を浴び。洗礼が終わると聖女様とお茶をする。
そんなものより、リディはハルバニアの授業が、リールテールのレッスンが、メルクトとのお茶会が恋しかった。
何故リディが聖女様の話相手になるのか、勇者に聞いても修道女に聞いても分からなかった。
教会の敷地内にある、小さな建物にリディは入れられる。
「ねぇ、聞かせてくれない?貴女のお話。」
振り向いた影響で黄金の髪が一房肩からしゅるりと胸に垂れる。美しい女性。
スタイルもかなり良いだろう、修道服の上からでも凹凸がよく分かる。
この場所でリディを庇ってくれたのがこの人だった。
奇跡の顕現。
強大な白魔女。
豊穣の女神の生まれ変わり。
そして、教会のマスコット。
聖女アストリエ。
臣民に絶大な人気を誇る彼女は教会本部でも教皇に次ぐ実力者とされている。
彼女の一存でリディは浄化と称した火あぶりにされず幽閉されていた。
「………」
「今日もお話、出来ないかしら」
リディは窓を見る。防音ガラスの嵌った窓には美しい装飾の網がかかっている。
「………」
「貴女がここにいれば。彼が来てくれるのかしら」
「………」
彼
リディは聖女を見る。聖女は柔らかなほほえみを浮かべた。
***
ある国に少年がいた。
少年は魔術の才能に溢れていた。
目こそ見えないまでも、少年はその類い希なる才能を買われ魔術師の弟子となった。
***
メルクトという名は師匠に貰った。
ガンドルフは生きる知恵と魔法と言葉を教えてくれた。
しかし、師匠もメルクトを理解するに至らなかった。
師匠は言った。
「魔術師とは知恵ある者、そして揺るぎなきものでなくてはならない。獣に傾倒するお前は異常だ」
メルクトは言った。
「僕は揺るぎなく人ではない彼等を愛しているのです」
師匠はメルクトに去れと言った。
「魔術師は人の味方でなくてはならない」
そうでなければ、彼は人にとっての魔王になってしまうのだと。
メルクトは人間が嫌いだ。
盲目の自分を棒で叩いた人間が嫌いだ。
母と自分を村から追い出した人間が嫌いだ。
変わった目の色を見世物にしようとした人間が嫌いだ。
彼等は歩み寄ってくれない。
メルクトの言など聞きはしない。
メルクトの思いなど考えはしない。
彼等はメルクトから逃げていく。
否。彼等はメルクトから逃げるのではない。
メルクトと、メルクトの愛し子達から逃げていく。
それは、メルクト自身を拒絶されるより辛いことだった。
しかし彼等はメルクトを利用した。
メルクトの知恵は彼等に光を与えた。
荒廃した大地に新たな芽を息吹かせた。
喪われた入れ物を再構築した。
不治と言われた病をぬぐい去った。
人々はメルクトを大天才と褒めそやした。
偉大なるメルクト。
嗚呼、きもちがわるい。
人間は、きもちがわるい。
しかし、人間として魔術師として生きるには彼もまた人間でなくてはならなかった。
ひとのしがらみから逃れようともしない、我が身もよほど、きもちがわるい。
***
ある国に少年がいた。
少年は魔術の才能に溢れていた。
目こそ見えないまでも、少年はその類い希なる才能を買われ魔術師の弟子となった。
しかし、少年は孤独だった。
少年は瞬く間に師の知識を取り込み、旅に出た。
そして少年は出会った。魔王に。
魔王は少年に力を与え、どこかへ消えた。
***
ある国に一匹のトカゲがいた。
トカゲはトカゲだった。
トカゲの仲間は人間に捕らわれどこかへ連れていかれてしまった。
小さなトカゲは生まれたばかりでそれが何を意味するかまだ知らなかったが、仲間がすべて戻ってこないことで漠然と理解はしていた。
トカゲは老人に出会った。
トカゲは自分を捕まえた老人に恐怖した。恐怖しかなかった。
老人はナイフを取り出し、トカゲの尻尾を切り落とす。
尻尾を切られたトカゲは死を覚悟した。
出血は酷かった。それでも、ただ生きたいとあがいていた。
老人は少年を連れていた。
少年はトカゲの傷口に血止めの葉を当てて服を裂いた紐でくくった。
少年はトカゲを慈しむように抱きしめ、どこかへ消えた。
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