第7話 吾輩は……

あるところに、かつて魔術師であった人間嫌いの魔王がいた。


魔王は人間に迫害され、全てを奪われた。人間であることすら奪われた。

魔王は全ての人間に罪の購いを求めた。

魔王は出会う人間全てから代償を、命を奪った。


そうして旅をした魔王は不幸な少年と出会った。

少年はまた、魔王と同じ魔術師であった。


魔王は少年に問うた。

人間が憎いかと。

少年は「是」と答えた。


魔王はまた、少年に問うた。

共に人間のいない世界を作らないかと。

少年は「否」と答えた。


魔王は最後に少年に尋ねた。

何故か。と。

少年は答えた。

「僕以外の人間のいない世界を作るなら、いづれ僕らは殺し合わねばならないのだろう?」

そんなの、お断りさ。

少年は言った。


ああ、なんてくだらない屁理屈。

「キミは不思議だね。僕はキミと殺し合うより友達になってみたいよ。」

魔王は泣いた。そして憂いた。

「ああ、君はまだ私を人というのか。君はまだ絶望を知らぬのか。そうか、ならば与えよう」


魔王は少年に全てを与えた。

魔王は己の「命」と奪った全ての「命」を少年に与えた。


少年は不死になった。

少年は「命」を操る術を得た。

形無き「命」はあらゆる物を作り出す材料となった。

少年は数多の傷を治し命を芽吹かせた。


そうして少年は最強の魔術師となった。


だが少年は気付いてしまった。

自分の操る物の正体に。

少年は国を潤し人々を救った偉大なる魔術師となり、世界から消えた。


しかし、全ての者が彼を忘れることはなかった。

彼が救った王達は、彼を忘れることは出来なかった。


***


 聖女は水の入ったグラスを傾けてリディに語った。

「確かそんな感じ。」

「…なんですか。それ魔王は消えちゃったじゃないですか」

「だからおとぎ話よ。この国の王様達が信じる」

「…なんだかへんです」

「そう?」

 聖女はにこにことほほえむ。

「きっと王様達はまた『奇跡』が見たいのよ」

「奇跡…?」

「そう。奇跡。魔王がこの国を亡ぼし、そして当時少年だった彼がそれをたったひとりで『作り直した』。これこそ奇跡の御技じゃなくって?そんな奇跡を、彼等は独占したいのよ。理由はともかくも」

