疑惑のモナ

 五時間目の授業を終えた俺は、A組の前に来ていた。

 待ち伏せというやつである。

 お目当ての人間は当然、フィオナとモナだ。どっちか片方でもいいが、できれば二人一緒の方がいい。


「ねえあれ……」

「E組の人でしょ……」


 腕組みをして入口の横に立つ俺を、A組の生徒は遠巻きに眺めながら眉をひそめている。

 どうしてE組の生徒がここに、と言いたげだ。

 なるほど、あまり雰囲気のよくないクラスと見受ける。


 フィオナはこんな環境で授業を受けている上に、妙なクラスメイトにまとわりつかれているのだ。

 心労が溜まるのも当然であろう。

 もう全部魔法で吹っ飛ばしてしまえばいいのではなかろうか。

 困った時は暴力、これが一番である。


 そうやって魔族感あふれる雑な思考を垂れ流していると、ガラガラと引き戸を開ける音が聞こえた。


 出てきたのはお下げ髪の小柄な女子生徒。モナだ。


「あっ、今朝の空飛ぶシスコンさん」


 モナは俺に気が付くと、ぴたりと足を止めた。

 無礼極まりない呼称は見逃してやるとして、ここはガツンと言わねばなるまい。


「知ってるぞ。お前のような娘を百合というのだろう」

「……はい?」


 俺にはよくわからない世界だが、人間達がそういったスラングを使っているのを何度か聞いたことがあるのだ。

 お姉様とワタシ的な世界に入り浸り、タイを結んだり互いの人生を結んだりとやりたい放題らしいではないか。

 

「女が女を好きになるのは自由だが、性別に関係なくつきまとい行為は許されるものではないな」

「……貴方が何を言っているのかよく……?」


 モナは首を傾げ、しきりに困惑している。

 教室の奥ではA組の生徒達が何事かと騒いでいた。「あれ何?」「変なナンパ」「フィオナさんの弟らしいよ」「ああ劣化元素の……」と癪に触る発言が聞こえてくる。


「なんだか妙な誤解をしてらっしゃいますね? 私、普通に男の人が好きですから」

「この期に及んでとぼける気か? あの手紙は言い訳できないと思うが」

「……貴方、弟さんなのに何も知らないんですね」

「なんだと?」


 モナは呆れたような顔で肩をすくめている。

 この小娘、俺を無知と申したか。


 俺は幾千幾万の魔術を習得し、錬金術や武術、哲学に至るまで学んだ魔術王なのだがな。

 そんな俺に知らないものがあると思ったか――と啖呵を切りかけたが、確かに女のことは何一つ知らないのだった。


「俺にもわからない領域というのは……ある。だが姉さんのことは誰よりも詳しいはずだ」

「つまり貴方は、大好きなお姉様を私に取られるかと思って宣戦布告しにきたのですね? シスコンの鑑というかなんというか」

「……断じて違う」


 なぜそのような解釈になるのだ、と脱力する。


「埒が明かん、姉さんを連れて来てくれ。お前は俺と同じ言葉を話しているのに、通訳が要るタイプの人間らしい」

「お姉様なら早退しましたわよ?」

「何?」

「剣術の授業が終わってすぐに、具合が悪いと言い出しまして。ご存知なかったんですか」


 フィオナは体調が悪いのか?

 そうは見えなかったが……。


「変だな、と思ったでしょう? 実は私もそう思ってるんです」

「……確かに何か隠しているとは思ったが、それはお前に関することではないのか? 弟にはとても見せられない恋文をもらったから、内々に処理しているのだと予想していたが」

「……はあ。あれはラブレターではないというのに……。誤解を招きかねない文面なのは認めますが……」


 モナは額に手を当て、大げさにため息をついて見せる。

 む、なんだこの女。人を小ばかにしおって。


「お前は姉さんに恋愛感情を抱いてるわけではないのか?」

「だからどうしてそうなるんですか!? そりゃあお姉様には親切して頂いておりますけど、たったそれだけの理由で同性に惚れてたら、今頃人類は絶滅してましてよ」

「……証明する手段はあるのか」

「え?」

「女ではなく男が恋愛対象だという証拠はあるのか? 上手いことこの場を切り抜けて、寮に戻ったらまた危ない恋文を書くのではなかろうな?」

「……付き合いきれませんね」


 しつこい弟さんです、と呆れたように言いながら、モナはこの場から立ち去ろうとした。

 なんとも人を舐め腐った態度だ。


 ――小娘が。


 頭にきた俺は、右手をモナの頭上に叩きつける。

 教室から数歩進んだ位置に来ていたモナは、壁際に追いやられる形となった。


 なにやらA組の女子達が騒然とし、「壁ドンよ壁ドン!」と色めき立った声を上げている。単語の意味がわからないので、スルー推奨である。

 この時代のスラングはまだ把握しきれてないのだ。


「……え、エイデンさん、貴方一体……」

「質問しているのは俺だ。逃げられると思うな」

「……う……」


 なぜか急にしおらしくなるモナに対し、顔を近付けてたずねる。


「お前、姉さんが好きなのか? どうなんだ? 本当は男に興味なんてないんだろう?」

「そ、そんなことありませんし……」

「俺のことだってなんとも思ってないだろう? 照れたような演技はよせ」


 D組の男子がモナさんに迫ってる! ととんでもない叫びが聞こえてきたが、やはりスルーせざるを得ないのである。

 

「……私、ノンケですし……」

「どうやってそれを証明する? 俺を納得させられない限り、寮に帰れると思うな」

「……わかりました」


 モナは静かに目を閉じると、深く息を吸った。

 吸って吸って吸って、肺が破裂するのではと心配になるまで吸って、それからくわっと目を開いたかと思うと――

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劣化元素の救世主~最強の魔術王が世界を救うべく転生したら、一人だけ衰退前の魔法を使えるチートモードでお姉ちゃんと女子生徒に愛されすぎるハーレム王と化したのだが~ 高橋弘 @takahashi166

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