最強の新入生

 救世主学院は、村からかなり離れた位置にあった。

 徒歩で向かえば数日の距離だったが、そんなもの俺には関係ない。


 飛べばいいのだからな。


 俺はフィオナを抱きかかえ、晴天の空をかれこれ二時間ほど飛び続けていた。

 時刻はそろそろ、朝から昼になろうとしている。


「かなり速度を出してるが、大丈夫か?」

「……平気」


 どういうわけかフィオナは、俺に持ち上げられてからめっきり口数が減っていた。

「この持ち方って、お姫様抱――」と言いかけてから、急にしおらしくなってしまったのだ。


 魔法で呼吸器系を強化してあるから、高度のせいで息苦しいというのはありえない。

 となると……飛行中の振動で酔ったのだろうか? 少し速度を落とすか?

 そんなことを考えているうちに、学院らしき建物が見えてきた。


「あれだな」


 眼下に広がる、巨大な校舎と広大な庭園。

 柵に覆われた一帯が全て敷地なのだと考えると、ちょっとした村くらいの規模がある。

 遠目には学校というより、ある種のダンジョンのように見えなくもない。


 今まさに教室の一角から火の手が上がってるしな。


 それを指差して教師らしき人物がケラケラ笑っているあたり、ただ事ではない。

 確実に勉強するだけの機関ではない感を醸し出しているが――こうでなければな。

 どうせここはもうじき、俺の領地となるのだ。


 俺がゼノンの生まれ変わりであると認めさせれば、教員も生徒も従順となり、我が配下となるはず。

 いずれ部下となる人材なら、多少やんちゃな方がが使い道があるというものだ。

 どれ、さっさと顔見せしてやるか。


「降りる。捕まってろ」

「待って! スカートの中が下の人に見え――」


 俺は炎の噴射量を調整し、ゆっくりと校門の前に降下する。

 なにやらフィオナが抗議する声が聞こえるが、風を切る音でよく聞き取れなかった。


「着いたぞ」


 小さく靴音を立てて、俺は着地する。


 付近を歩く少年少女の視線が、一斉にこちらに集まった。 

 種族は様々で、エルフやドワーフらしき者までいる。

 おそらくこの学校の生徒なのだろうが……どうしてそんなに俺を凝視するのか。

 これだけ他種族な環境にいるのならば、人間族の少年など見慣れているだろうに。


「え、今のって飛行魔法? まさか新入生がいきなり飛んで来たのか? あれって卒業生でも一握りしか使えない魔法じゃないっけ」

「飛んでやって来る新入生がいるわけないだろ……ありゃ多分、お礼参りに来た卒業生だよ」

「だ、だよな。やたら綺麗な姉ちゃんを抱いてるし、きっと男女関係のもつれで教師をブン殴りに来た卒業生だよな。あれで一年生だったら、俺学校辞めて実家の農業継ぐわ」


 全員が統一された服装をしているようだが、これは学校指定の制服なのであろうか?

 男子は下がズボンで、女子は膝丈のスカート。白を基調とした、飾りボタンの多いデザインだ。

 フィオナはともかく俺に白は似合わんぞなどと考えていると、


「そこの君!」


 雷を落とすような怒声があたりに響いた。

 周囲の生徒達が、一斉に静まり返る。


「何を考えてる!? 授業外での飛行は禁止されているはずだろう!?」


 人ごみをかき分けてやってきたのは、長身の少年だった。

 金髪碧眼で、端正な顔立ちをしている。美男子と言っていいだろう。

 少年は俺の前で足を止めると、「困るんだよね」とため息をついた。


「在校生に力を見せつけて楽しいかい? 卒業生が一体なんの用かな」


 俺は懐から封筒を取り出し、少年の前にかざす。蝙蝠から受け取ったあの入学案内だ。


「俺は卒業生ではない。今日入学しに来た新入生だ」

「……なんだって?」


 金髪の少年は驚愕の顔で案内書を見つめ、「信じられない」と後ずさりした。


「……馬鹿な……」


 じゃあ君は本当に……と少年が口をつぐんだところで、フィオナが俺の腕から降りた。

 自らの足で立った姉は、「すみません」と穏やかな声で言う。


「ごめんなさい。私達は田舎から来たばかりで、何もここのルールがわからないんです」

「いや、僕も別に……わざとやったわけじゃないなら……」


 金髪碧眼の少年は、かあっと頬を赤らめていた。フィオナに話しかけられた男は、大体似たような反応をする。


「だってエイデン。許してくれるみたいだよ」

 

 フィオナは免疫のない男なら一発で惚れてしまいそうな笑顔を浮かべながら、俺と腕を組んだ。

 瞬間、金髪の少年が再び声を発した。


「待ちたまえ。……君、名前は?」


 フィオナはきょとんとした顔で、「フィオナ・フォーリー」と答える。


「フィオナ君というのか。その名は君によく似合っている」

「……はあ」

「僕はルーク。ルーク・ハワードと言えばわかるよね?」

「ごめんなさい、今初めて聞きました」

「……まあいい。君は地方の生まれらしいからね、ハワード家の威光が届かない地域もある。僕はこの救世主学院の二年生で、風紀委員を務めている者だ。――君、風紀委員に入りなよ。僕が推薦する」


 い、一年を直接勧誘!? と周りの生徒がざわついた。

 よくわからないが、それは名誉なことなのだろうか?


