第6話 吾輩はおこである!!
尖塔は折れ、外観は既に廃墟と化した城にて。
黒い城のホールの照明は落ち、暗闇が城を支配していた。
メルクトは魔術師のローブを脱ぎ、新しいがやはり黒いマントの留め具を留める。
「我がリールテール。我輩は本日より『魔王』となるかもしれぬ。構わぬか」
「はい。旦那様」
リールテールは片膝をついて主を見つめる。
「どこまでも、お供いたします」
「いつもすまない。我輩はお前達を振り回してばかりだ」
「いいえ、わたくしども一同旦那様に救われた命。旦那様とご一緒出来て嬉しゅうございます。」
暗闇の中に数万の目が浮かぶ。
「ふふ。楽しいからと言って小娘はいじめすぎだったがな」
「返す言葉もございません」
リールテールの少しだけ丸まった尻尾が揺れる。
「小娘を助けに行こう、愛するリールテール。ついてきてくれるか。」
「かしこまりました。いつまでも。どこまでも。全ては、御心のままに」
「この家も今日で仕舞いだ。心惜しくもあるが別れを告げよう」
高く掲げられたメルクトの片手に光が集まる。
次の瞬間。黒い森が真っ白に染まった。
こうして偉大なるメルクトは黒い城が大破した日、城の残骸と黒い森をすべて砕き、己が名を『魔王』と名乗り周辺一帯のすべてへと宣戦布告をした。
「我輩は偉大なる『魔王』メルクトである!家の面白い娘を攫った馬鹿共には痛い目を見て頂くぞ!!!!!!!!!!」
+ + +
「魔術師はとても優れた魔術師だったのよ」
「………」
「ふふ、純粋な子ね。目が興味深々っていってるわ」
リディは目を背ける。
「おとぎ話よ。とても昔の」
「………」
「彼は魔王と呼ばれたわ」
「………」
「だって彼はたった一人でこの国の人間全てをころして、亡ぼしてしまったのですもの」
「…あなたは…」
「ん?」
聖女が肩肘をついてリディを見つめている。宝石の様に輝く青い眼差し。
「なんで…そんなこと私に話すんですか…」
「だって貴女は魔王様の所から来たんでしょう?」
「魔王……さま……?」
「そう」
「ちが…ます。メルクトさんは…魔王なんかじゃ」
「違うのかしら?でもいいわ」
聖女は楽しそうに話す。
「この国はね。ずっと昔に滅んだ国の上に有るのよ」
「どんな国だって戦争で大きくな」
「そうじゃないのよ。この国は焦土の上に無から作られた国なのよ」
「………」
「亡ぼしたのは魔王。魔術師だったわ」
「メルクトさんは…そんなことしません」
「そうかしら」
確か、聖女様は王家の血を引いているのだそうだ。
あの、黒い森の隣の小さな街にいた時。噂に聞いた。
この聖女は、王家の言い伝えか何かで昔のメルクトを知っているのかも知れない。
リディの胸に、一抹の不安がよぎって、消えた。
「絶対に。メルクトさんはそんなことしません」
あんなに臆病な人が、そんなことするはずがない
「じゃあ明日は私の知っているお話の続きを教えてあげる。」
+ + +
軍団が、街を蹂躙する。
ざっざっ
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ざっざっ
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ざっざっ
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
街に絶叫が轟いた。
「くはははははははははははははははははははははぁ~!!!!!!!おびえろ!!恐怖におののくが良い!!!!」
高笑いするは黒衣に黒髪、赤眼の男。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
べちゃ
「けろ?」
「かえ…るるる…」
街行く人々にそれは襲いかかった。おびただしい数のぬるぬるのカエルが、ヤモリが、トカゲが、あまたのは虫類が街を蹂躙していた。更に彼等の通った後にはぬめぬめした液が残されつるつる滑る二次被害を生んだ。
燦然と輝くα配合モモイロ巨大ヒキガエルステファニーちゃんの引く山車の上でメルクトは声を張る。
「さぁ我が娘を攫った愚かな勇者に与する教会よ!!!!!後悔に打ち震えさせてやるわぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
「旦那様。旦那様のみみっちぃ人間性がよく分かる素晴らしい演説でございますね」
「うるさいのだ可憐なリールテール!!我輩悪役などやったことがないのだ!!文句があるならお前がやれ!!」
「よろしいのですか?」
小首をかしげる侍女服姿のアルバトール。
「やっぱり我輩がやるぞ!!」
メルクトは高笑いを再開する。
メルクト達『魔王』様ご一行は真っ直ぐ王都を目指す。ただ真っ直ぐに。
街、村では彼等が通り過ぎる度に悲鳴が轟き、連日清掃に追われることになった。
7日の後、『魔王』ご一行は教会本部のある王都へとたどり着いた。襲い来る教会兵を蹴散らし滑らせ。道中逆らう者どもに悲鳴を上げさせながら。
道中道案内の勇者メイザース君が気絶し、迷走したこともあったが概ね予定通りの誠に順調な行軍であった。
「くはああああはっはあ!!!!!!!!!!!!!!」
メルクトも道中高笑いを続けすぎて些か疲弊していた。
興奮した時以外は物静かな男なのだ。メルクトという魔術師は。
「ぜぇ…ぜぇ」
「旦那様。リディが待っております。もうひとがんばりでございます」
リールテールが励ます。
「うむ。そうであるな。」
嬉しそうな姿を見てリールテールは眼前に迫る王都の城壁をにらみつける。
「必ず。ご意志を届けて見せましょう」
・・・
リールテールはあの時、メルクトの部屋に走っていた。
魔術師はしばしば「格」を上げるためより高位の魔術師に命がけの勝負を挑んだ。
これによって命を落とす者も多かった。
メルクトの師、賢者と謳われたガンドルフも勝負に負け消えた。
メルクトの身体はとても頑丈だ。それは不死に限りなく近い。
しかし、その不死は仮初めの物だ。リールテールは知っている。
リールテールは戦闘の度、主の敵を数多葬った。
全て主を守る為。
彼の優しい心を守る為。
彼女に命を分け与えた。王を守る為。
部屋にたどり着いた頃にはもう主は戦闘に出た後だった。
リールテールは外に急いだ。魔術の使えぬ身体が口惜しかった。
城を出るとゴーレムが爆破されたところだった。
ゴーレムの破片に主の波動を感じたリールテールは主の絶対的勝利を信じて疑わなかった。
だが破片の中から勇者は立ち上がった。
メルクトを魔王などと呼ぶ。不遜なる勇者。愚かなる勇者。
リールテールは細身の短刀一本で勇者メイザースを打ち倒し、再召喚、防御の再展開をさせぬままに捕縛し拘束した。
しかし、リールテールは更に勇者の仲間を捕獲したために後れをとってしまった。
地下室にたどり着いたとき、主はハルバニアをかき抱き泣いていた。
もうあんな顔はさせてはならない。彼を、守らねばならない。
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