会長のお誘い
「来てやったぞ会長。予言について教えろ」
生徒会室のドアを開け、ズカズカと上がり込む。
ちょうど部屋の真ん中あたりに長テーブルがあったので、椅子を引いて座る。
マリアンヌはというと、窓辺の席に腰かけて口をぽっかりと開けていた。驚いているらしい。
「……まあ。予想より三十分も早い到着ですよ。てっきり迷子になるかと思いましたのに。それで頃合いを見計らったところで私が現れて、エスコートしてあげるつもりでしたのに」
あてがはずれちゃいました、とピンク髪の少女は悪気なく笑う。
一体どこまで本気なのか。
「ここまでの道のりは、誰かに聞いてきたのですか? 広すぎて在校生でも迷うんですよ、うちの学校。半分ダンジョン化してますから、毎日造りも変わりますし……」
「熱源探知の魔法を使っただけだ。お前の魔力と体温パターンは記録してあるゆえ、もうどこへ行っても見つけ出せる」
「……聞いたことのない魔法ですね……?」
「この時代の魔法は劣化しているからな」
そうなんですよね、とマリアンヌは頷く。
この女、やはり一般人より遥かに魔法の教養がある。
少なくとも過去にもっと魔術が栄えていた時代があることを知っているのだから。
「ところで貴方、本当にゼノンなのですか? その、そういうことでいいのですよね?」
「そういうこととはなんだ」
マリアンヌはなぜか、恥ずかしそうに眼を伏せる。
「貴方が魔術王ゼノンということは……男性がお好きなのでしょう? 性転換しなかった以上、男性のまま男性と恋愛したがってるのですよね? ああ、そのためにわざわざ綺麗な顔をした男の子に生まれ治したと……。そうですね。そのお顔であれば、同性であっても口説き落とせるかもしれません」
「お前もそういう解釈をするのか?」
いきなりやる気をごっそり持っていかれたが、気を取り直して話を続ける。
「俺は男に興味などない……前世の頃は単に縁がなかっただけだ」
「まあ? じゃあ、私にもチャンスがあるのですね」
「うん?」
マリアンヌは頬杖をつき、湿った視線を向けてくる。
……これはわざとだ。話の主導権を握るため、わざと蠱惑的な振る舞いをしているに違いない。
え、この生徒会長もしかして俺のこと好きなのかな? などと思ったら負けなのである。
前世の俺は挨拶されただけで女を好きになっていたが、エイデンとなってからはそのような失敗とは無縁だ。
「さっさと本題に入れ。お前はなぜ予言に詳しい? 彼とは何者だ? 世界を滅ぼさんと画策しているのは、男なのか?」
「順を追って説明致しますね」
マリアンヌは頬杖していた腕の片方を動かし、胸の下に滑り込ませた。
その拍子にバストが持ち上がるのが見えたが、しっかり目で追ってしまったが、これで話の主導権を奪われるとは思いたくない。
俺は悟られぬように目を動かし、視線をマリアンヌの顔に戻す。
「まず、私は純血の人間ではありません」
言うなり、マリアンヌの背中から蝙蝠の羽が生えた。
「サキュバスとの混血だったりするのか?」
「なぜそう思ったのか、あとで聞かせてほしいものです。もしかして胸とか見てました?」
「見てない」
「そうですか……あのですね。私、予言蝙蝠の血を引いてるんです」
そういえばあいつらはやたら混血したのだったな、とリリアの話を思い出す。
「人間と交わった者までいたのか。本当に節操なしだなあの蝙蝠どもは」
マリアンヌは席を立つと、俺の隣に座り直した。
甘い女の匂いが、むんと漂ってくる。
「とはいえ私は人間の血が濃すぎて、蝙蝠に変身することはできないのですが」
「そ、そうか。ところでなぜくっついている?」
「使い魔の末裔が、かつての主人に懐くのは当然ではありませんか?」
「ほぼ人間だと言ってなかったかお前?」
「なら予言蝙蝠としての生態ではなく、人間の少女としてエイデン君を気に入ってるのかもしれませんね」
「……」
囁くように言って、マリアンヌは俺の肩によりかかってくる。
二の腕に豊かな双丘が当たっているが、どうしてこうフィオナの時と違って胸騒ぎしてしまうのか。
「……脱線しているぞ。お前が予言蝙蝠の血を引いていることが、闘技場での発言とどう関わってくる? 『彼』とは何者だ?」
マリアンヌは俺の目を見上げて言った。だから視線が艶めかしいのはなぜだと問い詰めたい。
「私には微弱な予知能力があります。先祖返りですね」
「ふむ?」
「本当に微弱な、痕跡としか言いようのない代物ですけども」
彼は若い男性でしたよ、とマリアンヌは呟く。
