それぞれの学院生活

「――ということがあったんだが、姉さんはどう思う?」


 放課後。

 俺は寮に戻り、昼休みの出来事をフィオナに話してみた。

 互いのベッドに座り、三十分近い長話である。

 フィオナは真剣な様子で聞き入っていたので、この件に強い関心を抱いているのは確かだ。


「……それでその、女子から届いたお手紙っていうのはどうするつもりなの? するの? 文通」

「そこに食いつくのか?」


 両手でシーツを握りしめ、唇を噛む我が姉。やはり人間はよくわからない。


「……エイデンが彼女作ったら、やだ……。そんなことになったら、お姉ちゃん生きてけない……」

「なぜそうなる?」


 俺は色恋などどうでもいい。それどころではないからだ。

 頭の中は常に、滅びの予言に立ち向かうことのみで占められている。

 ゆえに自らが強くなることか、将来戦力になりそうな人材の確保にしか興味がない。


 この学校で素質がある女子生徒は……フィオナくらいのものだろう。

 

「俺は姉さん以外の女には興味がない」


 だから俺は、正直な気持ちを打ち明けた。

 途端にフィオナは明るい表情となり、


「うん! お姉ちゃんもエイデン以外の男の子なんて興味ないよ! 絶対彼氏なんか作らないから!」


 と両手を合わせて喜んでいた。

 なにやら噛み合っていないというか、取り返しのつかない底なし沼を踏んでしまった感があるが、気を取り直して本題に戻る。


「俺は殺す気で蹴り飛ばした。なのにあの金髪男は死んでいない。なぜだ?」

「無意識のうちに手加減しちゃったからじゃないかなぁ」

「ふむ」


 顎に手を当て、考える。

 あの程度の人間を仕留めたところで、名誉でもなんでもない。

 優秀な戦士の首級ならともかく、未熟な人間を殺ったところで経歴に傷がつくだけだ。


 俺はそれを無自覚に感じ取っていたのかもしれない。


「なるほど」

「そういうことができるんだから、やっぱりエイデンは優しい子なんだよ」


 お姉ちゃん知ってるんだから、とフィオナは目を細めて笑う。


「でもよかった。エイデンのクラスメイトはいい人が多そうだね。喧嘩のあと庇ってくれたんでしょ?」

「眼鏡だけは鬱陶しいがな。四時間目は中退すると喚くあいつを、クラス一同で引き留めるイベントが発生したのだぞ」

「あはは。凄い青春してるね!」


 けらけらと腹を抱えて笑い転げるフィオナに、「そちらはどうなのだ?」とたずねる。


「私のクラス? んー……まあまあかな」


 あまり馴染んでないのかもしれない。なんとなく、そんな気配があった。

 周りの一年生より二つ年上なのもあって、話が合わないのかもしれない。


「私の他にも田舎から入学してきた子がいるから、その子達とは上手くやれそうかな。あ、全員女子だから安心してね?」

「別に男子とつるんでようが、妙な勘繰りはせん」

「ほんとかなー? ……でね、一人ツインテールの子がいるんだけど、タイを結んであげたらお姉様って呼ばれるようになっちゃって、下駄箱に変な手紙入れてきたんだよね。……ちょっと扱いに困ってるかな」

「悪質であるな。あまり酷いようなら焼いてやろうか」

「もう。相手は女の子なんだよ? 乱暴な真似は駄目だってば」

「その手紙とやらは、どんな内容が書かれていたのだ」

「……エイデンには言えないようなこと」


 そうやってとりとめのないことを話しているうちに、いつの間にか日が傾き始めていた。

 窓の外に視線を向けると、すっかり空がオレンジ色に染まっている。

 

「お腹空いた?」

「……まあな」


 俺が時刻を確認するのは、大体が空腹のサインだ。

 フィオナはくすりと笑い、「私がご飯作るのと食堂に行くのだと、どっちがいい?」と聞いてきた。

 こんな時、どっちの答えを選べばいいのかは長年の経験から知っている。


「姉さんの飯が食いたい」

「だよね!」


 フィオナはいそいそと立ち上がり、後ろ髪を一本に縛り始めた。調理前に行う、お決まりの動作だ。

 真っ白なうなじが露出し、柔らかそうな後れ毛が見える。

 こういった仕草を見ていると、フィオナも女なのだな……という妙な感慨が湧いてくるから不思議だ。

 

 俺はベッドに腰かけたまま、キッチンに向かうフィオナに声をかける。

 

「で、姉さんに妙な手紙を送ってきた女子の名はなんというのだ?」

「……変なことしちゃ駄目だよ。悪気があったわけじゃないんだろうから」

「しかし姉さんは現に困っている。迷惑なのだろう?」

「私は大丈夫だから」


 エプロンをかけながら、フィオナは微笑む。


「女の子同士は色々あるの。エイデンは強いし優しいし完璧だし格好いいし味も美味しいけど、人間関係ってスペックの高さじゃ解決できないところがあるから」

「味とはなんだ?」

「今日はシチューにするねっ」

「待て姉さん、俺が寝ている時に妙な真似をしているのではなかろうな? 昨夜は首筋にひやりとした感触があったが……」

「牛肉と豚肉、どっちがいい?」

「話を逸らしておるな?」


 フィオナは鼻歌を歌いながら鍋を引っ張り出し、火にかけている。

 一見すると上機嫌で料理しているようだが、さすがに十六年も弟をやっている俺にはわかる。

 フィオナの顔色が、やけに青白いのだ。


 体調が悪いのか、はたまた精神的なものなのか。

 何かを隠している。その核心は俺の中でむくむくと膨らみつつあった。


 滅びの予言対策も兼ねて、フィオナの問題を片付ける必要があるようだ。

 なんせこの姉は、貴重な戦力なのだからな。

 あくまで強さ目当てなんであって、勘違いするなよ? というやつだ。

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