「……勇者さんを王様がけしかけたのは…」

「私は知らないわ。でも貴女がここにいてくれたら、少なくとも貴女の安全は保障できる。彼も迎えに来てくれるかもしれないし」

「どうして……助けてくれるんですか」

「さぁ」

 青い眼が嬉しそうに細められる。

「私もきっと彼に会いたいのよ。完全ではないけど、トカゲだから」

「…とか…げ…?」


どおん


 何かが爆破される音がし、強烈な衝撃が床をゆらした。

椅子が転げ聖女とリディは床に転がる。

「メルクトさん!?」

「来たかしら」

 聖女はとても嬉しそうだ。

廊下から聖女の無事を案じる近衛騎士達の声が聞こえた。

「行きましょう」

「…いいの?」

「あら、行きたくないの?」

「…いく」

 聖女は廊下に出ると手を掲げただけで駆け寄ってきた騎士二人を一瞬で昏倒させた。

コレが奇跡の御技とやらなのか。とリディは目を軽く見張る。

「ふふふ」

「聖女様。少し私の尊敬する人に似てます」

「そう?ありがとう」

聖女は少女の手を取り離れの出口へと走り出す。



 整然と、教会本部前には騎士達が並んでいた。

「何をしにいらっしゃいましたか、魔術師メルクト」

修道女が先頭でメルクトに話し掛けた。

「こちらで監禁されている少女を引き取りに来た」

「そのような事実はございませんわ。」

「…あ…?」

「それよりも町々で貴方が起こした騒ぎの責任。どうとられるおつもりですか?」

「それより?」

「広域にわたって被害が出ておりますし、貴方がお住まいになられていた土地についても」

「どんなことは聞いておらぬわ!!!!!!!!」

 騎士達が槍を構える。

「うちの子をどこにやったのだ!!貴様らああああああああああ!!!!」

 メルクトは教会本部に真っ正面から殴り込んだ。

大量のお友達と一緒に

騎士達の槍はは虫類たちに届くかどうかというところで軌道が逸れ地面に突き刺さっていく。

「『平和主義』の魔法ですか」

修道女はメルクト達の進行方向からそっとよける。

「愚かな」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいなんだこりゃああああああああ」

「うわっひっつくなっうわあ!!!うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

「いぎひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!やめっうっ」

教会内部は阿鼻叫喚に満たされた。

そのままは虫類の山車に乗ったメルクトは壁を破り、建物の中を探る。


「リディ!!!!リディ!!!!!!!!!どこだ!!!!!!!」

「うわあああああああああああああ」

「ひいいいいいいいいい」

 悲鳴が、泣き声が反響する。邪魔だ。全部邪魔だ。

メルクトは乗っていたは虫類から降りて走り出す。

「魔王様が迎えに来てやったのださっさと出てこんかあああ馬鹿者めえええええええええ!!!!!!!!!!」

階段を駆け上がる。こういう所に住んでる奴は大事な物を上に隠したがる。

「メルクトさん!!!!!!」

少女の声が聞こえる。




「メルクトさん!!メルクトさん!!!」

 リディは叫ぶ。悲鳴に飲み込まれそうに成りながら。

 大小様々なは虫類やアルバトールが手当たり次第人間に抱きついたりすりすりしたりしている。

 リディは城に迎え入れられたばかりのことを思い出す。

 アルバトールが近づく度にわーきゃー叫ぶ物だから。彼等をすっかり意気消沈させてしまって。

 怖いかとメルクトさんが聞いてきて。とっさにいいえと作り笑いしたらメルクトが泣きそうな顔になって、

 嗚呼この人は人の嘘に敏感なんだなって。とても悲しくなってごめんなさいをしたらメルクトさんは不思議そうな顔をして、それで、それで。


 思考の固まるリディをメルクトが抱きしめて……と思ったら直ぐ俵担ぎに持ち替えて、不平を言う間もなく

「者どもー!!!!!!!!!退却だー!!!!!!!!!!!」

とか叫び出しちゃって

 再会を喜ぶ間もなくリディはメルクトと、は虫類の波に流されていく。


「久方ぶりだな小娘!!」

「えへへ、もう名前呼んでくれないんですか?」

「犬のようだからな。小娘の方が似合っている気がするぞ」

 この人は本当に意味が分からない。リディの顔に笑みが浮かぶ。

けろ、と鳴きながら小さなカエルがリディの肩に飛び乗った。

確か名前は……アレクサンドロス!!

「あの!はr」

「少しお待ち下さいな」

 入り口のは虫類が途切れており、そこにアストリエがたたずんでいた。

次いでメルクトが口を開く。

「久しぶりだな。」

聖女は答える。

「ええ、とても」

「キャサリン?だったな」

「偽名です」

 何故か爽やかにトゲのある応酬。は虫類の波が先に引き。三人だけが残される。

「メルクトさん。彼女はアストリエさんです。脱出を手伝ってくれた方です」

 知り合いらしい二人だが、リディはメルクトに言う。

「そうか、ましな人間もいたのだな」

「光栄ですよ。魔王様」

「うむ、盛大に恐れるが良い」

 リディが眉根を寄せるのを見てメルクトはくす。と笑った。

 聖女が魔王に尋ねる。

「この国に復讐されようとは思われないのですか?」

「何故?」

「……そうですか。まだ貴方は」

「お前は随分と肝が太い物だな。ふむ……なるほど、今は姫だったか?」

 知人と言う割にどこか妙なやり取りだ。

「ふふ、おかげさまで今は聖女をやっておりますわ」

 リディは黙って二人を見つめる。

「父達は私めが『こうなって』貴方のお力に恐怖を抱いていらっしゃるみたい」

「だろうな」

「もうここから去られてしまうのですね」

「そうだな」

「その子も連れて行かれるのですか?」

「う~む。どうする?小娘」

「い、行きますっ!置いていかないで下さい」

「ということだ。我輩の娘だからな。もとより連れて行くつもりだったが」

 嘘つき。行きたくないって言ったら絶対置いていく癖に。

リディが不満げな眼差しを送る。メルクトはそっと目を逸らした。

「そうですか、お話相手がいなくなってしまって寂しいです」

 聖女は出口の横に身をずらした。

「それでは、ごきげんよう。お二人とも」

「アストリエ様……止めないんですか?」

「止めてどうするのですか?ああ、あと最後に」

 アストリエはしゃがみ込み、片膝をついた。

「『トカゲ』は貴方に感謝しておりますよ」

「知っているとも」

「お気を付けて、魔王様」

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