第10話 親友としてできること。

親友である吾妻慶次あがつまけいじはいつだっていい男だった―—


俺こと真田涼介さなだりょうすけは、入学当初から仲良くなった慶次のことを思い返す。

大学生活が始まった当初は狙う女子も多かったし、彼女が居ると分かってからも男女問わず多くの人が彼を慕ってきた。ゼミやサークル内など学内での評価は非常に高い。面と向かっては恥ずかしくて口には出せないが、俺自身、そんな慶次の近くで友人として一緒に過ごしてきたことを誇りに思ってきたんだ。


だからこそ、その親友を裏切った目の前の男への強烈な怒りの感情は日に日に増し、その強い憎悪は、自分でも感情を抑えることが出来ないほどだった。


「お前さ、もう学校やめろよ」


溢れ出す怒りの感情そのままに毒を吐くことは止められなかった。正確に言うと止めようとも思わなかった。

ようやくノコノコと現れたその姿を見て怒髪衝天する勢いであったのだ。今の俺は鏡なんて見なくてもわかるほど、怒りで酷い顔になっているだろう。


「えっ・・・?」

言葉を浴びせたのはこの間まで一緒につるんでいた安本誠一やすもとせいいちである。普段は整った顔付きに爽やかな性格で、男女ともに人気があるタイプなんだが、今は怯えたような顔でこちらを見たり違うところを見たり、酷く挙動不審だ。


「おいおい、急に冗談言うなよな!」


・・・俺がこんなこと冗談で言うとでも思ったか?まあ、普段から冗談ばかり言っている俺だから、もしかしたらそう思ったのかも知れないが。



―—誠一とは学部こそ一緒であるが、大学生活の最初の頃は親交が無かった。特に仲が悪かった訳ではないが、親友となった吾妻慶次の仲立てがあって、学校以外でも遊ぶようになった。それでも2人だけで遊んだことは無かったが。


そんな誠一を呼び止め、校舎の人が居ない場所へ移動してをしている。


慶次が主催する飲み会は、コイツと3人で参加した。と言うのも、当時付き合っていた彼女と失恋したというこの誠一は、それを慶次に報告していた。

俺も横で聞いていたし、その場の流れで合コンすることを慶次が提案してきたことに何も思わなかった。


そんな慶次自身も彼女がいたのだが、その彼女にも協力を得て、俺たち3人と彼女と同じ大学に通う女子3人とで3対3の飲み会を開催する運びとなったと言う訳だ。

俺もいつもとは違う遊び方にワクワクしていた感情も正直あったのは認める。


まあ、今となっては慶次と彼女であった桐生めぐみとの別れの原因がそこに詰まっているんだが。・・・ああ、今思い出しても腸が煮えくり返るようだ。

―—こいつは、その飲み会において、友人であった慶次の彼女と不貞を働いた。よりにもよって。無論、女の方もどうしようもないのだが。


そんなわけで、俺が怒り狂うのはごく自然なことだった。

この怒りは何も出来なかった自分に対しても向けられている。だから今、相対する誠一への怒りの一部は八つ当たりだったりもする。


俺たち自身、脇が甘かったというのか、誠一に付け入る隙を与えてしまったのは確かだ。だがそれでも、コイツの蛮行であったというのは明らかで、決して慶次に非があった訳ではないだろう。


・・・もしそんな慶次を自業自得だと非難するような人物が居れば暴れ回る自信がある。



さて、そんな飲み会での最悪の出来事だったが、慶次と常に一緒に過ごしてきた俺がほんのりと感じるのは“雨降って地固まった”ということか。正確には固まりつつあると言ったところ。


被害者である慶次自身の考えは聞いていないし、彼自身が冷静に判断が出来ない状況で敢えて聞いたり口に出すことはしないが、彼の精神衛生上的にはこの結果は良かったのではないかと言うこと。


