第20話 話し合いの果てに。

届いたドリンクの氷が少しずつ少しずつ溶けていった頃に、大まかな概要を話し終えた。彼女はというと、一度誠一から聞いたからなのか、表情は終始変化が少なかった。


話し終えるまで静かに、そして穏やかな表情で聞いてくれていたんだ。


それでも時折眉をひそめてが表に現れたりするものだから、もしかすると誠一は自らの話を広げていた時にも嘘を混ぜていたのだろうか。そう勘ぐってしまうのはもはや自然なことだった。


「・・・ここまでが合コンでの出来事だね。それと、そこから俺たちの目の前に中々姿を現さない誠一に対して、俺が呼びつけて話をしたのが昨日の事。

もしかすると誠一のやつ、その時の事も言っていたかな?」


一対一の状況で厳しく詰めた事だ。アイツのすっとぼけていたりして、悪あがきをするかのような言動に、自らの溢れ出る怒りの感情をダイレクトにぶつけた。1日経った今でも、あの表情を思い出して不快になる。


まさかそれをも事細かに茜ちゃんには告げてはいないだろうが・・・


「あー、『涼介のやつ急に凄んで来やがって』とかなんとか、ブツブツ言ってましたかね。だけどボソボソ早口で言ってたので私には聞き取れませんでした」


「なるほどね」

全てではないが、昨日のこの話は茜ちゃんも知っているようだ。具体的にどういう言葉のやり取りがあったのかは、さすがに話していないようだけど。

まあ、自分の恥になるような事まで晒す訳にはいかないもんな。

・・・いや、この話自体がもう十分に人として恥ずかしいことなんだけど。


その時のアイツと言えば、飲んだ酒のせいにしたり、慶次の恋人だった桐生めぐみさんのせいにしたりと、それは醜いものだった。

最後には『俺は何もやましいことなんてしてない!』そう大きな声を上げて言ったのは一体どの面下げてだよと呆れたものだ。


「その時の反応については確かに酷い様子だったよ。

俺たちというか、慶次に向けて直接謝罪したいというような意志も無し、反省も無し、挙句の果てにはお酒のせいにしたり慶次の彼女のせいにしたりとはっきり言って散々だったね。

で、そんなアイツの様子を見て俺は今後の関係を一切断つ意思を固めている」


「・・・当然のことかと思います」


ふう・・・と、大きく息を吐き出す茜ちゃんは、しばらく目を閉じて考えを巡らせているようだった。

俺だって逆の立場だとしたら、これほど一気に情報を詰め込むと頭が爆発しそうになるだろう。ここで少しブレイクを挟もうか。


お互いに一口ずつドリンクを飲む。

最初に飲んだ時よりも氷が溶けて少し薄くなっていて、長い間話していたことに気が付く。


「ちょっと休憩でも入れよう。甘いのでも頼もっか」

脳が糖分を欲している。甘党なんだよ俺は。


茜ちゃんにメニューを手渡し何にする?と声を掛けた。

意外と種類が多くって、うーうー唸るように注文を決めあぐねている姿に「“店主の気まぐれスイーツ”は外れがないよ」と伝えておく。


そうそう、お店のメニューは少し強面な店主が大体手作りしている。食事も大抵美味しいんだけど、その厳つい顔に似合わずスイーツを作るのが特に上手かったりするんだ。

ちなみに店主の気まぐれスイーツとは、時期に応じた旬の果物を使用してくれるから、季節を感じる事が出来る。


茜ちゃんはというと結局、俺が勧めた“店主の気まぐれスイーツ”にするようで、お店のスタッフにそれを2つ注文して他愛ない話をする。

あらかじめ冷やしてあったデザート自体は割と直ぐに届いて、早速頂戴する。


今日のメニューは季節の梨を使用したチーズケーキだってさ。梨の甘みと、チーズの香りがとても合う一品で、見た目も可愛いらしく大満足であった。やはり外れがないなと、また感心するのであった。


「先輩って、甘いのが好きなんですか?」

無言で無心に食べ進めていた俺にそう問いかけてきた。俺としたことが、ついスイーツを食べるのに夢中になってしまったようだ。


「恥ずかしながらそうなんだよねー。実際慶次にも散々馬鹿にされるんだけどさ。『その顔で甘いもの好きとか似合わねえよ』なんて言ってきて本当に失礼だっつの。最終的に自分もちゃっかり喜んで食べてるくせにな」