「……風紀委員に入ると、私にどんなメリットがあるんですか」

「委員会室で、僕と毎日デートができるね」


 いやー! ルーク様が知らない女を口説いてるー! と悲鳴が上がった。しかも叫んでいるのは、一人や二人ではない。

 どうやらこの金髪少年、女子生徒にはそれなりに人気があるようだ。


「お断りします。行こ、エイデン」

「待ちたまえ!」


 立ち去ろうとするフィオナの肩を、ルークは無遠慮に掴んだ。

「痛っ」とフィオナが眉をしかめる。


 ……お前、俺の側近候補に何をしている?


 俺はルークの手首を握り、力づくでフィオナから引きはがした。


「離れろ」


 ルークは凄まじい目つきで俺を睨みつける。


「……そういえば君とフィオナ君の関係性を聞いてなかったな。やっぱりあれかい? 飛行魔法で憧れの女の子に取り入って、馬車の代わりをやってる片思い少年だったりするのかな?」

「弟だ」

「……なんだって?」

「俺はフィオナの弟だ」


 瞬間、露骨に安堵するような顔をしたのはルークだけではなかった。

 フィオナはいきなり複数の男子に目をつけられてしまったようだ。


「弟さんか。なら君の方からもお姉さんに言ってやってくれないか、風紀委員に入るようにって。そうすれば君の無断飛行の件も、不問にしてあげ」

「黙れ」

「僕の聞き間違いかな」

「お前は目障りだ。失せろ」


 ルークは俺の手を払いのけると、酷薄な笑みを浮かべた。


「君……エイデンといったかな?」

「ああ」

「右も左もわからない新入生に、我が校の気風を教えてあげよう。……その一、風紀委員の権力は絶対である。その二、本校は実力主義であり、生徒同士の決闘は大いに推奨されている。その三、たとえ生徒同士のいさかいで負傷者が出たとしても、それもやむなしとされている」


 ルークは後ろ歩きで後退し、俺と距離を取る。

 何をするかと思えば、眉間に青筋を立てて俺を指差してきた。


「エイデン・フォーリー! 君が本校にふさわしいかどうか、僕が直々に審査してあげようじゃないか!」


 おいあの新入生死ぬぞ、とざわつく声が聞こえる。ルークは実戦なら会長以上なんだぞ、とも。


 ほう?

 そんなにこの金髪少年はやり手なのか? 

 ちょうどいい、腕試しにはもってこいの相手ではないか。

 俺もそろそろ、この体で実戦をしてみたかったところゆえな。


「決闘だエイデン。僕が勝ったらフィオナ君は風紀委員に入ってもらおう」

「俺が勝ったら何をしてくれるんだ?」

「……もしそんな奇跡が起きたなら、君には最高の学生寮を提供してあげようじゃないか。ありえないだろうけどね」

「それはいいな。まさか小僧一人躾けるだけで、良物件にありつけるとは」

「本当に礼儀知らずな下級生だよ、君は……」


 危ないから離れてろ、フィオナに声をかける。

 心配性の姉は、「大丈夫?」と何度も繰り返しながら後方に下がった。

 見れば他の生徒達も俺達から離れ、遠巻きに取り囲むようにして見物している。


「ルールを決めよう。相手を死に至らしめてはいけない。相手が戦意を喪失するまで続ける。これでいいかい?」


 なんだ、命のやり取りではないのか。拍子抜けである。

 人間はやたらと同種間の殺し合いにうるさい。これもこいつらの弱点だ。


「異論はない」

「……それじゃ始めようか」


 ルークは硬貨を親指に乗せ、ぎらついた笑みを浮かべる。


「このコインが地面に落ちたら、開始といこう」

「好きにせよ」


 全く。それではお前が有利ではないか。決闘する二人のうち、片方が開戦のタイミングを決めるとはな。

 どこまでも小さい男だ――

 俺がため息をついた瞬間、ルークの親指が跳ねた。


 一同が見守る中、金色の硬貨は静かに落下する。

 数舜遅れて鳴り響く、チリンという音。

 戦いの火蓋にはそぐわない小さな音色が、穏やかに開戦を告げた。


「ふん」


 俺とルークは、同時に右手を掲げる。

 俺が選んだ初手は、超級煉獄炎メギラオン――


「はははっ! 電撃スパークッ!」


 対するルークは、光属性の下位魔法を得意満面で放った。


 ……は?

