劣化元素の救世主~最強の魔術王が世界を救うべく転生したら、一人だけ衰退前の魔法を使えるチートモードでお姉ちゃんと女子生徒に愛されすぎるハーレム王と化したのだが~
高橋弘
最強の魔術師、未来に転生する
世界が滅びるのは、もはや確定していた。
予言。占い。計算。それら全てが、同じ結論を導き出したのだ。
――千年後に現れる何者かによって、この世界は破壊される。
それは神をも上回る力を持ち、魔術王ゼノンは虫けらのように殺されるであろう。
ふざけた話だ。
魔術を極め、七つの帝国を攻め落とし、史上最強と恐れられるこの俺が、虫けらのように殺されるというのだから。
「……よほど強大な存在が来るようだな」
滅びの未来を防ぐためには、どうするべきか?
強くなるしかない。
その何者かを倒しうるほどの、圧倒的な強さを得る他ない。
だが俺は、既に五百歳を過ぎた老体。
これ以上の成長は望めず、ただ衰えるのみ。
ならば、転生だ。
若い肉体に生まれ変わり、二度目の生で己を鍛え直す。
そして今の俺を超える。
気が遠くなるような計画だが、致し方あるまい。
俺は長椅子に腰かけたまま、足元に魔法陣を描いた。
これは記憶を持ち越して生まれ変わることができる、高等魔術だ。
問題はどの時代の、どの種族に生まれ直すかだが……。
「来い」
指を鳴らし、使い魔の
ちっぽけな獣だが、これでも凄腕の予言者なのだ。
「どうされました、ゼノン様?」
「俺は転生することにした」
「そ、それはなぜ?」
「滅びの未来を回避するためだ。千年後に出現する破壊者は、俺が倒す。……力が要るのだ。神をも超える、究極の力が。その領域となると、生まれ変わる必要が出てくる」
蝙蝠は真っ黒な羽を広げ、「素晴らしいお考えです」と俺を称えた。
「ゆえにたずねる。俺は何に転生すれば強くなれるのだ。亜神か? エルフか? それともまた魔族か?」
百発百中の予言者は、牙を剥き出しにして叫ぶ。
「人間でございます! ゼノン様は977年後、人間の子供に生まれ直すことによって、まことの強さを身につけるでしょう!」
「なに?」
……人間?
どんなに長くとも百年少々しか生きられず、意思が弱く、脆弱な肉体しか持たない、あの人間だと?
「よもや、俺をはめようとしているのではなかろうな?」
「め、めっそうもございません。間違いないのです! ゼノン様が人間となれば、必ずや世界を救う大英雄となられることでしょう!」
「……わかった。信じるとしよう」
もう下がれ、と蝙蝠に命じる。
「……そうだ、忘れていた。お前は最後まで忠実な僕であったな。褒めてつかわす」
「身に余る光栄であります」
「褒美をやらねばな。俺がいなくなったあとは、この屋敷の主となるがよい」
「と、言いますと?」
「宝物庫の中身も、お前のものだ。長年の忠節には誠意で応えねばなるまい」
「そんな! これほどの富、私一代では使い切れません……!」
「よいのだ。俺がお前にくれてやりたいのだ」
「……ゼノン様……っ!」
蝙蝠は感極まった声を上げながら、部屋の中を旋回し始めた。
「さて。そろそろ行くとしようか」
椅子から立ち上がり、足を進める。
円陣の中に入った瞬間、光の粒子が俺を包み込んだ。
末端から肉体が消失していく。
俺は消える。
俺は俺ではなくなる。
「ゼノン様……貴方は最高の主でした。たとえ何があろうとも、私はこの屋敷を守り、貴方の伝承を子孫に語り聞かせます。必ずや……必ずや……!」
一々大げさな蝙蝠だな、と鼻で笑う。
人型の種族には全く懐かれなかったが、魔物には妙に好かれる生涯であった。
昔からそうだ。
魔族の中でも特に醜い種族だった俺は、地獄のような幼少期を過ごした。
緑色の肌と曲がりくねった角を持つ俺は、迫害の対象でしかなかったのだ。
物心ついた時にはもう、石を投げられる毎日だった。
生きるために戦った。
飢えたくないから奪った。
殺されたくないから殺した。
全ての戦いに勝った。
気が付けば魔術王と呼ばれていた。
