魔族の剣技は現代剣術を打ち砕く
全員に剣が行き渡ると、いよいよE組も模擬戦に入ることとなった。
俺達の相手はD組。四つある医療課クラスの、下位二クラスがぶつかり合うのだ。
「じゃあエイデン君、こっち来てもらえる?」
体育教師の指示に従い、体育館の中央に進み出る。
一体なぜなのかとたずねれば、
「体格と実技成績を考えると、貴方がこのクラスのトップだからよ」
だそうだ。
教師の話によると、俺はこれから皆の見本として試合をさせられるらしい。
D組からもまた、上位判定を受けた生徒が代表として出てくるようだ。
「おっしゃエイデン! E組の意地を見せてやれや!」
負けんなよー、とクラスの連中が口々に声を発する。
背後に声援を受けながら戦いへと赴くのは、初めての経験だった。
俺を応援してなんになる?
俺の勝利は俺だけのもの。E組の生徒達の評価が上がるわけではない。
単に同じクラスに所属しているだけという、それっぽっちの繋がりしかない相手にどうしてそこまで肩入れできるのだ?
俺が不思議がっているうちに、D組の方からも生徒が歩み出てきた。
肩や腕の筋肉が大きく盛り上がった、茶髪の男子だ。
背丈は俺よりやや高いくらいだろうか?
ギラついた瞳でこちらを睨みつけており、いかにも好戦的なタイプに見える。
魔族時代に戦った敵は、この手の手合いが多かったように感じる。
つまり俺にとっては日常茶飯事で、どうってことのない相手なのだった。
俺は木剣を握り直し、剣先を対戦相手に向ける。
少し離れた位置に、体育教師が旗を持って立つ。
「それではこれより、クラス対抗試合を始めます。魔法の使用は禁止、相手を絶命に至らせるような技の仕様も禁止。よろしいですね?」
俺とD組の代表は、同時に首を縦に振った。
「よろしく頼む」
剣を突き合わせ、儀礼的な礼を済ませる。あとは開戦の狼煙を待つのみだ。
「――模範試合、エイデン・フォーリー対アルブレヒト・スタイン。はじめっ!」
バタタ、と旗が振り下ろされる。
途端、「やあーっ!」と威勢のいい声がA組の方向から聞こえてきた。
続いて激しく木剣を打ち合う音。
フィオナは第二試合でも短期決戦に踏み切ったようだ。
対照的に俺と茶髪の男――アルブレヒトは、ゆらゆらと剣先を揺らすだけだ。
その場から動こうとせず、互いの間合いを探り合っている。
動と静。対照的な二つの試合が、隣り合わせて始まったのだった。
「……あちらは随分と騒がしいな」
アルブレヒトが重々しく言葉を発した。
声に金属質の掠れがある。日常的に大声を発していなければこうはなるまい。
剣の稽古か、はたまた呪文詠唱か。体型も考慮すると、相当激しい鍛錬を積んでいると思われる。
「気質の違いだな。俺達は互いに陰性なようだ」
俺は灼熱の木剣を、上段に構える。フィオナと瓜二つの動作。当たり前だ、あいつの師匠は俺なのだから。
「そこまで高く掲げる流派は、初めて見るな」
言いながら、アルブレヒトは腰だめに剣を握った。
突き技狙いか。
どこかルークとも通じるところがあるので、この時代では一般的な戦闘スタイルなのかもしれない。
おそらく切断に特化した剣を製造できなくなったため、剣技も突く方向に向かったのだろう。
「技術後退の末に生まれた、妥協の産物だな」
対する俺の剣術は、「斬る」ことにポテンシャルの大半を注いでいる。
金剛石すら両断する切れ味を誇った、魔剣があった時代の産物だ。
魔族の武芸は、一撃必殺を想定して練られている。
切断と刺突。
共に静かな立ち上がりを見せた俺達は、ここに来て異なる道に分かたれた。
「……お前その構えはなんだ? ふざけてるのか?」
アルブレヒトの瞳に、侮蔑の色が宿る。
俺の剣術はよほどこの時代のセオリーから外れているようだ。
「エイデンだったか? 降参しろ。俺は宮廷剣術を幼少の頃より叩き込まれている」
「それで?」
「対戦相手を死なせたら退学になるのは俺だ。迷惑なんだよ、お前みたいな半端ものとやらされるのは」
要らぬ心配だ、と俺は笑う。
「気が合うな。俺の方も今、どうやればお前を殺さずに済むのか考えていたところだ」
アルブヒレトのこめかみに青筋が浮かぶ。
かなり気位の高い性質らしい。
「そうか……なら遠慮なく行かせてもらうっ!」
叫んで、アルブレヒトは猛烈な速度で踏み込んで来た。
突進と突きを組み合わせた攻撃。これはこれで威力が出るだろうが、あまりにも素直すぎる。
この軌道――目標は喉仏か。
どこを打つのか丸わかりで、外れた時の保険もない。