 スパーク?

 スパークだと?


 これは前世の時代では、幼児向けの入門魔法だったものではないか!

 孫がおじいちゃんの肩に電気を流して、凝りをほぐしてあげるのに最適な呪文、という極めて牧歌的なポジションだったと記憶している。

 

 ……この程度の使い手が実力者として扱われる学校なのか?

 期待外れも甚だしい。これではまともに攻撃魔法を撃つ気などせぬ。


 くだらん、別の俺に任せよう。


 俺は超級煉獄炎メギラオンの詠唱をキャンセルし、範囲加熱呪文を唱えた。

 それが済むと、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。

 半円を描く軌道で、悠然とルークの背後に回り込む。


「足がすくんだのかな!? ははははっ!」


 ルークは電撃を撃ち続けていた。

 誰もいない空間に向かって、己の勝利を確信しながら。


「どうしたエイデン! ほらほら、反撃してごらんよ! 動けないのかい!?」

「もう動いてるがな。そっちの俺、、、、と遊ぶのはそんなに楽しいか?」

「――え?」


 どうして後ろに? と凍り付いた顔で振り返ったルークに、手刀をお見舞いする。

 狙うは延髄。

 炎人イフリートの加護で筋力を強化し、人体の限界を超えた速度で叩きこむ。


「……がはっ……?」


 仰向けに倒れ込んだルークは、白目を剥いて失神していた。


「……これではこの学校のレベルが思いやられるな」


 さっさと入学手続きを済ませるか、と踵を返す。

 途端、一部始終を見ていた生徒達がどっと歓声を上げた。


「すげえ!? なんだ今の!? エイデンつったか!? 期待のルーキー登場だ、今からチェックしとけ! 争奪戦始まるぞこりゃ!」

「俺学校辞めるわ。家業継いで農家なるよ。あれが才能の違いってやつなんだよ……俺にはもう小麦作りしかねえんだよ……」

「よく見たらあの子、顔も格好よくない? 彼女いるのかなー!? ねえねえエイデン君、汗かいてるなら私のハンカチ使わない? え? ルーク・ハワードからマリア君へってサインが書いてある? 気にしないで! どうせ捨てるつもりだったし!」


 猛烈な勢いで生徒集団がやってきて、もみくちゃにされる。

 なにやら決闘直前までルークに黄色い声援を送ってた女子も混じってるようだが、いいのかそれは?


「なあエイデン、さっきのは何をしたんだ? ルークのやつ、なんだか見当違いの方向に攻撃してたようだが」

「……空気を加熱して、光の屈折率を弄っただけだ」

「ど、どういうことだ?」

「蜃気楼を作った。あいつの目には、棒立ちする俺の幻が見えていたはずだ。角度的に見えなかった者もいたのだろう」

「蜃気楼を……作る? そんな魔法聞いたこともねえぞ。……一年がここまでやっちまうのか、はは……。こう格の違いを見せつけられちゃうとな。俺も実家に帰ってカボチャ農家やろうかな」


 少し離れたところから、「農業はいいぞ! 一緒に中退しようぜ!」と開き直ったような叫びが聞こえた。

 この学校は色々大丈夫なのかと少し心配になる。


「ねえエイデン君、君の属性ってなんなの?」


 ルークのサイン入りハンカチを放り捨てながら、一人の女子生徒がたずねてきた。

 興味津々、といった顔に見える。


「ずっと気になってたんだよね。空を飛ぶなら風属性だし、幻を見せるなら光か闇なはず。でも手刀の威力を見る限り、土属性っぽくもあるよね。一体何属性なの?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、奇妙な感覚を覚える。

 この女子生徒は何が疑問なのだ?

 飛行も幻術も身体強化も全てこなせる属性なら、たった一つしかないではないか。


「火だ」


 え? と制服の集団が固まる。

 まるで俺の放った言葉が、矛盾に満ちているとでも言いたげに。


「ごめん、今なんて? もう一回教えて?」

「火属性だ。俺は赤色のマナが見える」


 一同が顔を見合わせる。


「お前……嘘だろ? だって火属性ってのは……」


 さきほどカボチャ農家に興味を示していた男子が、意を決したような顔で言った。


「火属性ってのは、最弱属性のはずだろ? 何をやらせても光属性の劣化で――通称、劣化元素の」


 こやつは何を言っているのだ?

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