第2話 彼女と親友はお亡くなりになったことにします。

少しの時間が経っても、残念ながら状況は変わっていない。


僕はと言うと、薄暗い部屋の中で相も変わらず腕を組んで目を閉じて寝たフリをしている。

情けない気もするが、状況を打破する方法を思案するが上手くまとまらないのだ。体調も悪く、精神的にも疲弊している今の状態では集中力を維持することが難しい。関係のない余計なことを考えたりするのは仕方がないだろう。


そう言えば、“人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである” これはアルフレッド・アドラーの教えであったな。そんなことを思い出した。心理学への理解は無に乏しい僕であるが、何となくこのフレーズを覚えていたのだ。

これまで何かに大きな挫折をしたこともなく、何の変哲もない人生を送ってきた自信がある。まあ、流石に目の前で修羅場とも言える光景を見ていると、どこかの偉人の知恵や格言に縋らざるを得ない気分になっただけなのだが。


―—なるほど、確かに。僕の今持っている悩みは、まさしくすべてが人間関係のことだから納得だね。

その道の研究者には恥ずかしくて聞かせられないような、上面だけを拾ったような浅い知識を、さも深く知っているかのように思い馳せるのは僕の悪い癖だ。まあ、僕の無学なところは置いといて。


情けないことにサレ男の僕は、少し現実逃避をしていた。彼女と親友が目の前で不貞をせっせと働いていて、彼氏である僕は寝たふりを続けている状況。第三者から見ると憐れんだりするのか?もしくはご馳走になるのかな?


そんな目の前で繰り広げられる行為は、大胆にも更に拍車が掛かってきている。


「んっ・・・あっ・・・・・・」


彼女から吐息が漏れる。薄暗くぼんやりとしているがとろけるような笑顔で絡み合っているのが見えた。服の擦れる音、時折「もう」と咎める彼女の声。


喪失感や嫉妬心、雄としての生物学的劣等感に苛まれて・・・・。

創作の世界では、サレ男はその光景に膝から崩れ落ちるといったところか。


今のところ、僕は無事に平静を保っている。


それどころか冷静に思う。

この汚物にしか思えない女の本性が分かって儲けものなのかもしれないな、なんてことを考える。


覆水盆に返らず。起こってしまったことはもう取り返しは付かないしあとは流れるだけ。


高校時代という青い春真っ只中の期間を共に過ごした付き合いではあるが、もはやこの女とは、今後の人生は関わりが無くなることを切に祈る。



さて、話が右往左往したが、僕が目の前で不貞を働く二人を横目に考えているのはこの面倒臭い状況から脱出する手筈である。


色々考えたが、やはり悩みは原因そのものを断ち切るのが手っ取り早い。すなわち今後、男と女あるいは友達としての一切の交際を断つことがベストだと判断する。


――きっと、。目の前の本能のまま生きる野蛮な人達はと思うことにしよう。


ああ、悲しいことだね。


・・・というかそんなことよりも今は純粋に体調が悪くてトイレに駆け込みたい。そして思いきりお腹の中のものを吐き出したい。


お尻のポケットには二つ折りの財布、前のポケットにはスマートフォンが入っているのが分かる。小ぶりなサコッシュにはイヤホンと充電器が入っているが、これも僕のすぐ側にある。

ひとまず、持ってきた私物全てが無事にあることで、心の余裕が出てきた。


余裕が出てきたことで思う。

・・・・・あれ?こっちが気を遣う必要なくね?と。


善は急げ、好機逸すべからず、思い立ったが吉日。意味は微妙にズレているがそんな事はどうでも良い。


――早く家に帰ろう。

バッと立ち上がる。見事にビクッと僕から少し離れた位置で絡み合う2人がこちらを見て驚いたようだが僕には関係ない。


「キャッ! あ、ケイくんっ!これは違うの!」

「うわっ・・・そう、そうだぜ慶次!勘違いすんなよ!」


財布からお金を取り出して置いて行く。もう関わりたくないからね。

そして振り向くことはしない。

僕たちはもうだから。


充実度の高い時間を共に過ごしてきた2人は既にく、今や他人と成り果てた2人の弁解を聞く義理もない。


「待って!お願い!話を聞いてよ、ねえお願い!」


立ち去る僕を慌てて止めようとする。どこに巻き返せると思った自信があるのか?後学の為に少し聞いてみたい好奇心が芽生えたが捨て置く。


今までありがとう。そして、サヨナラ。

そんな言葉は心の中に留め置いて、何も言わずに去ろう――


・・・なんて格好をつけているが、立ち上がったことで一気に気持ち悪さが強くなって、それどころじゃない!


真面目に胃から何かが逆流しそうになった僕は、足早にこの部屋を出て、お店の出口に向かった。あー気持ち悪い。


帰ることを告げたお店の人も心配してくれる程、顔色が悪かった僕は、近くの公園の多目的トイレで胃の中のものをすべて吐き出そうと歩いていく。

流石に店を出て追いかけることはしなかったようで、の姿は見えない。


案外歩くと遠いななんて考えながら、ようやく辿り着いたお目当てのトイレ。

まさしく色々なモノを物理的に吐き出した僕は、スッキリとした状態で自宅まで歩いて帰るのであった。


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