こんなものは剣技ではない。角の生えた野生動物が、闇雲に突っ込んでくるようなものだ。
これでD組の代表扱いならば、剣術の方も衰退していると見ていいだろう。
「……嘆かわしいな」
俺は体を半回転させ、アルブレヒトの突撃を回避する。
全身全霊をかけた突撃に対して、踊るような軽やかさ。
これこそが最小限の動きでチャンスを作り、最大限の火力をぶち込むための布石。
「――シッ」
短く息を吐き、アルブレヒトの背面に木剣を叩きつける。バシィィィン! と肩甲骨を打つ音が響く。
「がっは……!?」
もちろん、大の男がこんなもので沈むとは思っていない。背中は筋肉の多い部位なのだから。
よろめきながらも再度の突撃を敢行したアルブレヒトを、再び迎え撃つ姿勢に入る。
相手は体格に恵まれている。肉の鎧で全身を包み込んでいる。
重くて堅くて速い敵。
ならばそこに付け込ませてもらうとするか。
「お前の体重、借りるぞ」
「……は?」
まさか試合中、それも喉突きの最中に話しかけられるとは思ってもみなかったのだろう。
一瞬だけ意識に空白が生じたアルブレヒトの、右手首を掴み取る。
俺はそのまま相手の重さと突進の勢いを利用し、受け流すように放り投げた。
「なっ!?」
アルブヒレトはふわりと浮き上がり、そして――激しく床に叩きつけられた。
館内に響き渡る轟音、遅れて伝わってくる衝撃。
「ごは……っ!?」
全く。
喉元狙いだった敵を、この程度で済ませるとはな。
俺も甘くなったものだ、と我ながら呆れてしまう。クラスメイトどものあてられたか?
「……お、お前……なんだその動きは……!?」
「古流剣術だ。千年ほど前は一般的だったものだが」
「こ、古流……!?」
「ところでアルブレヒトよ。絶命狙いの攻撃は禁止されていたはずだが」
「……ぐ……ぐ……」
「この調子だと、試合中に相手を壊した経験があるだろう? それも一度や二度ではあるまい。まさかそれが快感になっているのではなかろうな?」
「……ぐ、ぬ……」
人間とはどこまでも奇妙な存在だ。
無関係な相手を労る個体がいる一方で、このように嗜虐的な気質を持った個体もいる。
「あのアルブレヒトを翻弄してやがる……マジか」
「速すぎて見えなかったんだけど、今の何やったの?」
「アルブレヒトって、魔法実技がさっぱりで剣術で推薦入学してきたやつだろ? それを軽くいなしちまうのか」
「リリア先生リリア先生リリア先生! 今日も貴方は可憐で美しい! ああ~僕は貴方を思うだけで! ……はっ。こ、ここは体育館? 僕は一体……?」
E組の面々はいつものように俺の技量に感嘆の声を上げ、D組の生徒は初めて見る規格外の強さに驚きを隠せないでいる。
「おいなんだあの黒髪。あんなのがいるなんて聞いてねえぞ。あれのどこがEクラスだよ」
「エイデン・フォーリーって確か、ルーク先輩に勝ったやつじゃないか? ……それってつまり、実戦なら学院一ってことじゃねーか! 俺らに勝ち目ねえよ!」
「そんなことよりも俺は眼鏡の発狂っぷりが気になるんだが……周りの生徒が『もう慣れたし』みたいな顔してるのも怖い。俺はE組が怖い」
「突き技を使わずにあそこまで強くなれるのか……」
「あの眼鏡は気にならないの? 皆どうしちまったんだよ? 眼鏡の壊れっぷりやべえだろ!? なあ!?」
「投げ技と剣技を組み合わせるのも見たことがないな。しかも実戦の速度で通用するなんて、マジでどうなってんだ?」
「だから眼鏡!! 眼鏡の精神状態は気にならないのかよ皆!?」
膝から崩れ落ちたアルブレヒトを、D組の生徒達が引きずるようにして運んでいく。
回復魔法の詠唱が聞こえるので、大事には至るまい。
「……あ……わ、技あり! エイデン・フォーリーの勝利とする!」
呆気に取られていた体育教師が思い出したかのように旗を上げ、正式に俺の勝利が確定する。
まあ、当然であるがな。
「さて」
自分の戦いが終われば、姉の方に関心が向かうのは必然。
フィオナの方はどうなっているかな? と意識を観戦に切り替える。
「やあああーっ!」
ふむ。
どうやら一試合目とほぼ同じ展開になっているらしい。
フィオナはリーチの差を活かし、軽々と対戦相手を打ちのめしていた。
表情からは鬼気迫ったものを感じるが、技の冴え自体は好調に見える。体調不良の類ではないようだ。
となると余裕のなさは、精神的なものからか。
思い当たる節といえば、モナしかない。
これはそろそろ俺が動いてやるべきだろう。
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