アイツの憎たらしい表情を思い出してつい口角が上がる。


「別にスイーツ好きは性別問わず恥ずかしくも可笑しくもないですけどね!私のお父さんもケーキが大好きだったりします。

・・・それにしてもやっぱり慶次先輩とは仲が良いんですね!」


「ありがとう。仲が良いのはそうだな。アイツには腐れ縁ってやつだと言われるんだけど」


「またまたそんなこと言ってー!慶次先輩は特に素直じゃないところがあるけど、本当は友達想いの良い人ですもんね」


「ああ、本当に良い男だよ」

自分の友人を褒められるのはいつだって嬉しいものだ。

もし自分が女だとしたら惚れていたのかも知れないな。何てどうでも良いことを考える。今は少しでも気を緩めると、慶次に対して大きな裏切りを働いた誠一の顔がちらついてしまうが、その残像を消すことに努める。


口の中が甘くなっていたところにコーヒーを少し含ませる。いつもは少し苦めの紅茶を飲むことが多いんだけど、冷たいコーヒーが一緒でも悪くはない。


「2人の関係って、まさに親友って感じで見てて和んじゃいます」


そう見えているんなら別に悪い気はしないな。アイツは愛情表現というのか、色々分かり辛いところがあるから。

「和むってのがいまいちわかんないけど、飽きないやつだよ本当に」


「また学校でも、いつもみたいに私も混ぜてもらえると嬉しいですけど・・・」

ちょっと遠慮したような口ぶりで、上目遣い気味にこちらを覗いてくる。

そりゃあ気を遣うよな。


「全然ウェルカムだから。今まで通りで俺らは大丈夫だよ」


少し大げさに喜ぶ姿を見てこっちまで嬉しくなる。最後まで話が終わった訳ではないけど、俺たちの関係は切れたりすることは無さそうかな。

茜ちゃんもいつも通りのテンションで良かった。ちょっとあざといのは彼女の専売特許でもあるんだ。


こんな感じで和やかに時間が過ぎていき、お互い程よく休憩も取ることが出来た。

脳みそが再びシュイーンと回転する感覚が出てきた。


「じゃあ、話を戻そっか」

「はい。お願いします」


第二ラウンドと言うべきか。改めて肌がヒリヒリするような緊張感に包まれた。


「さっきの話の続きね。

向き合うことを放棄して、逃げ回るかのようなアイツの言動に俺は今後の関係を一切断つ意思を固めた。ここまでは話した通りだよ。

で、慶次の事も伝えておく。

俺が誠一に対して話し合いを行う前のこと。具体的には一昨日の日曜日のことだな。

2人で話し合いというか、気晴らしに海に出掛けてさ。

俺からは何も言わなかったんだけど、慶次の方から誠一について話があったんだ。『誠一とは今後一切関わるつもりはない』ってさ。確かにそう言っていた」


その意志は尊重したい。そう強く思った。

あの日の出来事で、これまでかけがえのない存在であった2人を一瞬で失ったんだ。


自分の高校時代から付き合っていた彼女と大学内での友人と。まさかその2人が不貞を働くなんて、何の罰ゲームだよな。冗談でも笑えないだろ。


そんな苦しい状況だ、自分が一番キツイ状況であったはずなのに、。誠一に対して怒髪衝天になるのは仕方ないだろ。


「あと、慶次の事だけどもう一つ伝えておく。アイツは今回の事で彼女と既に別れている」


「・・・っ!」

茜ちゃんはその言葉を聞いて、今日一番表情が歪む。

怒りとか悲しみとか、情けないとかそう言った感情を混ぜたような表情だろうか。


「・・・あのっ、私、慶次先輩に謝りたいです。

先程お伝えしていたように、私は誠一先輩の女癖の悪さを一番側にいながら、分かっていながら伝える事が出来ませんでした。

私が片想いしていたまっすぐで尊敬できる先輩は、ただの幻想だったんです。


・・・最近誠一先輩が失恋した理由ですけど、それもあの人の浮気が発端だったんです・・・!

自らの浮気でせっかく両想いになれた彼女を裏切って、あっけなく振られた!


それでも先輩に焦がれていた私は、彼を容認し、側に居続ける事で彼の承認欲求を満たしていたんです。

いつか更生してくれると・・・私ならそんな誠一先輩を上手く御す事が出来るって・・・そう思い上がっていました。


だから私がっ!

