第11話 眠れる獅子を起こしたのは。

「・・・ちょっと情報を整理させてね」


ようやく終わった私の説明に対し、目を閉じ神妙な面持ちで自らの頭の中を整理しているのは、友達の山川千鶴やまかわちづるだ。時折うーんと首をかしげたりしているが、考えている時の彼女の癖である。


ここは大学の敷地内にある小洒落たカフェテリア。学校設立うん十年だとかで、最近校内に周年記念で建てられた施設である。店内にはそう多くはないが複数の学生が居て、その中でドぎつい話をする事がはばかられたが、せめてと思い端の方へ千鶴を誘導し、例の飲み会の時の話を行った。


――遂に、遂にあの飲み会の後に話をする機会が出来たのだった。

千鶴とはここ数日間、姿を見ることが出来なかったり、キャンパスで会っても他の友達と一緒にいたりと中々ヘビーな話をすることが叶わなくて、その間私一人で悶々とする日々が続いた。

だけど、今まさにそれが終わった。溜まりに溜まったを吐き出すことが出来たのだった。


ああ、と言うのは自分の中でもどのような感情なのかわかっていない。悩みなのか憤りなのかさて・・・。


「飲み会の次の日にね、カラオケルームでの出来事について何か覚えていないかめぐみちゃんに直接尋ねられたの。なんだか少し雰囲気が怖くってさ。・・・千鶴は何か聞かれなかった?」


「あー・・・そう言えば前にTALKでそんなメッセージが入っていたかも」

その時は、特に何も考えずに寝てたよーって送ったけどね・・・と、千鶴はそう言いながらそのメッセージを改めて見返している。


常にふんわりして、天然の気質がある千鶴のことだ。この辺の話題にどんな反応を見せるのかは正直でもあった。

心を許している友達のひとりではあるが、あの場で自分の彼氏であった慶次くんを裏切った桐生めぐみとも仲が良いし・・・


「もしかしたら、同じ大学の私たちにも見られたかも知れないって思うと不安だったのかもね」

私と同じ考えに辿り着いて少しホッとする。

そして千鶴は何かを咀嚼し終えたように自然体の表情で続けて言った。


「・・・うん。確かに今の話を聞くと、あの時の状況と辻褄が合うね」


あの時と言うのはカラオケルームでの出来事のことだろう。慶次さんが突如立ち上がり、一人分の料金を置いてその場を去ったあと、カオスな状況となったのだ。


当本人の桐生めぐみはというと、慌てふためきながら慶次さんを追いかけ、姿が見えなくなってからは繰り返すように電話で連絡を取ろうとしていた。


もう一人の当事者である誠一という人は、その時ぶつくさと何かを呟きながら頭を抱えて部屋の中を右往左往しており、友人の真田涼介さなだりょうすけさんからの「どうした」と言う問いかけにまともに返事ができていなかった。


当然、何かあったことは明白で、二人のその慌てようにこの千鶴も薄らと察していたのかも知れない。


「なんか、とんでもないこと聞いちゃったよ・・・」

そう言ってどこか困ったように笑う千鶴。いつものように笑うとできるエクボが見え、少し髪型が乱れたのか顔にかかったミルクティ色の髪をかき上げる。

それらの仕草には色気があり、同性の私が見ても思わずドキッとする。それ程に千鶴は可愛いんだ。

・・・思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、私は気を引き締めて話を続ける。


「そうだよね。ごめんね、千鶴にとってキツイ話だったよね」

今更ながら私だけがスッキリしてしまったことに気が付いて頭を下げた。私にとって桐生めぐみとはそこまで親しい存在ではなかったが、千鶴は彼女とも仲が良く、授業の中には合わせて選択しているのもあったはず。


「ううん、瞳こそ今まで誰にも言えずに一人で抱えてたんでしょ?話してくれてありがとう」

だけど、私の懸念は杞憂だったよう。そのパッチリ二重の優し気な目で見つめられると、なぜかすべてを許されたような感覚になる。よしよしと頭を撫でられとても心地が良い。

・・・目の前の“かわいい”を見て、心からそう思うのであった。



―—―少しばかり目の前の尊い存在に気を取られたが、話を戻していく。

「それで私ね、どうしても気になっちゃって、慶次さんのもう一人の友達の真田涼介くんと会って色々と聞いてきたの」


「おー!瞳ってばフッ軽だね!」

今度は茶化すように目を細めて笑う千鶴。少しからかわれているのかも知れない。ちょうど彼から食事に誘われて・・・なんて言ってしまうとさらにからかわれるのが見え見えで、その言葉は辛うじて飲み込んだ。


「だけどその涼介くんもその場では爆睡してたみたいで知らないんだって。そうなると当事者の3人以外、当日のことは私しか知らない感じでさ・・・」


私を動かすこの感情が何かは依然わからず仕舞いだ。だけど目の前で彼女と親友が浮気しているのを目撃し、の表情を見せた慶次さんが今も独りで抱え込んでいたらと考えると胸がいっぱいになるのだ。


