第15話 合意の上ってやつじゃねえのかよ。

―—―先程の学校での一件から頭が痛い。アイツ、真田涼介さなだりょうすけの顔が今もチラついて離れない。呼び出されて、2人で話をしたことを思い出す。


思えばアイツは、最初から本気でキレていたように思う。


『お前さ、もう学校やめろよ』


隠すことなく俺に向けられた嫌悪の感情は、一言目に発された彼の言葉に集約されており、ダイレクトに伝わった。その時点でもう全てが手遅れなんだと悟った。


すっとぼけてみたりと僅かな希望に縋ってみたがまさに豆腐にかすがい状態で。

まさに八方塞がり、今更笑えない状況に現実逃避していたが、どうやら運も付きも全てが無くなってしまったようだ。


・・・それでも、俺だけが咎められている状況に憤りを感じる。珍しく俺を呼び出したかと思えば、凄んできやがって。

確かに俺のしたことは友人である吾妻慶次あがつまけいじを裏切るような行為だったし、申し訳ないことをした。その点は認めよう。

だけど、俺だけが標的になるのはおかしいだろ?合意の上ってやつじゃねえのかよ。

この期に及んで思うのはそんなこと。


情けないなー・・・。本当に、俺ってやつは・・・。仮にも親友と呼んでくれた慶次に対して文字通り最低なことをしてしまった。

自業自得。引き起こした出来事に対し、許される許されないは別にして、直ぐに謝罪をすべきだとずっとずっと思っている。

・・・だけど、怖くて怖くてアイツらの前には出られなかった。


無意識に煙草に手が伸びる。講義を終え家に帰った後からほぼ絶え間なく吸っていたように思う。時計は夜9時の場所を示していて、帰宅してから僅か数時間の間に灰皿には吸い殻が山のように積み上げられていた。


ライターのオイル切れなのか、上手く煙草に火が付かない。カチカチと何度も試すが火花が出るだけ。イライラが頂点になりそうなところでやっと火が付いた。そろそろ煙草のストックも無いのでラストにするか。


ふぅ・・・

もはやメンソール特有のフレーバーに何の効果も感じない。ただ苦いだけ。作業と成り果てたこの動作は、口に煙草を咥えていなければただの溜息でもある。


改めて俺、安本誠一やすもとせいいち自らが引き起こしたあの日の出来事を思い返す。



男女3対3の飲み会、いわゆる合コンを慶次から持ちかけられた。色々あって最近まで付き合っていた彼女にこっぴどくフラれた事を少しシリアスに話したところ、『新たな出会いを以てして立ち直れ!』という彼のアイデアは単純に嬉しかった。


ちなみに3対3というのは、その場に涼介もいたことから3人となったわけだ。慶次には彼女がいたが、近隣の大学ということで上手くその彼女に声をかけ、フリーの女子を集めてもらった。3人でこういった遊び方をするのは初めてで、皆嬉々として準備を進めていった。


トントン拍子に進んでいき、あっという間に合コン当日を迎える。

慶次の彼女である桐生きりゅうめぐみを含め皆が容姿に秀でていて、ノリも良く、主催者である慶次、そして俺も涼介もテンションが上がっていたと思う。慶次に関しては、単純にこの飲み会を開催することが出来たことに対して喜んでいたようだったが。


居酒屋での一次会はとにかく楽しく盛り上がった。初めて会ったとは思えない程皆フレンドリーで、お酒が入り酔いが回っていく。時間が経つにつれてどんどん無防備になっていく姿を見ているのは楽しかったし、


そして、


まだお酒の席に慣れていない彼らを煽り、更に飲み進めるように誘導していくのは簡単なことだった。自分はというと、お酒の席は既に多くを経験していたこともあって、自らのペース配分を考えることができていたが。



慶次の彼女であっためぐみについては、レベルの高い3人の女子の中でも特に見た目が好みで、よこしまな感情が現れる。

・・・そしてそれは、遂には抑えることが出来なかった。


彼女と隣の席で話している内に、意外にも無防備であることが分かった。親友の彼女であるにも関わらず、距離を詰める事を考えた俺は、慶次と仲良くなったエピソードから始まり、いつも慶次に感謝していること、彼女として彼を支えてあげて欲しいことなど、少し大げさに話した。

また時に聞き役に徹し、慶次に対する想いも引き出していく。そうすることで徐々に彼女の心を溶かしていった。

少し遠回しなトークだったと思うが、慶次の親友というポジションを強く意識させることで、早々に信頼を得ることが出来たと思う。


ああ、直近で自分が失恋をしたことも大きなトッピングとなった。ピンチはチャンスと言いたい訳ではないが、失恋をした話は女性からの同情を得やすい。合コンという席で話す内容でも無いが、俺が失恋し、皆で励まそうといった趣旨がメンバーに周知されていたので、思うように活用させてもらったという訳だ。


悲痛な表情を浮かべ、真面目で献身的な彼氏であった話をした。辛い失恋を乗り越えて前向きに生きていく。そう語った自分は彼女にどう映っただろうか?

