偉大なるメルクト

ね子だるま

第1話 吾輩はメルクトである!

 いつからか誰かが噂した。

暗い暗い森の奥、黒いお城に魔王が住んでいると。

森の奥にはアルバトールとよばれるトカゲと人間の「あいのこ」のようなリザードマン共がうようよしていて魔王の居城を守っているのだと。


 確かに、森の奥に進むと確かに城は存在するしリザードマンも大量にいるのだが…


「またゴシップ記事か。あいつらも暇なものだのう」

 城の主はため息と共に新聞を宙に放る。

 キキッと鳴きながらその紙束をコウモリが掴んで飛び去る。満月をバックに何とも詩的な光景だ。

「あるじサマはサイキンまタニンゲンにゴシュウシンですな」

 アルバトールのハルバニアが主に茶を出しながら変わらぬ表情の代わりに声に笑みを混ぜる。

「何、近所の時事位は確認せねばと思ったまでよ」

ぎしりと主の座る長椅子が軋む。

「とリがモウすトおリなら、アルジさマはマオウなのではないカとうわさされているのでしょう?」

「冗談ではない」

 主は長椅子から立ち上がる。影は細く壁に伸びた。月明かりに照らされる長く切られた様子のない長い髪と髭で表情は伺えない。

「我輩は偉大なる魔術の祖ガンドルフの弟子。魔術師メルクトである。魔王などとは片腹痛いわ」

「そうですね。魔王様は魔術師アピールも盛んになされているのに」

「おい、可愛いリールテールよ。お前はただのトカゲに戻りたいのか」

「滅相もございませんわ。旦那様」

 クスクスと笑いながらリールテールと呼ばれた侍女服を着たアルバトールは主をからかう。

やはり表情は変わらないが声は楽しそうである。

「旦那様がもっと人間たちと交流を持たれれば根も葉もない噂なぞすぐ消えるでしょうに」

リールテールは頭が回るし弁も立つ。

主はフンと鼻を鳴らして再び長椅子にもたれた。

「りーるてーる。あるじサマをコまラセルノでハナイ」

「ハイハイ」


  暗い森の奥に居を構える大きな黒い城。その城の主は魔術師であった。

そして大天才であった彼は不老の妙薬の開発に成功し一躍脚光を浴びた。

ともあれ、越してきてから遙か数百年の時が過ぎており越してきた当初の魔術師を今の街に住む人間が知るはずもない。


 魔術師メルクトは伝説の魔術師ガンドルフに師事した才能有る、立派な魔術師であった。

 しかし、彼の人生は彼の趣味によって歴史の表舞台から姿を消した。


それは彼の趣向がとても


「ハルバニア。それで、新しい子についてなのだが」

「あスにはトドくとのこトです。ヨカッタでスね」

 魔術師は我が身を抱きしめ身もだえする。

「くふふふふふふv」

「旦那様気持ち悪いです」

 リールテールが突っ込みを入れる。明日届くのはカエル。それも特別ぬめぬめする変異種。


 魔術師の趣味はは虫類。それもぬめりや湿り気を帯びたモノを鑑賞。飼育することだったのだ。

 当初住んでいた地域では逃げ出した魔法生物(トカゲ)が問題を起こし追い立てられ、次に越した街ではカエルが巨大化し街を半壊させた。国王にお抱え魔術師として雇われたこともあったがこっそり連れていたペットのヤモリ(変異種)のにおぞましい姿に姫が卒倒し解雇となった。

 そんなことが有ろうとも、気持ち悪いと師に破門されようともメルクトの趣味は変わらなかった。


 メルクトはその絶大な才能と研究で稼いだ金で森の奥の居城と領地を買い、日々魔術生物(ぬめぬめする)やは虫類コレクションを眺めたり弄ったりしながらヒキコモリ生活をエンジョイしている。

