測定不能
「……測定……不能……」
リリアは数分ほど煙を見上げて硬直していたが、やがて思い出したかのようにこちらに向き直った。
視線を俺に固定し、探るような表情をしている。
揺れる紅い瞳は、一体どのような感情を反映したものなのか。
恐れか不安か、はたまた別の何かか。
……以前よりも熱の籠った目で俺を見ているような気がするが、女心に疎い俺にはこれがどういう状況なのかよくわからなかったりする。
もしや小便にでも行きたいのか? と眉をしかめていると、リリアは囁くような声で言った。
「……貴方がゼノン様なの……?」
だからそうだと言っておるだろう――と口にしかけたところで舌が止まる。
はて。
そういえばこの女、どうして人化の術を身に着けたのだったか。
確か……敬愛するゼノン様と結ばれるためと言っていた。
そうなるとこいつの前で強さを見せつけ、ゼノンの生まれ変わりだと宣言するのは――
『続いて第二試合、適性検査に移ります。新入生はそのまま待機をお願いします』
またも機械的な声が響き渡る。
どうやらアーティファクト設置されているのは、一ヶ所だけではないらしい。
声のした方へと顔を向けている間に、リリアは蝙蝠に変化して飛び去ってしまった。
おそらく会場のどこかで観戦を続けるのだとは思うが……しかし……。
その場で円を描くようにして歩いていると、ルークが搬送された方の出入口から一人の生徒が現れた。
女子生徒だ。
スカートの下に黒いタイツを履いた、おっとりとした雰囲気の少女である。
髪の毛はなんの冗談だと言いたくなるようなピンク色で、かなり量のある巻き髪だ。
年齢はおそらくフィオナと同じくらいで、つまり俺よりやや上ということになる。
ピンク髪の女子生徒は、俺と目が合うとにっこりと微笑んだ。
……あれが次の対戦相手なのか?
腕を組んで訝しんでいると、にわかに観客席が騒がしくなり始めた。
常に騒がしい気もするが、とにかく一層やかましくなったのである。
「せ、生徒会長!? なぜこんなところに!?」
「相変わらずお美しい……俺やっぱ中退しないで学校残るわ。ずっと会長のこと見てたいし」
「奇遇だね。僕もあの胸の膨らみを見ていたら、野菜なんてどうでもよくなってきたところだよ。もう一年あれを見られるならぜひともここに在籍していたいね」
「委員長は欲望に正直だよな」
どうやらあの女子生徒はここの生徒会長で、男子から熱狂的な支持を受けているようだ。
そんなに美しいのか? と改めて目の前の少女を再び観察してみる。
……なるほど。確かに男子に人気が出そうな外見をしている。
背丈は女子の平均程度だが、胸囲はフィオナより一回り大きいのだ。
加えて垂れ目がちの目に、長い睫毛。桜色の唇。
どこか見る者を安心させるような印象の、母性的な美少女なのである。
「男の俺からすれば、やり辛い相手だ――と言うとでも思ったか?」
右手に炎を発生させ、一歩踏み出す。
魔族にとって血族以外の存在など、敵か配下のどちらかでしかない。
女子供が対戦相手? 体が小さい分、焼きやすくて助かるというものだ。
試合開始の合図を待っていると、生徒会長は見た目通りの甘ったるい声で告げた。
「私はこの救世主学院の生徒会長を務めております、マリアンヌ・ドロテ・エリザベート・ド・カステラーヌと申します」
「随分と大層な名であるな」
「はい。長いので『マ』と略してくださって結構です」
「……いやそれは略し過ぎであろう。一音節はペットの名前であっても動物虐待だぞ」
「今のは冗談です」
私のことはマリアンヌと呼んでください、と言いながら生徒会長は距離を詰めてくる。
どうも調子の狂う女である。
「で、マリアンヌよ。わざわざ会長自らが俺と手合わせをしようと言うのか?」
「いいえ。そんなことをなさらずとも、貴方がこの学校で誰よりも強いことは既に判明しています。……私がここに来たのは、スカウトのためですから」
「スカウト?」
「ええ。――エイデン・フォーリー君。貴方、生徒会活動に興味はありませんか?」
マリアンヌはなんでもないことのように言ったが、観客席の反応を見ればこれがどれだけ異常なのかがわかる。
「劣化元素を生徒会にだと!」「前例がない!」「野菜作ってる場合じゃねえ!」」とあちこちから怒号が聞こえてくるのだ。
この学校、属性格差がもはや身分制度のようになっているらしい。
「あらあら、皆血気盛んねぇ」
マリアンヌは右頬に手を当て、困ったような顔をしていた。
子供が言うことを聞いてくれなくて、途方に暮れる母親といった趣がある。
「ご覧の通り、我が校はいつの間にか生徒同士で序列をつけ、いがみ合うようになってしまいました。どこかのタイミングで、このような校風は正さなければならないと思っていたのです」
「それが今だと?」
「はい。……それと生徒会の面子もあります」
「どういうことだ?」
マリアンヌは滑るような足取りで距離を詰めると、互いの息が触れ合いそうな位置で足を止めた。
この女、少し馴れ馴れしすぎるのではないか?
