許されざる招待状

 それからさらに、十二年の月日が流れた。

 俺は十六歳になり、フィオナは十八歳となった。


 体の成長は、自分でも目を見張るほど上手くいっている。

 同年代の少年より一回り大きく、身体能力も高い。

 魔力に至っては爆発的なペースで伸び続け、前世の俺を追い越すのは時間の問題だと思われた。


 フィオナもまた、あらゆる箇所がすくすくと育っていた。

 あの甘ったれた幼女が、今では高い身長と女らしい曲線の持ち主だ。

 顔立ちもすっかり大人びて、左目の下にはいつの間にかホクロができていた。

 艶のある赤髪は腰のあたりまで伸ばされ、「いい意味で匂いテロ」と称される香りをまとっている。


 村一番の美人と名高い、十八の乙女。それが今のフィオナだ。

 前世も含めてフィオナより美しい女を見たことがないので、もしかしたら史上一番の美人かもしれない。


 これで人懐こく面倒見のいい性格をしているとくれば、人気が出るのは当然であろう。

 連日のように男達から交際を申し込まれているそうだが、


「エイデンみたいな男の子がいたら、付き合ってあげてもいいんだけどね」


 と全て断っているらしい。


 ちなみに、風呂はまだ一緒に入っている。

 フィオナ曰く「お湯が怖いの。ほんとほんと。産湯で溺死しかけたらしくて、今でもトラウマで。だから一緒に入ってね?」だそうだ。

 フィオナを取り上げた産婆に事実確認をしてみたところ、「あたしの仕事は完璧です。そんなヘマはしたことありません。訴えます」とのこと。

 

「ね、エイデン。お姉ちゃん、最近女っぽくなったと思わない?」


 四つん這いでにじり寄ってくるフィオナに、俺は「ああ」と返事をする。

 そのまま床に座り込み、本を読む作業に戻った。


 もはや恒例となっている、朝の団らん風景だった。


 なにせ予言の年まで、あと七年しかないのだ。一秒たりとも無駄にはできない。

 だから俺は、暇さえあれば家に籠って書物を読み漁っていた。

 魔術を学び、それが終われば庭で体を鍛える毎日だ。


 なぜか露出度の高い服で俺の部屋にやってくる姉なんぞに、構っている暇はないのである。

 ……どうしてフィオナはこう、家の外より中にいる時の方が薄着なのか。

 今日の服装は、体のラインがぴっちりと浮き出たノースリーブの縦セーターに、膝丈のスカート。

 もう秋だというのに、一体何を考えているのやら。

 

「また難しい本読んでるの?」

「そうか? 初級クラスの本だと思うが」

「……それ、マスタークラスって書いてあるけど」


 この時代の魔道書は、総じてレベルが低い。

 俺の感覚からすると入門編としか思えない内容が、上級者向けとして扱われているのだ。


「エイデンって、誰に教わったわけでもないのに物知りだよね。……なんで?」


 フィオナは横から俺に抱きつき、腕を首に絡ませてきた。

 ぬ。また乳房が大きくなったようだな、この娘。


「俺は転生者だからな」

「あー。またエイデンの『俺は転生者だからな』が始まった。お姉ちゃん知ってるよ。それ、十四歳の時が一番酷くなる症状なんだよね? 大人になったら寝る前に思い出して、足をバタバタさせるやつって聞いたよ」


 くすくすと笑いながら、フィオナは俺の髪を指で弄ぶ。

 フィオナは俺が転生した元魔族だということを、信じようとしない。両親だってそうだ。


 俺の家族が特別愚かなわけではない。

 村全体がこうなのだ。

 転生者はもはや迷信扱いであり、それを自称する人間は思春期の奇行として生暖かい目で見られてしまう。

 

 知識が失われるというのは、空しいものだ。

 俺は衰退した様々な技術に思いを馳せ、窓の外に目を向けた。

 その時だった。


「――ん?」


 視界の端を、黒い影がよぎった。

 それはキチキチと鳴き声を上げながら、部屋の中へと侵入してくる。

 

 蝙蝠だ。


 まだ明るい時間だというのに珍しい。

 しかも口に封筒を咥えているとくれば、非日常極まりない光景だろう。


「……なにこれ。伝書鳩じゃなくて、伝書蝙蝠?」


 フィオナは不思議そうな顔で封筒を受け取った。

 蝙蝠はそれで仕事が済んだのか、音もなく飛び去って行く。

 

救世主学院セーバースクール、って書いてある」

「ふむ」


 蝙蝠からの手紙。

 救世主という文字。

 ひょっとするとこれは、前世からの因縁かもしれない。

 

