魔術王、魔法の衰退を知る。あとお姉ちゃんに懐かれる。

 一年後。

 俺は姉より早く言葉を話すようになり、両親を驚かせた。


「母上殿、今日の離乳食は少し味が濃いな。それと母乳をもう一杯」


 と話しかけたところ、大変な騒ぎとなったのだ。


「神童よ! 神童だわ!」

「俺の息子とは思えんくらい優秀だなぁ。こりゃあ後世に名を残すかもしれんぞ。……普通の名前にしといてよかったな、ほんと」

「でも不思議ね、どうしてエイデンはこんなに成長が速いのかしら?」


 別に不思議なことではない。

 魔力で体内の栄養素をコントロールし、理想の成長をしているだけの話。

 これを行うことにより、俺の肉体は早く強く育つことができる。


 やれやれ。

 こんなのは978年前であれば、基本的な技能だったのだがな。


 この時代で一年ほど赤ん坊をやって、わかったことがある。

 魔法の技術が、大きく退化しているのだ。

 転生魔法はおろか、浮遊魔法すら見たことのない者が大勢いる。


 人間は多くの領土を失い、魔物の討伐も滞っているそうだ。

 少しでも人里を離れれば、デーモンやアンデッドがうろうろしているとも聞く。

 愚かなことに、人間は種族全体で衰退しているのだった。

 やはり弱さは悪だ。これが力なき種族の末路だ。


 せめて俺だけでも強くあらねばならないだろう。

 二十二年後にやってくるであろう、破壊者を倒すためにも。

 ついにで、手のかかる身内の面倒を見るためにも。


 今の俺、エイデンには二歳年上の姉がいる。

 名前は「フィオナ」といい、愛らしい顔立ちの娘だ。

 目も髪も赤に近い茶色で、明らかに父親譲りの外見をしている。

 

 対する俺は母親似で、黒髪緑眼の乳児だ。

 あまり似ていない姉弟と言える。

 大きくなったらカップルに間違われるかもね、などと母親は笑っていた。


 それはまあ、どうでもいいのだが……。


「我が姉フィオナよ、そなたは何属性の魔法を使えるのだ」

「えう」


 フィオナはもう三歳になるというのに、言葉を話せない。

 返事は全て、「えう」か「キャッキャッ」だ。


 魔法以前の問題だった。


 貴様それで、弱肉強食の世を生き抜く覚悟があるのか? 

 転生前の時代なら、赤子の頃から魔法のノウハウを叩き込まれたものだが。


 こんな足手まといが家にいて、本当に前世を超えられるのかと疑念が湧いてくる。

 ……まあ火属性に生まれた時点で、莫大な伸びしろが約束されているのだが。

 というのも火は、成長に時間がかかる代わりに強さの上限が高い属性なのだ。

 中級者レベルまで到達すると一度伸び悩むが、その苦境を乗り越えて上級者の域に辿り着けば、万能の応用性が待っている。


 不死鳥フェニックスの加護による回復効果。

 炎人イフリートの加護による身体強化。

 物体ではなく概念を焼却することによる、様々な補助効果……。


 攻撃から防御、回復から絡め手に至るまで全て超一流。

 極めれば他の属性など、火の下位互換でしかなくなる。


 特に酷いのは光属性で、やれることの大半が火と被っている上に、火力と燃費で大きく劣るとされていた。

 前世の時代における光魔法の立ち位置は、『無害なので嫁入り前の手習いにふさわしい』といったところだ。

 なにせ食器をピカピカに磨き上げて光沢を出す魔法ならば、光属性が一番なのだから。

 

「姉さんは光以外の属性だとよいのだがな」

「キャッキャッ」


 数ヶ月後、フィオナも言葉を話せるようになった。

 第一声は「青いくねくねが見える」だった。

 それは水属性の才覚があることを示していた。


 俺の姉は、弱小属性ではないようだ。

 鍛えれば戦力として役立つかもしれない。




 三年後。

 俺は四歳になった。

 ぐずるフィオナがうっとうしいので、毎日あやしたり抱き枕の役をこなしてやったりと、献身的にお守りをこなし続けている。


 将来は俺の側近にするつもりなので、魔法の手ほどきもしてやった。

 雷が怖くて一人で入れないと駄々をこねるから、風呂も付き合ってやっている。

 人間は本当に怖がりだ。浄化の炎も不安がるので、なんだかんだで入浴させる必要がある。


「姉さん、湯加減はどうだ」

「ぬるーい」


 近頃のフィオナは、「雷なんて鳴ってないけど怖いから一緒に入ろ」と、よく晴れた日も混浴をせがんでくる。

 二人で湯船に浸かっていると、「エイデンと結婚できたらいいのに」などとたわ言を口にする、駄目な姉に育ってしまった。

 あげく姉と弟は結婚できないと言い聞かせると、本気で泣きじゃくる始末だ。

 人間とは、どこまで度し難い生き物なのか……。


「温めるか」


 俺は湯船に浸かったまま、背中から噴射インジェクションで火を出した。

 ゴボボボ! と水面が泡立ち、再加熱されていく。

 かつて魔術王とも呼ばれた男が、殺戮の火魔法を追い炊きに使った瞬間である。


「エイデンすごい! これオナラ!?」

「……魔法だ」

「すごいすごい!」


 無邪気に弟を褒めるフィオナに、「湯加減はどうだ?」とたずねる。


「ちゅっ」


 返事は、頬への接吻だった。

 ……人間の暮らしとは、こんなに腑抜けたものなのか?

 これでどうやって世界を救うほどの力を得られるのだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る