そういえば、涼介くん自体は想像していた通り、友達想いのいい人だとあった時に改めて思った。慶次さんの最近の小さな変化にも気づいているようで、2人には何か絆のようなものを感じた。

涼介くんのように、慶次さんを支える人はきっと他にもいるのだろう。そう思うと少しだけ安心する。


―—だけど・・・


「もしかして、瞳はめぐみちゃんの彼氏?今も恋人関係なのかはわからないけど・・・慶次くんのことが心配だったり?」


「心配、というか何なのかな・・・。もし自分が慶次さんの立場だと考えるとすごく辛いと思うし、去り際の表情がいつまでも私の中から消えなくって、モヤモヤするというか・・・」


好奇心から始まった私のこの感情は、あれからもう数日経っているというのに、未だ心が揺れ動かされてばかりだった。

只の好奇心だとしても、何故自分がここまで思い詰める必要があるのか?それは自分でもわからない。これが恋愛感情なのかと聞かれたとしても、たかだか一度の飲み会で恋焦がれる程絡み合った訳でもなんでもない。


私が返答に困っているのを見て、目の前の千鶴は相変わらず笑ったままである。

「さっきから瞳の表情、コロコロ変わって面白いよ」

涼介くんもそうだった。私の表情はそんなにも分かり易いのかな?確認する術もないので今は放っておくことにする。


「それで、はこれからどうするのかな?」

ニマニマとこちらを見詰める千鶴。完全にこちらを妹に語りかけるかのように優しく問いかけてきた。私をで呼ぶときはいつもの天然娘といったキャラクターは鳴りを潜め、容赦なく私の逃げ道を塞いでいく。・・・ダメだ、このモードに入った千鶴とは分が悪い!



―—―・・・その後、案の定というか瞳は私の結論の出ない感情を根掘り葉掘り聞いた後、さも満足げに言った。


「いいよ、今度の週末は慶次くんや涼介くんと一緒に遊ぼう」


そう言って瞳はカバンから手帳を取り出し、土曜日の枠内に印を付けた。「楽しみだねー」なんて言いながら、その手帳を閉じる。可愛いモノが好きな千鶴にしては実用性を感じる飾り気のない落ち着いた色の手帳は、出会った頃から使っていて印象が深い。


これまで頼りにしてきた千鶴が、私の話を聞いてからも変わらずにいてくれたことに感謝する。また、伝えることを選んだ勇気ある私を褒めてあげたい。


提供されてから随分と時間が経ってしまった可愛らしいチーズケーキにやっとこさ手を付ける。目の前で幸せそうに頬張る尊い姿を見て、私も一口、また一口と頬張るのだった。


しっとりとクリーミーなケーキを存分に堪能したところで千鶴が口を開いた。


「・・・私、それとなくめぐみちゃんにも聞いてみる」

穏やかな空間が唐突に張り詰めた空気に変化した。

口元の笑みを維持したまま、で千鶴はそう言うのだった。


妙なプレッシャーを感じた私はひとまず「そうだね」なんて気の無い返事をする。


「瞳がこんなにも考え込んで話してくれたことだもん、私も友達としてそれに応えたい。あの時私、何のことか分からなかったから気にしてなかったけど、実際の光景を見ていた瞳の話を聞いた今、無関心ではいられないよ。めぐみちゃんに何も聞かないままこれまで通りの友達の関係を続けたり、逆に距離を空けたりするのは私としても抵抗があるの」


正直、私の想定以上の話になったことに驚く。恥ずかしながら単に聞いて欲しかっただけだったのだ。千鶴にとって余計なことを話してしまったか?とも一瞬思った。だけどそんな私によって賽は投げられた。千鶴の意見は最もだろう。確かに一方だけでなく両者の言い分も聞くべきなのだ。

自分のあまりの想像力の無さを恥じつつ、決意を固めた千鶴に改めて尊敬の念を抱く。


「・・・あの子、何て言うのかな?」


クスッと笑いながら、ボソッと千鶴が放った言葉に身震いする。

ような感覚に陥る。・・・私も腹を括ろうと密かに決意した。


――――桐生めぐみ。あなたはどう出る?





――――――――――――――――

大変長らくお待たせしました。

遂に桐生めぐみへ迫る一手を打つことになりました。瞳さんは私の中で優秀キャラでいくつもりでしたが、案外ポンコツなのか・・・?



追伸

本編とは関係ございませんが、近況ノートにも記しました通り、義理の母の健康状態が極めて悪化し、思うように執筆に時間が取れませんでした。

毎度のごとく、亀のような更新速度で恐れ入ります。

一通りの対応は済み、執筆する時間がようやく確保できつつある今、頭を捻って執筆していくことが心の癒しになっているところもあります。

引き続き頑張って更新を続けていきたいと思います。

どうかお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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