「送り主に心当りある?」

「なくはない。悪い姉さん、中身を読み上げてくれないか」

「……! エイデンがお姉ちゃんを頼った……! エイデンがお姉ちゃんを頼った!」


 姉というのは、実に奇妙な生き物である。

 何か用事を言いつけると、目を輝かせて喜ぶ。

 弟の世話をするのが楽しくて仕方ないらしい。


「じゃあ読むね。えっと……」


 フィオナは弾んだ声で音読を始める。



『はじめまして、フィオナ・フォーリー君。

 あとついでにエイデン・フォーリー君も。

 この手紙は入学案内書と推薦状の役割を果たすので、絶対に失くさないようにしてください。

 さて。きっと何事かと思っているでしょうから、順を追って説明しますね。


 私はあの魔術王ゼノン様に仕えた、由緒正しき予言蝙蝠の末裔です。

 この学校の校長を務めています。


 ご先祖様が残した予言によると、もうすぐこの世界は滅びてしまうそうです。

 全てを破壊する、恐ろしい存在が現れると伝わっています。

 ゼノン様はその正体不明の脅威を倒すため、より強い姿に変わると決めたそうです。

 なんでも転……なんとかという魔法を使ったらしいのですが。

 私どもとしては、いつの日か帰ってくるゼノン様を見つけ出し、全力で支援したいと考えています。


 が、ここで一つ問題があります。

 ゼノン様が今どんな姿をしているのか、さっぱりわからないのです。

 しかも我々予言蝙蝠は、混血のしすぎで何百年も前に予知能力を失ってしまいました。

 もう予知で探し出すこともできません。


 こうなると頼みの綱は、言い伝えということになるのですが。

 転……なんとかで姿を変えると言われましてもね。

 ご先祖様は訛りの激しかったお方らしく、正しい発音が伝承として残ってないのですよ。


 転がつく単語で、姿を変えるという意味を持つとなると……。

 転……転換。


 性転換?


 ……ゼノン様はとても硬派な魔族だったと伝わっていますが、もしかしたら綺麗な女の子になりたい願望があったかもしれないし、そのへんはそっとしておこうと思っています。

 まあ……あんなに強くて権力もあったのに、五百年の生涯を独身として過ごしたわけですからね。

 あ、そういうことなのかな、と。

 ゼノン様の心の性別は女性で、本当は彼氏が欲しかった。今ではそれが定説になっております。


 現在のゼノン様は、魔法が得意な美少女に姿を変えている。これはまず間違いないでしょう。

 おかげで我々は、もう何十年も前から可愛くて才能のある少女をスカウトし続けています。

 

 女の子を手元にかき集めても、犯罪にならない手段とは何か?

 そう、それで学校経営というわけなのです。


 私は自分で学校を運営し、大陸中から集めた美少女魔法使いに英才教育を施しています。

 もしゼノン様本人が混じってたら万々歳ですし、ハズレだとしても優秀な戦士を育てるのは社会貢献になります。

 一石二鳥でしょう?


 以上の理由から、救世主学院セーバースクールはフィオナ・フォーリー君の入学を歓迎致します。

 入学のご意思があるようでしたら、同封の地図を読んで一カ月以内にお越しください。

 ていうかゼノン様本人ならぜひ名乗り出てください。


 あ、書き忘れてたので追記。

 男子なので多分ゼノン様ではないと思うのですが、エイデン君からもはんぱない魔力を感じるので、推薦枠を用意しておきました。

 うちの学校は女子の護衛用に男子もそれなりに通わせてるので、男女比についてはご心配なく。

 興味があるならお姉さんの荷物持ちでもしながら、顔を見せに来てください』



 手紙を読み終えると、フィオナは大変なことに気付いてしまった、と言いたげな顔で口元を抑えた。


「ゼノン……えっ? これっていつも、エイデンが前世設定でキャラ作りしてる時に出てくる名前……?」


 俺の方はというと、怒りと呆れで身動きが取れないという初めての経験をしていた。


「……俺に女体化願望などない。断じてない。これは直接顔を出して文句を言わねばなるまいな。ついでにこの無礼な学園を支配して、予言回避のための前線基地にしてやろうか……」

「もしかしてエイデンって、本当に転生者なの?」


 俺とフィオナは、全く違う理由から両親の元へと走った。

 玄関を飛び出し、畑で農作業をする背中に声をかける。

 屋外家族会議の始まりであった。


「なんだなんだ、どうしたお前達」

「あらあら。もしかして弟か妹が欲しくなったの?」


 鍬を片手に眉を上げる、父ケネス。

 カボチャを抱えて頬を染めるのは、母アリサ。


 二人ともよく働くため、金には全く不自由していない。

 だが、満足な教育を受けられなかったことを気にしているようだ。

 その反動から子供達には学を身に着けさせそうと奔走しており、魔導書も買い与えてくれる。


 当然、俺達に入学案内書が届いたと報せると、手を叩いて喜んだ。


「凄いなあ。まさかうちの子が推薦入学だなんて。行ってこい行ってこい、今すぐ荷造りしてきなさい」

「実はね、お父さんもお母さんも魔法学校に通ってたことがあるのよ。才能の限界を感じて辞めちゃったんだけどね」

「おかげで俺らの学歴は魔法学校中退さ」

「よくあることなのよ」


 お前らは諦めるんじゃないぞ、と父上は俺達の肩に手を置いた。


「特にエイデンは……属性で苦労するかもしれない。魔法学校っていうのは独特な世界だからな、やたらと序列を付けたがる」


 最強の属性たる火に、どのような苦労が待っているというのだ? 俺の質問に父上は答えようとせず、ただ曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

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