第14話 フリーを祝して。
待ち合わせ場所であった駅前から目的のお店に向かって10分ほど歩くと、こじんまりとした隠れ家のような外観の目的地に辿り着いた。大通りからすっかりと外れた位置にお店を構えており、まさに穴場といった店構えである。
もちろん僕はこれまで来たことがない。どこか一見さんお断りのような外観に、思わず入っていいのか?と一瞬足踏みしてしまいそうになった。
アルバイト先の、一見さんでも気軽に入店が出来るようなアットホーム感が売りの居酒屋『陽だまり』とは異なるスタイルだ。今日このメンバーで来店するということは、何となく競合店調査をするような気分になってワクワクする。
まずは扉。その重々しい見た目の木の扉は荘厳な雰囲気を作っており、脇にはアンティーク調の外灯がゆらゆらと光っていて少し怪しげだ。今でも薄暗いが、もっと暗くなるとより雰囲気が出そうだな、なんて考える。ここの店主とは仲が良いというヒカリさんの先導の元、僕と美鈴も付き従って入っていく。
店内は温かみのあるオレンジ色の照明、木をメインに用いた内装、こだわり抜いたのであろう小物が更に店内のお洒落度合いを引き上げていた。ヒカリさんは店主と思われる人物と親しげに2つ3つほど言葉を交わし、その後奥へと案内された。席に人数分置いてあるカラトリーでさえも上質なものに見える。御生憎様、僕の語彙が乏しくて、上手く伝えられない。ちなみに、僕と美鈴が同じ側に、向かい合う形でヒカリさんが座ることとなった。
まずはドリンクメニューの注文を済ませると、お品書きにも目を通していく。お肉と洋酒がメインだと聞いたが、恥ずかしながらお品書きを見てもどれを注文すればいいのか、いまいちわからなかった。抽象的に~そよ風を添えて~とかではないけど、牛とか豚とかラムとか、そもそもの動物の種類が多いし、それに加えて様々な部位があるからさ、わかりっこない。
そもそも1杯目に注文したビールですら種類が豊富で、サッパリ違いが分からない僕は、お品書きに書いてあったおすすめビールを適当に頼んだんだ。
飲み会と聞いて、すっかりチェーン店とか、大衆居酒屋を想定していた僕にとってこのお店は異世界のように感じて、妙にソワソワしてしまう。
そんな訳で、ここは素直にヒカリさんと美鈴に注文を任せて、僕はというとぼうっとしているのだ。嬉々としてメニューを吟味している2人を眺めるだけでも頬が上がっているのを感じる。そうしている内にファーストドリンクが到着して、この会が本格的に始まったのであった。
「・・・それでは
グラスを天に向かって大袈裟に掲げた橘美鈴が音頭をとる。そのノリノリな様子に温かい目を向ける僕とヒカリさん。目が合い2人でほんの少し笑った後、グラスを同じように掲げた。
「じゃあ、慶次くんのフリーをお祝いして・・・乾杯!」
「乾杯!」
かくしてお祝いと呼ぶにはクエスチョンが浮かぶ飲み会がスタートした。僕としては決して飲み過ぎないことを改めて心に誓い。
・・・
いつだって楽しいと感じるイベントは、いつもよりも時間の流れが早く感じるもので―—。
既に時計の針は20時を指した頃。そろそろお開きかなというタイミングで2人を見ると、2人してそれはもう立派な酔っぱらいの姿となっていた。
2人してキャハハと満面の笑みを浮かべる姿を見ながら何故だと思案する。
僕は何も悪くない。絶対に悪くないぞ―—。
もちろん強制・強要などは一切なく、各々のペースで飲み進めたのだから。冷水を飲んで少し冷めてきた頭で考える。誰に向かって弁解をしているのかは些か不明ではあるが、つい頬が引き攣ってしまうような状況になった要因は何か。少し遡ろう。
・・・まずはこちらにしな垂れかかってくる美鈴の頭を押し返すのが先決か。というかヒカリさんもヘロヘロになってしまうなんて想定外過ぎる!
美鈴の立派な音頭の後、次々と美酒・美食が運ばれ、とにかく大いに盛り上がった。最初の方は少し無愛想に見えた店主の腕がとにかく素晴らしく、3人皆料理を求める箸が止まることが無かったのであった。
聞き慣れないビールや洋酒を注文することは依然強敵であったが、恥を捨て早々に素直に初心者向けのおすすめを要望したところ、状況が大きく好転した。出される飲み物がどれも本当においしく感じられたのだ。加えてうんちく交えた豊富な知識を拝聴することができたし、サービスで幾つか試飲もさせてくれた。まあビールの細かい味の違いとかはわからなかったけどね。
月曜日ということで店内は穏やかで、ずいぶんと余裕があるようだった。自分にとって良かったのは、おすすめしてもらった洋酒の中で僕にぴったりのお酒と巡り会うことができたんだ。
“ストーンズ・ジンジャー・ワイン”。それを辛口のジンジャーエールで割って、くし切りにしたレモンを添えて飲むのが最高だった。さっぱりとした後味、ピリッとした生姜の強い風味が絶妙で、何度も同じのを頼んでしまった。
まだまだお子様の舌だから、アルコール度数の高いお酒をストレートとかでは飲めない。ジン系のお酒もそれなりに良かったけど、僕的にはこれがピッタリとハマった。
まあそんな訳で、気がつけば3人ともかなりのペースで飲み進めていた。お肉とお酒の相性というのは恐ろしく、無自覚に結構な量を飲んでいたと思う。
軽く酔いが回ってきたときの高揚感というか、身体がフワッと浮遊しているかのような心地良い感覚になり、頬も手を当てなくとも分かるくらいに熱くなっていた。僕自身つい最近強烈な二日酔いを経験していたから気をつけていたにも関わらずだ。
なんだかんだ美味しい料理・お酒に気の知れたメンバーにこの隠れ家のようなお店。今日は来て本当に良かったけど、皆が飲み進めるスピードは尋常じゃなかった訳だ。
そういえば僕のフリーを祝してという名目で開催されたこの飲み会だったけど、始まってみるとその話題に触れられることはなかったな。僕としては、それは単に美鈴が飲みたかっただけだった説を推しておく。
何にせよもうそろそろお開きかと思ったので、2人を見ると、前述の通りであったのだ。
ヒカリさんにアイコンタクトを図る。僕の意図に気づいたのか、任せてと言いたげな表情でこう言った。
「それじゃあ次は私のお気に入りのバーに行こう!」
「おー!」
全然違うよヒカリさん。
・・・まだまだこの会は続きそうである。
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