それを・・それを皆さんに伝える事が出来ていればっ・・・!」


最後は言葉にならない叫びで崩れるように泣く茜ちゃんを俺は見詰めたまま時間が過ぎていく。


一瞬、ギョッとしたような顔で馴染みの強面店主がこちらを見てきたが、空気を読んでくれたのか、スッとバックヤードに姿を消した。


まるで血を吐くような悲痛な叫びだった。


私がそれを皆さんに伝える事が出来ていれば』かな・・・?


「ありがとう。思いを吐き出してくれて。

伝える事が出来なかった茜ちゃんも、見抜く事が出来なかった慶次と俺も、皆同じように悩んで苦しんでさ。正直俺も後悔ばかりだよ。

だけど必要以上に考え込まなくても大丈夫。慶次のやつ、案外しゃんと引きずらないでフリーを満喫してるしね。責任を感じなくていい。


それに相手がどうあれ、一生懸命に想ったことは決して悪い事なんかじゃない。むしろ頑張った自分にご褒美でも上げてもいいんじゃないか?」


今回起こってしまった事件、それを自分のせいで引き起こったと感じているのは、それこそ彼女の思い上がりだろうな。慶次や俺が気付くべき要素でもあったはずだし。悪いのはやはり誠一と慶次の元カノの2人であるべきなんだ。たらればを言い出すとキリがないしな。

だから、彼女個人を咎めるような選択肢など一ミリも無い訳で。


俺が言っていること、考えていることは支離滅裂なんだろうか。

それとも甘いのだろうか?


映画の主人公ならば、目の前の泣いている女性をスマートに慰めたりするのを観るが、お生憎様、そんな芸当俺には無理だった。

何とか絞り出した言葉で落ち着いてくれれば・・・なんて考えていると、急に茜ちゃんが笑い出した。


「フフッ。先輩、ご褒美って何ですか・・・?」

「んえ?ケーキとかプリンとか?」

「もう甘いのは十分です。って言うかそれって完全に先輩の趣味じゃないですか」


目を赤くしながらも、彼女お得意の笑顔は健在だった。真正面で受ける俺はタジタジになってしまう。

笑いが止まらない彼女を見て嬉しいような恥ずかしいような複雑な思いとなる。


「何が面白いのかわかんないんだけど」


「すいません。何か可笑しくって笑えてきちゃいまして」


ペコリと少し申し訳なさそうな1度頭を下げ、俺の顔を見ながら言った。


「まあ、笑ってくれたんなら何でもいいんだけどね」

俺も少し安心して笑みがこぼれた。


彼女はもう大丈夫そうかな。

コロコロと表情を変える彼女は、今は最初と同じように決意溢れる顔付きだ。


「私、誠一先輩の事は諦めますね。これまで過ごしてきて、良いところも悪いところも知っていたつもりですけど、ちょっと悪い部分が顔を出し過ぎですよね。

今涼介先輩から話していただいた内容も、誠一先輩が話してくれなかった事もあるし、恐らく嘘を言っていたところもあったと思います。そんなんじゃあ、もうあの人を信じたりってのが出来ないですよね。


・・・私ってばだらだらと決断出来ずに今まで過ごしてきましたけど、スパッと諦めます!

きっと次の恋愛は、私の事を大切に考えてくれる人を探しますから!」


「ああ、応援してるよ」


この答え合わせのような話し合いは、最後にはお互い笑顔で終幕を迎えた。

自己満足だと思われようが俺自身後悔は無かったし、彼女も満足した表情を浮かべている。


ひとまず誠一と相対する上で大きな心残りが無くなった。


「じゃあ学校で」

「はい!今日はご馳走さまでした!ケーキすっごく美味しかったので、また来たいです!」


大きく手を振る彼女を駅まで見送り、家へと向かう。

気付かないうちに夜が来るのが早くなってきたような、そんな気がする。日中のうだるような暑さも今の時間は程よく涼しい。


心なしか家までの道のりも軽い。

明日の退屈な授業だって苦にならない気分だ。いつものように憎まれ口を叩く友人に、少しあざとくて可愛らしい後輩の女子がそこに混じる。俺は軽口を叩いて皆の空気を明るく盛り上げるんだ。


―——己の決断は正しかった。

モヤモヤしながら今日を迎えたけれど、最後には見事想いを断ち切った彼女の強い姿を思い出し少しだけ満足する。きっと未練もあったのかもしれない。ただただ尊敬を。


アイツも前を見て歩いているんだろうか?

自慢の親友の心はいつも分かり辛くて、周りに悟らせないからな。

俺のやっていることはただのお節介で、自己満足なのかもしれないが、これは自分の為でもあったからさ。


辛い事があっても、皆が一緒なら心配ないもんな。

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