義務なのか本心なのか、身体や精神が擦りきれるほどに尽くしてきた桐生めぐみと別れることになり、彼はその悩みから解放された。

第三者である俺から見て彼が彼女と別れたことで、彼の心はきっと健やかになることだろう。勝手ながら親友としてこの結果は喜ばしいことでもあった。


そして今まさにこの誠一を追い詰めているのは、もうこれ以上苦しむ慶次の顔を見たくないから。

・・・俺の願望でもあった。心根優しい慶次にこれ以上負担を掛けたくないのである。だからこそ俺は鬼となって慶次の敵を排除する。


「別にお前のことは別に嫌いじゃなかったけど、度が過ぎたな」

吸いかけていたタバコを深く吐き出す。


「ちょっと待てって、何のことかわからない」


「カラオケルームでのこと、忘れたとは言わせねぇよ?」

誠一の顔が一瞬だけ不自然に歪むのを見た。


「・・・あれは飲みすぎて俺も覚えてないんだよ。皆も寝てただろ?」


上目遣い気味に、そして僅かな希望に縋るように俺の顔を見上げてくる。まだ笑顔をキープする余裕があるのか、笑みを浮かべている。


まあ言い逃れしようとする気持ちはわからない訳ではないが、当時のことを鮮明に覚えている人物が多すぎたな。


「残念だけど慶次は全部覚えてるぜ、おまけに俺もな。桐生めぐみの友達の2人も見てたってのを聞いたし、当事者であるお前が覚えてないって言うのは、些か都合が良すぎんだろ?」


「・・・」


慶次や向こうの女子2人が覚えているのは少し不安だったが、慶次とこの間ランチしたそのうちの1人である陰山瞳かげやまひとみは状況を把握しているはずだ。

まあ、それを聞き出したくてランチに誘ったんだが。

それぞれに確認した訳でもないが、コイツを追い詰めているこの状況であればたとえハッタリであったとしても良いだろう。


「そもそも友達の彼女を、目の前で手を出すってのがクソだけどよ、お前が失恋したのを励ますために合コンを企画してくれたんじゃねえの?」


正直、言いたいことは山ほどあった。例の飲み会後の慶次の表情を見ると心が苦しくなって、自身の無力さを何度も呪った。


だから、

「そんなてめえの顔なんて、もう見たくねえ」

言葉が止まることはなかった。


「いや、あれは違うくて・・・」


「何が違うんだ?説明しろよ」


ついにいつもの笑顔が崩れて泣きそうな表情になっている。そんなに焦るんならしなければ良かったのにな。


「いや、とにかく!俺は何もやましいことなんてしてない!」

開き直ったのか、誠一は俺の話に被せるように大きな声を出した。


「ふーん・・・」

中々面白いことを言っている。


「あの時桐生めぐみに、寝てるし大丈夫って言ってたのはお前だよな?立ち上がって去ろうとする慶次に勘違いすんなって言っていたのもお前だよな?俺らが気が付いていないと本当に思っていたのか?お前が今までコソコソ身を隠すように行動していたのは知ってるぜ。

そんなお前が自分の行いを認めないなら、もう俺は手段は選ばない。てめえの身から出た錆なんだ、自分でしっかりと受け止められるよな?」


「えっ、いや、それは・・・。あの子も満更でも無かったし・・・」

驚いたような彼の表情に、焦りの色が混ざり始める。そして桐生めぐみに責任を押し付けようとする態度。コイツの評価はもはや地に落ちた。


全てを認めて謝罪するならば、まだ可能性があったのかもしれないが、この態度を貫くコイツとは明日はない。


「とにかく、俺らにはもう関わるな」

最後に大きくタバコの煙を吐き出して、短くなったタバコを灰皿に押し込んだ。

さて、話しているうちに始まった講義に向かうことにしようか。


もうコイツとは絡むこともないだろう。未だ気分が悪いが、このタイミングで手を打って良かったと思い直した。


「いや、俺が悪かったよ涼介!だから許してくれよ!」


時間的にもう授業中であるにも関わらず、遠くで周りの迷惑も考えず叫ぶ安本誠一の声は俺には


あと一手打つことでコイツの華の学園生活は終わらせよう。





「・・・長えトイレだったなおい」

まるで汚物を見るような冷たい目で俺を見る吾妻慶次。平常運転だな。


「まあな」

そう言って相変わらず大講義室の一番後ろに陣取っている慶次の横に座る。露骨に嫌そうな目でこちらを見る親友は放っておいて、週末の予定のことを考える。

コイツにとって良い時間になれば良いんだけど・・・

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