 そう、メルクトはこの城にただ一人いる人間である。

 魔法で強化され尽くした身体はもう人間とは言い難いモノではあるが。

 メルクトは人間との(主に趣向についての)相互理解を諦めつつも敵対することなく生活してきたつもりではある。

 時折人間の姿に変身させたアルバトールをボランティアに参加させているし自身も寄付や意見書で街の発展に貢献している。

 ただし彼自身が人間の前に姿をさらすことはなく、居城の主とも知られず足長おじさん的扱いを受け続けている。

 もっとも足長おじさんではなく足長魔術師様だ!と自身は主張するが…


「アメーバとあのカエルちゃんを掛け合わせるのだ。楽しみであろうハルバニ…」

 メルクトは恍惚とした表情で語りかけるがハルバニアもリールテールも既に部屋を出た後だった。


「チッ」


 長生きをし、愛しいは虫類共と心穏やかな日々を暮らしながらメルクトは当のは虫類にすら趣向を理解して貰えないのだった。

そんな城にある日事件が起きたのであった。


「旦那様。変なモノが届きましたわ」

 リールテールが俵担ぎにして持ってきたのは人間の少女だった。齢は10に届くかどうかだろうか。

 少なくともメルクトには少女に見えた。

「なんだそれは」

「とうとう引きこもりすぎて御同種の見分けすらつかなくなってしまわれたのですね。可哀相な旦那様」

 少女をドサリと落とし、リールテールはよよと泣き真似をした。年々コイツの芸は細かくなるなとメルクトは感心する。

「そうではない。届いたとはどういうことだ?」

「郵便受けに入っていたのですもの」

 城の郵便受けには細工がしてある。

 人間が居城に近づくとぬめぬめ生物たちを発見される可能性が高いため、新聞をはじめ届け物は全て人間の街中にあるメルクト所有の一軒家に発注し、その家の郵便受から転送魔法によって全自動で城に届くのだ。ハイテクである。

「何のつもりだ?まさか…イケニエのつもりか」

 流石にそこまで魔王扱いをされるとメルクトも傷つく。要求したこともないのに。

「それはないでしょう。身なりもみすぼらしいですし」

 少女はリールテールが無駄なく綺麗に縛り上げて帯で口をふさがれている。

 なにやらふがふが言っているが言葉にならないようだ。

「ほどいてやれ。リールテール」

 リールテールは肩をすくめ少女の縄と帯を切ってやる。

「ぷはっ!!何すんだ!!!!」

「不審物がポストに入っていたので捕縛させて頂いただけですわ。貴方こそどういうおつもりで?」

 リールテールはどうしてこんなに性格が歪んでしまったのだろうとメルクトは眉根に皺をよせる。

こんなに可愛いのに。(超トカゲ)

「…僕は、えと」

「ああ…空きs「違いますええとそう!!魔王!!アンタを倒しにきたんだ!!!!」

 完全に街にある家は偽装使い魔を住まわせてある本当にただの一軒家なので、用があるとすれば空き巣ぐらいしか浮かばない。まっとうに勇者気取りが城に来るなら森を抜けてくるだろう。

 少女は腰から細い短剣を取り出すとメルクトに襲いかかる。

「えい」

 が、リールテールが少女に足払いをかけた。びたーんと音を立てて顔面を床にぶつけた様子にクスリと笑う侍女にメルクトは生暖かい眼差しを送る。

「弱いですわね。自称、勇者様かしら。んふふ」

「これこれ、あまり弱い者イジメをするものではないぞ」

 正直討伐される謂われも何もこれっぽっちもないが、この歳で盗みに手を染めようとした子供には一定の哀れみを感じる程度には人間なメルクトであった。

「娘。挽回の余地くらいはくれてやろう。空き巣に及んだ事情を話すが良い」

「空き巣じゃないっていってるだろっ!!」

 少女はへたり込んだままメルクトを見上げる。鼻血が出ている。

「あら、娘さんでしたの。申し訳ないことを」

「リール…」

 欠片も申し訳なさを感じさせない優雅な笑みをリールテールは浮かべた。気がした。

 ばたばたと騒いでいたためか警備のアルバトールが集まって来る。

「アルジ、ドウシタ」

「コドモカ、ドウシタ。食べるノか?」

「主、キオクケス。街にコロガス。か?」

「アルケ、ビニ、ルーフ。100年ぶりの客人だ(空き巣だが)まぁそう急かすで無い」

 メルクトは思いの外この侵入者というか珍入者に心躍らせていた。

 昔は魔術師としてより格を上げようという謎な魔術師が戦いを挑んできたりしたものだが、最近はそうした血気盛んな輩も現れない。

 メルクトは暇なのだ。

 少女はアルバトールに囲まれてカチコチに固まっている。月並みな反応であろう。なんということだ。こんなに可愛いトカゲなのに。

「ご…」

「ご?」

「ご、めん、なさい」

「ふむ…では空き巣でないならなんだと申すのだ。娘」

「………空き巣でいいです」

 少女は正座をしてうなだれた。

「うむ。娘、家族はどうしたのだ」

 メルクトはテンプレな疑問を投げながら少女の扱いについて思案を巡らせる。

「死んだ。はやり病で。生きてるのはもう僕だけだ」

「ほう」

「親戚や頼れる人間もいないから…身の回りを整理して街に出たんだけど…」

「欺されて文無しになったと」

 ありがちな展開だ。

 少女は更に肩を落としたように見えた。

「ふむふむ。事情は分かったぞ。リールテール。ハルバニアを呼べ」

「どうするのです?旦那様」


「私はこの生き物を飼ってみることにするぞ!」


「……………………はぁ?」

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