蛇の脚編 9話

 娘が魔王になるかもしれない。


 王様は王妃様が狂ってからあらゆる手を尽くしました。

最新の医術を探し、八方から医者を呼び集めました。

しかし、誰も王妃様の心を治すことは出来ませんでした。

王妃様は自ら命を絶ちました。

しかし、王妃様が亡くなった次の日から姫はどんどん勉強してもいない奇跡のような術を使えるようになっていきました。時々しゃべり方もおかしくなりました。

王様は姫を教会に入れ、毎日清めの儀式を行いました。

しかし姫の中の魔王の記憶はどんどん鮮明な物になっていきました。


 王様は恐れました。

王妃様から魔王の呪いのことは聞いていました。

姫は王妃と自分の間に残されたただ一人の子供。

その姫が明日化け物になるかも知れない。

醜い魔王になってしまうかも知れない。

魔王は王様を殺すでしょう。

魔王は国を亡ぼすでしょう。


 数代前に魔王の入った子供を殺した王も居たそうです。

しかし、呪いは兄弟に受け継がれてしまいました。

姫を殺しても、仮にこの血筋が絶えても、きっと呪いは次の王様の血筋に引き継がれます。

いつかこの国は魔王のものになってしまいます。


 王様は考えました。

国を救った魔術師ならばどうにかなるのではないかと。

王様は魔術師を呼びました。

魔術師は王様の頼みを断りました。


***


「彼に会いたい」

 姫はずっと漠然とした思いを抱えていました。

それは魂に刻みつけられた記憶だったのかも知れません。

幼い姫はこっそりと教会を抜け出すと青年魔術師の城を目指しました。

城にはたくさんの武装したリザードマンがおりました。

しかし姫はたくさんの不思議な術が使えたので彼等に見つかることはありませんでした。

見つかるはずありませんでした。

「あら、お客様ですか」

しかし彼女は見つかってしまいました。

リザードマン、細かく言えばアルバトールの彼女は姫を見ると無表情に彼女を抱き上げました。


 姫は青年魔術師の所に連れて行かれました。

青年魔術師は髪の毛と髭でなんだかよく分からないいきものになっておりましたが性格は遠い遠い記憶の中にある少年の頃からさほど変わっていないようでした。

「ほほう。客とな、珍しい。」

「ちがいます。あたしは…えーっと…」

「ん?なんだ?客ではないのか、挑戦しに来た魔術師と言うには些か若すぎるようだな。迷子か?」

「迷子……みたいなものです。でも魔法は使えます」

「なるほど、それでここまで来てしまったか。まぁいい、名は何というのだ?」

「………きゃ、キャサリンです」

「犬のようだな」

「旦那様、意味が分かりません」

「師匠が飼っていた犬は皆そんな感じだったのだ。我輩も多いときは50頭近く面倒を見ていたのだぞ。カトリーナ、リディユヴェーユ、ローナリサは特に思い出深い。」

「だとしても初対面の方の名前を動物呼ばわりは失礼ですわ」

「悪口になるのか?まぁいい。気分を害したなら悪かったな、子供。我輩は最近暇なのだ。食ったりせんからひととき我輩の話相手になるといい」

 青年魔術師はとても嬉しそうな声で笑いました。


 姫は青年魔術師と暫く語らうとおいしいお茶とお菓子をご馳走になって街まで送ってもらいました。

「客ではないもののなかなか楽しい珍入者であった。また来て良いのだぞ」

青年魔術師はころころと笑いました。


***



 目を覚まし、軽食をとり、姫は城の一室に向かいます。

「お父様、まだそうしていらっしゃるのですか」

姫は白髪だらけになり一気に老け込んでしまった王に問いかけます。

「お前は……お前だけは救ってやりたかった」

「語り継がれてきた物語にあるような方ならわたくし達にどうにかなる力ではないとわかっていたでしょう」

「……」

ごにょごにょと口を濁し王はまた項垂れてしまいます。

「わたくしは監査に参ります。しっかりしてくださいまし」


 姫は丸ごと森に埋められてしまった王都の復興を確認しに城壁へ向かいます。

城壁の上から工事の監督をしている士官に姫は会釈します。

必要書類を受け取り姫は物見台を登ります。

 城下が見渡せた城のバルコニーは大きな木に潰されて見る影もありません。

今は城壁につけられたこの物見台が一番見晴らしのいい場所になっています。

木を伐り泥を運び出し、輪郭は見えるようになってきたものの城下はまださんさんたるありさまです。

姫は毎日ここで書類の確認をし、必要そうな場所に人員と資材を振り分けています。

「魔王、見えますか」

『ああ』

「もうこの国は駄目でしょうか」

『さぁねぇ』

姫はあの日、少女を迎えに来た魔術師と話してから自分の中にいると会話が出来るようになっていました。

「あなたはわたくしを乗っ取ってしまわないのですか?」

『今は興味ないかな』

「そう、ですか」

『お前こそあたしに助けてくれと希わないのかい?』

「できるのですか?」

『何もできないとは言わないさ』

「……でも、やめておきます」

『へぇ』

「お互い折角生きているのです。こうして会話しながら、一緒に一歩づつ進む姿をあなたに見て欲しい」

『……』

「きっとその方が、良い国になる気がするのです」

魔王の気配がすうと消えます。眠ってしまったのでしょう。

今日はいい天気です。きっと工事も捗ることでしょう。

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