けれど、誰も俺を受け入れようとはしなかった。
もっと強くなれば、人々は俺を崇拝するのだろうか。
世界を救えば、俺は皆に認められるのだろうか。
それが魔術王ゼノンとしての、最後の思考だった。
* * *
次に目を覚ますと、俺は産湯に浸かって泣き喚く赤ん坊になっていた。
老婆の声が聴こえるので、産婆に洗われている真っ最中といったところか。
「おぎゃ……(さて……)」
まずは翻訳魔法を使い、この時代の言語を完全に理解できるようにする。
続いて視力強化の魔法を用い、ぼやけた視界を鮮明なものとする。
造作もない。この程度ならば無詠唱で行える。
「まあ、貴方もう目が開いてるの?」
声のした方へと、顔を向ける。
ベッドの上で横たわる、若い女と目が合った。
人間の女だ。
ぐったりとしているのは、出産直後なせいであろう。
なるほど、これが俺の母親か。
(成功だ)
狙い通り、人間の赤子に転生できたわけだ。
ここまでは順調……。
が、お湯で体を洗われるというのは、まだるっこしくてかなわない。
(何をやっているのだ、この産婆は)
なぜわざわざ非効率的な手段を使うのだ? 魔法で洗えばよいものを。
奇妙に思いながらも、俺は目の前の空間に意識を集中させた。
空気中を漂う赤色のマナが、ぼんやりと見える。
……ここまで転生が上手くいくとは!
俺は今度も最強と名高い、火属性の魔力を持って生まれてきたようだ。
どの色のマナが見えるのかによって、属性は決まる。
そして魔力の属性は、生涯変えることができない。
光や闇といった弱小属性に生まれていたら、その場で自殺していたところだ。
「おぎゃあ!(
俺は赤ちゃん特有のオギャ声詠唱を行い、肉体の汚れを燃やし尽くした。
温度を持たない浄化の炎は、不純物だけを灰にできる。周囲を一切傷つけることなく、だ。
全身に付着した血液や羊水は、一瞬で蒸発したことだろう。
「ひいっ!? な、なんだい今のは!?」
産婆は素っ頓狂な声を上げ、尻もちをついた。
俺を取り落とさなかったのは褒めてやるところだが……何をそんなに驚いている?
そういうリアクション芸で仕事を増やしてるのか?
それは今時の産婆には必須の技能なのか?
首を傾げて思案する。
……まだ座っていない首を傾げたせいで、変な角度に曲がったのはご愛嬌だ。
俺は頭を元の位置に直すと、浮遊魔法を唱えた。
「ほぎゃあ!(
ボボボボ、と小さな炎を背中から噴射し、母親の寝るベッドへと飛んでいく。
「あ……赤ちゃんが……飛んだ……!?」
「……天使みたいな子だとは思ったけど、本当に飛べるだなんて……そのうち羽でも生えてくるのかしら……」
ポスン、と母親の胸に着地し、まぶたを閉じる。
いくら魔族の転生体といえど、肉体のスペックは赤ん坊。すぐにウトウトしてしまうようだ。
「今のって、魔法なんですかねぇ。……あたしも長いこと産婆やってますが、こんな子は初めてですよ」
「……天才よ。この子はきっと、魔法の才能があるんだわ。……神様ありがとうございます。大事に育てます……」
俺は乳房を枕にし、フン、と息を吐いた。
くだらん。人間の親というのは、どいつもこいつもこうなのか?
赤子が飛んだくらいで、騒ぎすぎであろうが。
「この子の名前は、『熱噴射飛び太郎』にしようかしら。出生直後のエピソードをそのまま反映した、最高のネーミングだと思うの」
「おぎゃあ!? おぎゃあおぎゃあ! ほぎゃあほぎゃあ!」
「あら、嫌なの? うーん。じゃあ、エイデンはどう? 意味は『小さな炎』よ」
「……バブ(異存はない)」
「あ、泣き止んだ。気に入ったのね?」
まさかもう言葉を理解してるのでしょうか、と産婆が感嘆の声を上げる。
「エイデンは賢いのね。……貴方は絶対、強い子に育つはずよ。男の子なんだし、お姉ちゃんを守ってあげてね」
む、俺には姉がいるのか?
……面倒なことにならなければいいのだが。
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