「十二歳の時、試しに世界の終わりを視てみようって思ったんです。そしたら途切れ途切れですけど、視えちゃいました。黒い髪に黒い目をした男性が、全てを終わらせるところを」
「……
「ええ、間違いなく。歳は二十代の前半くらいに視えました」
マリアンヌは言い切った。
この世界を滅ぼす破壊者は、黒髪黒目の若い男。
今の俺は緑色の目をしているのだから、少なくとも怒り狂った俺が世界をブチ壊すという線は消えたことになる。
「また予知することはできるか?」
「……申し訳ありませんが、私の精神が持たない可能性があります。以前よりもさらに世界の終末が近付いてるんですから、一層鮮明に終末の時が視えてしまうわけで……。あの、これも予言蝙蝠が混血した理由の一つなんですからね? 世界の破滅が視えちゃうのって、発狂と紙一重の能力なんです。血を薄めて予言者じゃなくなったのは、精神を守る意味合いもあるんですよ。再び予知をして正気で返ってこれる保証は、どこにもありません」
「無理か」
「エイデン君が私の彼氏になってくれるなら、もう一回やってみてもいいですけど」
「お前のそれは本気なのか?」
「半分は本気ですよ」
くすくすと笑うマリアンヌにたじろいでいると、誰かがドア開ける音が聞こえた。
「……会長、魔法球技部の予算について話したいことがあ――」
リリアだった。
銀髪紅目の教師は、俺にしなだれかかる生徒会長を見て何を思うか。
抱えていた書類をバサバサと取り落としているところを見るに、あまりよくない解釈をしているのは確かだ。
「……そう……」
リリアはきっ! と生徒会長を睨みつけると、「……負けない」と呟いて歩き去っていった。
「なんだったんだあいつは」
「リリア先生の目は、『力づくでも既成事実を作らないと』と決意したように見えましたけど。……エイデン君、気を付けた方がいいかも。この学校の教師は魔術王のことが大好きだから、あんまりおおっぴらにゼノンの生まれ変わりだと吹聴したら、そのうち集団夜這いされちゃいますよ?」
一瞬それは楽しそうだ、などと思った自分が情けない。
駄目だ。これ以上ここにいるとおかしな雰囲気に流されてしまいそうな気がする。
俺はマリアンヌから離れ、席を立つ。
今日はもう寮に戻って休むことにしよう。
「有意義な情報を感謝すると言っておこう。じゃあな」
「お待ちくださいな。肝心の要件を忘れてません?」
「なんだ」
「生徒会には入ってくれるのですよね?」
「……興味ないな」
ドアに向かって歩き出したところで、マリアンヌも立ち上がった。
テーブルに両手をついたまま、真剣な眼差しを送ってくる。
「保健委員の枠が一人空いているんです。私、ここにエイデン君を入れたいと思ってます」
「それは何をする委員なんだ」
「んー……」
マリアンヌは唇に人差し指を当て、考え込むような表情をした。
「校内で具合が悪くなった子を保健室に連れていったり、場合によってはその場で治療するのがお仕事ですね」
「俺に向いてるわけがなかろう」
「向いてると思いますよ?」
なんの根拠があって、俺はせせら笑う。
だがマリアンヌはひるむことなく、自信に満ちた顔で答える。
「闘技場の天井に、魔力測定器があったのは覚えてますね?」
「あの煙を吐いたガラクタだろう?」
「あれは対象となった人物が、最も高い魔力を出した瞬間に計測する仕組みになっています。……エイデン君。貴方の魔力が最高値を叩き出したのは、ルーク君の傷を癒した時だったのですよ。貴方の本質は、もしかしてとても優しい人なのではないかしら」
「……優しい? 俺が?」
馬鹿げたことを。
俺はルークを軽蔑し切っていたし、別に死んでもいいと思って攻撃した。
回復魔法をかけてやったのは、単に退学を防ぐためだ。
全ては俺自身の利益のために過ぎない。
「俺の気質は関係ない。それは火属性の特性のせいだ。火は上級者であればあるほど、回復や再生が得意になっていくからな」
「……でも、私には魔法の属性とその人の性格は、密接に関わっているような気がしてならないのです」
「は。女は本当に占いの類が好きだな」
属性と性格を結び付けて考える学問は、過去になかったわけではない。
もっとも俺がまだゼノンだった頃から、迷信扱いだったが。
「気が向いたら入ってやってもいい」
もう話すことなどない。
俺は後ろでゴチャゴチャと喚くマリアンヌを無視して、生徒会室を後にした。
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