「お耳を拝借」
マリアンヌは俺の横に回り込み、接吻でもするかのような仕草でつま先立ちになった。
ふわ、と甘い香りが鼻孔をくすぐる。
観客席から上がる悲鳴には聞こえないふりをしつつ、耳打ちに神経を集中する。
「(……貴方は火属性でありながら、生徒会に所属できるほどの天才児だった。こういった方向でアピールすれば、ルーク君が敗れるのも当然だと皆が納得するでしょう? 光属性の生徒全般が貴方に敵意を抱くような状況を、回避したいのですよ)」
「……ほう」
周囲に聞かれては不味い話をしたいから、やたらと距離感が近かったのかと納得する。
柔和な外見に反して、中々の策士かもしれない。
「(……それに私なら貴方と有意義な会話ができるでしょうから、貴方も退屈しないと思いますよ?)」
「随分な自信だな」
「(ふふ。だって私、七年後にこの世界を滅ぼすものがなんなのか、知ってるんですもの。
「なに?」
聞き捨てならない発言だった。
――彼。
この女、滅びの予言について何か情報を掴んでいる?
破壊者の性別は、俺ですら知り得なかったというのに。
待てと言いかけたが、マリアンヌは悪戯っぽく笑って「飛んだ」。
ヴウン、と蜂の羽音のような音を立て、次の瞬間には出入り口前に現れていたのだ。
マリアンヌは口元に両手を当て、優雅な仕草で叫ぶ。
「絶対ですよー! 生徒会室で待ってますからねー!」
にっこりと微笑むと、マリアンヌは再び姿を消した。
瞬間移動は風属性の中級魔法である。
「は。猫を被ってるようだが、あれが使える時点でルークより腕は上だろう」
……どうでもいいことだが。
あの生徒会長、何度か耳に唇が当たっていたのだが、全く気にしていないらしい。
少し湿った耳元になんとも言えないむず痒さを感じていると、機械音声が一斉に鳴り響いた。
『エイデン・フォーリーの適性科目を解析完了。医療科Eクラスとなります。闘技場出口にて指定の番号札をお受け取りください』
途端、観客席にどっと笑い声がおこる。
「医療科、しかもE判定か! そりゃそうだわなぁ! いくら今強くても、火ってのはすぐに伸び悩むんだから。劣化元素にはお似合いのクラスだよ」
「あいつが後方支援担当になるのかー。どうせなら可愛い女子にやってもらいたいんだけどな、そういうのは」
「姉貴も入学するらしいぜ、あの一年。姉弟揃って医療科ならワンチャンあるだろ。あいつの姉ならまあ……見た目は悪くないだろうし」
「美人の姉? 君達どうして早くそれを言わなかったんだ? 知ってたらそっちを観戦したんだが」
「委員長は眼鏡の下にどんだけの煩悩を隠してんだよ」
……くだらん。
俺はとっくにその「伸び悩み」を克服し、遥かな高みにいるのだがな。
無知蒙昧の輩に構っている暇などない。
フィオナが待っているかもしれないし、さっさと外に出るとするか。
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