第9話 いつも能天気なキャラクターが真剣になると強い。

「・・・で、何で男2人で海なんだよ」


気落ち悪いだろ、そう言っているが真田涼介は全く意に介さない。


僕たち2人は貴重な日曜日の休みに夕方に集合して海まで車を走らせた。まあ1時間程で辿り着く距離なので、割とあっという間に着いたのだけど。


昨晩電話で遊びに誘われたと思ったら、夕方頃に相変わらず変な色の車に乗って涼介が迎えに来た。そこからは特に目的地を聞くこともなく、黙って車に乗って着いた先がこの海辺の公園だったんだ。


「ん?別にいいだろ、どうせお互いに暇なんだしさ」

なんてタバコを吹かす仕草が変に似合っているからこれまた腹が立つ。



―—既に辺りは暗い。

車を停めた僕たちは、昼間であればさぞかし見渡しが良いのであろう直ぐ近くの海辺の公園を少し歩いた。デートスポットとしては最適そうな場所で、むさ苦しくも男2人で来た僕たちの他には誰もいないことに少しホッとする。


歩みを止めて、目の前に広がる夜景を見詰める。対岸は小規模ながら繁華街になっているようで、この場所からでも見える夜景が綺麗だったんだ。


壁へと打ち付ける波の音、磯の香りがするやや強めの風を感じると不思議と落ち着いてきて、やがて互いに言葉を発さなくなった。


ああ、コイツは昔からこうだった―—。

僕のである真田涼介は大体こんな奴だった。


心の内を察するかのように、僕が何かに悩んでいることや辛いことがあった時、何も言わず、何も聞かずに僕を連れ出してくれた。

大体は当時彼女であった桐生めぐみのことで悩むことが多かったような気がするが、落ち込んだ僕を自然な形で誘い出してくれたように思う。


きっとここ最近の僕の変化にも気付いているんだろうな。

決して彼に真面目な話をしたわけでもないが、何も言うまでもなく察していそうであった。


僕の周りは、知らず知らずの間にお人好しが多かったりするのか?最近は全然当てにならない僕の観察眼だから少し自信がないが、アルバイト先である『陽だまり』のメンバーと、真田涼介の存在は僕にとって出会えたことは幸運で、現に今大きい存在となっている。


――桐生めぐみに安本誠一、最近まで彼女と友人であったはずの2人が僕の目の前で不貞を働いたことで、僕の心の中では既にあの2人は亡くなり、想い馳せることはもうないのだろう。


だからこそ、今まで大部分を占めていた心にポッカリと大きな穴が空いたように感じた。最初はそれが心地良くて、翼が生えたような感覚だったんだけど・・・。人生でも初めて経験する別れと向き合うことは少し困難だった。それが恋人と友人が一挙に居なくなるとね。


それでもその穴は、最初からまるで存在しなかったかのように『陽だまり』の2人や涼介が直ぐに埋めてくれた。それほど強くない僕だから、その支えが無ければアイデンティティクライシスに陥っていたかもしれない。それほどまでに大きな存在なんだと思う。


「・・・サンキューな、涼介」

思いがけず言葉に出ていた。普段は言わない感謝の言葉だけに自分の顔が熱くなるのを感じた。


「何だよ急に、気持ち悪いな」

お前が俺にお礼とか、明日は?なんてオーバーなアクションで僕を非難する涼介に少しの殺意を覚えたが、今日だけは大人しくしていよう。


「彼女とは別れることにしたよ」

別に改めて言うつもりでもなかったのだが、考えるよりも先に口が出ていた。


「そっか」

また涼介はタバコに火を灯す。

今気が付いたが、以前こいつの誕生日にあげたライターを気に入って使ってくれているらしい。何というか少しむずがゆい。

随分と美味そうにタバコを吸うが、吸ったことがない僕には良さが分からなかった。


「それと、誠一とは今後一切関わるつもりはない」

スラスラと口から出てくることに自分でも驚く。こんなこと他の人に言っても仕方が無いことなんだけどね。


「・・・ああ」

涼介はタバコの煙をゆっくりと吐き出す。僅かなオレンジ色の明かりを灯す街灯が彼の横顔を照らすが、ハッキリと表情は見えない。


会話自体はこれで終わった。

やはり何も聞いてこないと言うことは、涼介があのカラオケルームのことを知っていたのは確かだろう。最も、興味が無いだけなのかもしれないが。

こちらとしても、あまり思い出したくもないことを改めて聞くのも気分が悪いので、気を遣って何も聞かないでくれる彼に感謝しよう。


幸いにも吐き出したことで心が軽くなったのを感じる。慰めの言葉を掛けてもらった訳でも何でもないが、精神的に凄く楽になった。

普段は何も考えていないかのような能天気な友人であるが、ここぞという時の安心感は凄まじい。


・・・いつか涼介が悩んだときに、僕も同じ行動を取れるだろうか?

彼が僕にしてくれた事を、きっと同じようにはできないかもしれないが、それでも心の拠り所になれるよう、立派な友人でありたいものである。



ちなみに、その後はお互いにこの場所には長くは滞在するつもりはなかったようで、早々に公園を退散することになった。住んでいる街に着いたあと、飯でも食うかと家の近くのラーメン屋に2人で入った。そしたら彼の口がまた変なことを言い出すこととなったんだ。


「こないださ、瞳ちゃんと遊んだんだけど『今度皆で遊ばない?』って話になったんだよ」

そう言えば、例の飲み会の時に知り合った陰山瞳さんとデートするって言っていたか。


「へー」

無事に進展している?ようで、良かったじゃんなんて適当に言ったが、彼は少し呆れたように僕を見詰めた。


「皆ってのは慶次、お前も入ってんだよ。・・・というかいなかったら始まらないっての」

言い終わって麺をすする彼は、反論は聞かないといったようにラーメンを満喫している。


「はぁ?なんで俺がそのメンバーなんだよ」


「だって慶次、もうフリーだろ?」


「いやいや、確かにそうだけどさ・・・。ついこないだめぐみの彼氏として遊んだろ?それに別れたって言ってもめぐみと同じ大学・同じ学部の瞳さんからすると気まずいだろうし」


「まあ慶次が言っていることは確かに全部正しいな。・・・まあ理屈じゃないんだけど、あの子のことは色々と信頼できると思うぜ」

少しだけ真面目に語る彼に諭されると、何故か反論が出てこなかった。


「っていうか涼介が狙ってたんじゃないのか?」

ちょっとだけ気になったことを確認する。何気に前向きに考えている自分にも驚きだ。


「まさか!ちょっとだけ確認したいことがあったから誘ってみただけだよ。美人と話をするのは気疲れするわ」

お洒落なレストランとかカフェとか俺にはハードル高いし。そういって食べることを再開する涼介だが、清潔感のある格好をすると途端に男が上がるのを知っている僕からすると謙遜だと思うのだが。


そんな訳で、その後も見事に彼の話術に翻弄された僕は、今度の週末に瞳さんたちと遊ぶ運びとなるのであった。そこには瞳さんの友人である山川千鶴さんも来るようで、前と一緒のメンバーに僕は少し複雑な気持ちにもなる。まあ、今回は彼の言うことを聞いておこうと思う。


それにしてもどんどん先の予定が埋まっていく。涼介といい、バイト仲間の美鈴といい、強引な友人が多い。

明日はアルバイト先である『陽だまり』のメンバーと飲み会、そして週末には4人で遊びか・・・


初めて打ち明けるが、もはやインドア派と言いたくても信じてもらえなさそうである。

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