第12話 罪と向き合うこと。

「今日はありがとう。気をつけて帰ってね」

「じゃあ、また大学で!めぐみちゃんも気をつけて帰ってねー!」


小さな身体を、目一杯広げてこちらに手を振ってくる朝倉柚子あさくらゆずちゃんを、姿が見えなくなるまで見送った。


ちんまりとした、子犬っぽさが滲み出てつい守ってあげたくなるような女の子。仲良くなったのは実は最近のことだ。話してみれば、お互い同じ県の存外近い距離に住んでいたということが発覚した。

今日は私の最寄駅から近くの、オープンして間もないが美味しいと話題の甘味処にお誘いしたのだった。


普段は物静かなイメージがある柚子ちゃんだけど、2人の時は良く話をする。見た目よりも更に幼い言動が面白おかしくて、一緒に過ごしていてとても居心地が良い。

本人は大人に見られたいようで、ボロが出ないよう大学では大人しくしているみたいだけど。

そういったところも含めて実に可愛らしい女の子だ。


彼女を見送った後、自分も帰路に就いた。


・・・ここ最近、なんとなくあの日からグループの友人からの目線が気になって、少し距離を置いている。

皆が私を避けたり、直接嫌がらせなどをされた訳ではないけど、私自身のが常に心に纏わりついていて、キラキラとしているあの空間に近寄り難いというのが正直なところ。


もちろん、あの時の飲み会から場所を移したカラオケルームでの出来事について、千鶴と瞳ちゃんの2人に何か覚えているか直ぐに尋ねた。幸いにも2人とも寝ていたということで何の話かもわかっていないようだったが。


それが真実ならば、私の愚かな行為が誰かに漏れたということはないだろう。だけど、時間が経てば経つほど、疑心暗鬼になった。

それは1人でいる時は尚更。考えれば考えるほど心の中に闇が広がっていく感覚に陥る。


そういった不安が心を支配する。


もちろんメンバーからは、普段とは違う私の様子に「めぐみ、どうしたの?」とか「何かあった?」なんて言葉も掛けて貰っている。


だけどそれは、

と考えるとまともに返事ができなかった。


そういった事情もあり、普段あまり絡んだりしなかった柚子ちゃんへ声を掛けて、距離を一気に詰めたのだった。

もちろん、メンバーへの最低限のコミュニケーションは維持しつつ。こうした打算的な思惑もあったが、柚子ちゃんはというと、何も聞かず、何の抵抗もなく受け入れてくれている。本当にありがたいことだった―——



さて、今考えるべき本質的な問題は彼氏であったケイくん、吾妻慶次あがつまけいじくんに対してどうするかだろう。

すなわち、贖罪しょくざいを果たすにはどうすべきか。未だ肝心の行動は何も出来ていない。そもそも、私の謝罪を聞いてくれるかも微妙に思うのだけど・・・


―——あの時、私が誠一せいいちという彼の友人と、よりにもよってケイくんの目の前で不貞を働き、その愚行の全てを目撃され、当然のように別れを告げられた。今思い返せば顔から火が出そうな程の醜態を、よりにもよって彼の目の前で晒したのだ。


あの時の私は、お酒が入ったことも相まり、誠一の甘言に酔いしれ身体に触れられることをいとわなかった。女としての扱いに喜びを感じ彼を拒むことが出来なかったのである。

お酒が進んで自制が効かなかった、というのはさすがに弁解として苦しすぎる。努めて冷静に考えようとようとも、だ。そんな言い訳など今更出来るはずもない。


更に言えば、私は愚かにも事態が今よりも悪化することをただ酷く恐れているのである。この大学生活において、それが噂として蔓延することが怖い。また、どこからか飛び火して、同窓の人間に伝わればどうなるか・・・?そんなことに怯え続ける哀れな状況は永劫に続くのだろか―—・・・


事実として、彼の私への想いを踏みにじり、尊厳を破壊した。帰ってこない大事な存在を改めて思い返すが、何度考えても弁解のしようがない程に愚かしい行為だったことを自覚して憂鬱になる。


つらい。


そんな言葉をつい吐き出したくなるが、到底私がそんな言葉を口にする権利など存在しなく、謝罪の言葉に変えて吐き出す。


「ごめんなさい、ケイくん・・・」


私たち2人にはまさに人生において、最もといって過言ではない程に大切な高校時代から続く、4年間という濃密な時間を共有してきたというパートナーとして絶対的な信頼感があった。彼が私の元から離れる訳がないと、謎の自信があったのだ。


だけど今はどうか。

もはや私には彼と関わることは望み薄だろう。それほどの愚行を行った私に対する罰である。だからこそ、せめてもの謝罪の言葉を直接言いたかった。


メッセージのやり取りが保存されているTALKアプリを改めて見返す。


『あの時、すべてを見ていた。だから弁解は必要ない。めぐみに出会えたことに感謝はしているが、今、君のどれもが信用できない。信用ができない人とは一緒には居れない。だから、お別れにしよう。それじゃ』


何回見ても同じ文面。見返す度、もはや慣習となりつつあるため息を今回も吐いた。


私がケイくんに対して何度も何度も送ったメッセージはどれも直ぐには既読が付かず、押し潰されそうな気持ちのまま、悶々とした日を過ごすこととなった。


始めのうちは正直、現実逃避していた部分があったし、連絡が全く通じないことに苛立ちを感じたりもしたが、結局残った感情はだった。私を構成している要素は、思った以上に彼の存在が大きかったのであった。


そうして彼からメッセージが届いたのは幾日かが過ぎた頃。届いたことを知らせる通知に驚き飛び上がり、慌てて確認したその時の私の気持ちはというと、やはりというか底辺まで一気に落ちることとなった。



・・・こんなはずじゃなかったんだ。

彼とは将来を共にすると思っていたし、彼もそのつもりだったと思っていた。

だけど、それを壊したのは私。

別れを告げられるということは、わかっていたことだから。覚悟できていたことだから。そう思ったが、メッセージを読み終えた後はとめどなく涙が零れ落ちた。


愚かで無様で不潔で、本当に救いようがない私は、もう前に進めない。

何度も何度も返事をしようと考えた。だけど、きっと彼は連絡を返してくれないだろうと思い、書きかけていたメッセージを一文字ずつ消していく。その繰り返しだ。


長い時間、頭を捻って考えたメッセージなのに、それを消していく作業というのは本当に一瞬のことだった。私の存在も彼にとってはそれと同じで、デリートキーを押すかのように一瞬で忘れていくのかな。


今は一人になると罪悪感と孤独に押し潰されそうになる。今日のように友人と会った後の帰り道、誰もいない自室、大学に通う小一時間とエトセトラ。

独りになる時間はいつだって嫌だった。



もうすぐ自宅だというのに、歩みがぱったりと止まる。

すれ違う人々の目線など気にすることもなく、声を上げて泣いた。

本当に無様で救いようがないことに自責の念に苛まれる。


――――そう、全て私の愚行が原因なんだ。




――――――――――


お待たせしました、第12話です。

今話の投稿を終えるまでに様々なことがありました。


病気の義母が亡くなり、その法要など。

気持ちの整理がつかない状況に変わりはありませんが、

本作やノート・ギフトなどで応援いただいた皆様の温かさに励まされる部分も多く、とても感謝しております。

今後はより一層注力してまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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