劣化元素の扱い

 魔法には、全部で九つの属性がある。

 これを九大元素と呼ぶ。

 どの属性の魔力で生まれてくるかは選ぶことができず、後天的に変えることもできない。


 自分が何属性なのかは、空気中を漂うマナで判別するのが一般的とされる。

 赤色のマナが見えるなら火属性、青色のマナが見えるなら水属性というように。


 九属性にはそれぞれ得意分野があり、戦いにおいては「火」が最強とされていた。

 戦闘中の攻撃、防御、回復を単体でこなすことができるからだ。


 そう、回復にすら長けているのである。


 火属性は極めれば極めるほど、治療や再生といった方向に能力が伸びていく。

 最強の破壊者でありながら、最良の癒し手となりうるのだ。


『なぜなら火は、延命の属性だから。どんどん冷えてバラバラになっていく宇宙を延命させられるのは、火属性に他ならないのだから』


 ……これが誰の言葉だったかはもう思い出せないが、とにかく前世の時代では火属性が圧倒的な地位を誇っていたのだ。

 

 ところが現代の学校では、まるで逆の扱いを受けているらしい。

 生徒達に聞いてみたところ、火属性のポジションは「火力馬鹿」で定着しているようだ。


 ――火属性の扱い? うーん……正直に言っていいの?

 ――入学当初は他属性に攻撃力で勝ってるけど、段々足手まといになってくよね。

 ――光とか闇とかに火力で追いつかれて、しかもこの二つと違って回復も補助も苦手で。

 ――気が付いたら雑魚散らし専門の、しょぼい範囲火力アタッカーになってる感じ。

 ――やれることが光と被ってるせいで、かませ扱いっていうか。


 そのため学院内でつけられたあだ名が、劣化元素。

 ……なんと嘆かわしいことか。

 確かに火属性は中級レベルに到達すると、火力一辺倒な状態で停滞するかもしれない。

 だがそこを乗り越えてしまえば無限の万能性を得られる、大器晩成型だというのに。


 きっとこの時代は魔法の技術が後退しすぎて、その次元まで強くなる者がいないのであろう。

 おかげで中級レベルでも結果を出せる、早熟型の属性が持てはやされているのだ。

 ……光や闇のような。


「多分、学校の人達が間違ってるんだよね? だってエイデンって、昔から何でもできるもの」


 フィオナは戸惑ったような顔をしながら、廊下を歩く。


 俺とフィオナは入学手きを済ませ、学生寮の中に来ていた。

 目指すは南東にあるとされる二人部屋、二〇五号室。

 目を覚ましたルークの手配により、特待生用の部屋が用意されたのである。

 制服も既にそこに届けてあるとのことだが、俺達の関心はもっぱら火属性の扱いに向けられていた。


「大丈夫。お姉ちゃんが皆にエイデンの凄さを教えてあげるから」


 任せなさい、と胸を叩く過保護な姉であったが、要らぬ世話だと言っておくべきだろう。

 

「なに、実力でわからせてやればいいだけのことだ」


 そのうち嫌でも思い知る――

 と言いかけたところで、ぴたりとフィオナの足が止まった。


「どうした」


 つられて俺も動きを止め、フィオナの横顔を覗き込む。


「……あそこが私達の部屋なんだけど……」


 あれ、と指差す先を視線で追ってみる。

 すると二〇五号室の前に、一人の少女が立っていた。


 小柄な少女である。

 歳は……十三か十四ほどに見えるが、亜人も通う学校で外見年齢は意味をなさないだろう。

 髪の色はシルバーブロンドで、肩の長さで切り揃えられている。

 肌は透き通るように白く、瞳は鮮血の如き真紅。

 顔の造りは恐ろしいまでに整っており、綺麗というより可憐と表現するのがしっくりくる。


 フィオナとはまた違う方向の造形美を持った、人形のような少女だ。

 あるいは少女になり損ねた人形と言うべきか? あまりにも完璧に配置されたパーツは、どこか人間離れしていた。

 肩が大きく露出した漆黒のドレス――それもゴシック調のものを着ているのもあって、余計に人形じみて見えるのかもしれない。

 

「……」


 銀髪の少女は、コツコツと足音を立ててこちらに歩み寄ってくる。

 すれ違いざま、少女はか細い声で囁いた。


「……また、よろしく……」


 独り言のように言って、俺の横を通り過ぎていく。

 俺とフィオナは、首だけで少女を追い続けた。

 小さな背中は見る見る俺達から遠ざかっていき、渡り廊下の向こうへと消えていった。

 

「……何? 今の」

「さあな。俺にもわからん」

「エイデンってここに来るの初めてだよね?」

「ああ」

「でもあの子、『また』よろしくって言ってた」

「……」


 なぜであろうな、疑いの目を向けられているような気がするのは。


「言っておくが心当りなどない。あの娘、魔法を使いすぎて頭がやられているのではないか」

「……そうだよね。エイデンは格好いいから、知らないうちに可愛いファンができててもおかしくないもんね」


 話が噛み合ってないな? と思いながらドアノブをひねる。

 が、開かない。

 そういえばルークのやつ、鍵をよこさなかったな。


「魔法鍵か。『エイデン・フォーリー』」


 声に反応し、内側から鍵が開く。

 魔法学校なだけあって、物理的な施錠ではなく魔法で戸締りをしているようだ。

 こういったものは入居者が扉に触れながら名乗ることで、鍵が外れる仕組みになっている。


「さて」


 次は魔力測定とクラス分けだ。ぼやぼやしている暇はない。

 俺は先に室内に上がり込むと、一目散にクローゼットへ向かった。


「……お姉ちゃん、ファンの子達には負けないから」


 遅れて入ってきたフィオナは、やけに丁寧な手つきで俺の着替えを手伝ってきた。

 まるで甲斐甲斐しく夫の世話を焼く、新妻のような指使いだった。

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