・・・実際の別れた要因なんてどうでも良かった。よく使う手法で、結果的に深く相手に同情を誘うことが出来たのだった。


あとは徐々に彼氏である慶次に対する潜在的な不満を引き出していく。と言っても本人が目の前にいるのだから、可愛らしい不満だったのだが。

それでも、店員のオーダーミスによる些細なことで、彼氏である慶次に対しぞんざいな態度が顔を出した。正直、と思ったね。

理不尽に咎められた慶次自身は意に介していない様子だったが、これら一連の流れがすべてが追い風のように感じられた。


飲み会の終盤では、物理的に距離を詰めても拒むことがなくなり、段々とこちら側に靡いてくる姿にエクスタシーを感じた。もはやこの時点で自らを律することなど不可能に感じ、次の段階へ移行していく。


二次会には皆で予め決めていたカラオケ。案の定一次会での大酔により、あっという間に皆が眠りについていった。自分も同じく酔いが回っていたが問題ない範囲であったし、虎視眈々とそれを見守る余裕すらあった。


少しの時間が過ぎ、ふらふらと頼りない足元でトイレへと部屋を出て行く桐生めぐみの姿を確認し、追いかけるように俺も部屋を出た。


彼女がトイレから廊下に出てきたところを偶然を装い近づき、そしてその唇を奪う――


「えっ?」

安定しない目線、それでもキスをされたことで彼女の意識も徐々に覚醒していく。


「ちょっと・・・誠一くん、なんで?」

特に返答はしなかった。もう一度唇を奪った。


「ねえ、ちょっと・・・!」


突然の事で驚いていた彼女だったが、「めぐみちゃんって、ほんとタイプなんだ」など彼女への賛辞を立て続けに送り続けた。お酒が入ったことで彼女自身判断能力も低下していたのか満更でもなく、次第に抗うことを止め「今だけ。ごめん寂しくってさ・・・慶次には内緒で」というセリフに「もー」と言いながら、控えめに腰に手を回してきた。


それはまるで高難易度のシミュレーションゲームを攻略したが如く、脳内に電撃が走ったようで、脳汁が溢れ出すのを感じた。潤んだ目で俺を見る彼女を見て、最上級のエクスタシーを感じた。


欲望というものは尽きることを知らないようで、唇だけでは飽き足らず、更なるものを求めた。しかしながら廊下のど真ん中ではどうにもならず、遠くの方から扉が開き、こちらに向かってくる気配を感じ、不本意にも離れることとなった。


舌打ちが出た。まだ少し覚束ない足取りの彼女と共に、皆が寝ているであろうカラオケルームへと戻った。


皆はまだ寝ている。暗くザワザワとした密室ということもあり、きっと暗くてバレやしない。そう判断して廊下での行為の続きを求めた。


隣に座る彼女の唇をもう一度強引に奪う。

「・・・もー、そこに彼氏がいるのは知っているでしょー?」

小声で咎められるが、大した抵抗も無かった。


「寝てるし大丈夫だって。っていうか拒んでないじゃん」

皆寝てるし大丈夫。その言葉を聞いて彼女の力が抜けたように感じた。舌で唇をこじ開けて、口内を蹂躙していく。鼻に広がる柑橘系の香水と彼女の汗が混じった香りが堪らなく気分を高揚させた。彼女の腰にも手を伸ばす。


「んっ・・・あっ・・・」

見た目の通りスレンダーな身体つきで、自分の手は止まりそうになかった。


「もうっ」

腰から上へと手が進むが、手を掴まれる。抵抗する意思はまだありそうだが、それも時間の問題だろう。

ここからどう運んでいこうか。あわよくば・・・と考えていたその時、慶次がバッと立ち上がった。


これが終わりの始まりとなった。


「キャッ! あ、ケイくんっ!これは違うの!」

「うわっ………、そう、そうだぜ慶次!勘違いすんなよ!」


顔色も窺えない暗闇の中、一瞬だけ見えた慶次の表情はまさに氷のようで、机に現金を置き、何も言わず立ち去る彼を、声も出せずにただただ見送ることしか出来なかった。


その後、皆が起きだした。不安定になった桐生めぐみはいつまでも慶次にコンタクトを図ろうと試みるがどうやら全くダメらしく、かく言う俺もこの事態に完全に動揺していたと思う。


最終的に、各々がこの状況を把握しない状況であったが、何とか誤魔化し精算を終えた。そして俺は逃げるように帰ったのだった。


事の顛末はこう。



―—ふと煙草を持つ手を見ると、小刻みに震えているのが分かる。


『お前さ、もう学校やめろよ』


また、その言葉が頭の中で強烈に響いた。

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