第19話 その勇者、託される


「よおこそ起こし下さいました。お客様がお待ちになっております。どうぞ、お履き物はお脱ぎになりましたら、そのままでお上がりくださいませ。」


 和服を着た穏やかなそうな女性が、丁寧に両手をついて迎えてくれた。


 ここは本当に東京の都心かと疑うほど広い敷地を持つ料亭だ。


 俺は今朝約束したとおり、交流戦代表選抜トーナメントが終わったあと、迎えに来てくれたサクラ先輩と一緒に、同じく奥多摩の学園まで迎えに来てくれた黒塗りの高級車でこの料亭へ連れてこられた。


「お客様、失礼致します。お連れのお客様がお見えになられました。」


 案内してくれた女性に襖を開けてもらい広い和室にはいると、そこには今朝会った公安対魔室の阿蘇あそ ミズホ警視が1人で正座していた。


「ありがとう。話の邪魔をされたくないので、すまないが料理を先に並べてはくれないか?」


 阿蘇さんは料亭の女性にそう告げると、俺とサクラ先輩に席を進めた。

 

「ユキト君、まずはトーナメント準決勝進出おめでとう。」


「ありがとうございます。と言いますか、俺朝方の件でてっきり叱られるのかと・・・」


「自覚があるのなら、それで結構です。あの場合、叱られるのは付き添っていた大人の務めです。」


「サクラも遠いところ呼び出してすまない。」


「お姫様ひいさま、滅相もございません。お呼びとあらば、いつでも。」


 そうこう話しているうちに、料理が並べられた。どれも呪文のような名前で、さっぱり頭に入らなかったが、どれも華やかで器との調和が素人の目を楽しませてくれる。美味そうだ!


「あれ、失礼ですが、阿蘇さんだけ料理が違いませんか?」


「私は故あって肉食にくじきを絶っているので、馴染みの精進料理にさせてもらった。ユキト君たちは気にせず味わってくれ。ここの料理人はみな一廉ひとかどのものだよ。

 さっ、頂こうか。」



 食事中に阿蘇さんが話したことは、公安対魔室の事で、組織や組織の成り立ちなどあまりピンと来ない話ばかりだった。わざわざこのような高級料亭で話さなくてもいいのではと疑問に思ったくらいだった。リクルートなのだろうか?


 阿蘇さんの雰囲気が変わったのは、食後のお茶を頂いている時だった。


「ユキト君は、阿蘇家について、何か聞いているのかな?」


「いいえ、何も。こう言っては失礼かもしれませんが、あまり興味がないので・・・」


「ふふ。正直でかえって好感が持てるよ。」


 阿蘇さんは少し苦笑いしながら続けた。


「阿蘇家は神武天皇の東征後、大君おおきみが大和に本拠地を移した際、元々の勢力基盤であった九州を鎮守するために遣わされた古い家の1つなんだよ。

 それら鎮西諸家の目的はなんだと思う?」


「う〜ん。今も昔も九州の役割といえば、半島や大陸との交易と防衛でしょうか?」


「素晴らしい!その通りだよ。特に大和の朝廷は、神をまつることで民を導いてきた経緯から、九州を心霊的に重要視していたのさ。それ以前の神話の時代からね。」


「我が八千草家の氏神であらせられます霧姫きりひめ様は、別の御神名を 多紀理毘売命たぎりひめのみこととおっしゃって、須佐之男命すさのおのみことの娘神様でございます。」


「そして私の阿蘇家は、現在の阿蘇神社大宮司とは氏神を異にする、上古の阿蘇氏の系譜となるのです。今は御神名はあかせませんが、天津神の系譜です。」


「そして八千草家は、神武天皇が鎮西のために火国ひのくに、今の熊本県に遣わした上古の阿蘇家に使える巫女の家にございます。」


 うん、話がさっぱり見えない。


「そうだね。この話だけでは、さっぱりだね。だが、私とサクラの出自を覚えて欲しかったのだよ。」


 阿蘇さんがそう話した時、部屋の襖が開いて、一人の気品のある老人が俺たちの部屋に入ってきた。


 老人が部屋に入った途端、阿蘇さんとサクラさんが座布団から降りて、畳に手をついて丁寧にお辞儀をした。


 俺はだまってご老人が空いていた上座に座るのを見ていた。


「どうか、顔を上げてください。阿蘇さんに八千草さん。ここは畏まった席ではなく、お料理を美味しく頂く席ですよ。」


 穏やかな優しい声でご老人は2人に声をかけた。


「「ありがとうございます」」


 2人が正座し直すのを確かめてから、ご老人は続けた。


「貴方が天霧あまぎり ユキトさんですね。私の名を名乗れないことを、許して下さい。でも、そうですね。私の事は赤坂の爺さんとでも呼んでください。」


 どうも自分の名を名乗らない人って信用出来ないんなけと・・・


「ユキト君。お役目様は皇家こうけに連なるお血筋で、日ノ本のご皇室を呪術でお護りなさっているお方なのですよ。

 ご本名が敵に知られるとご皇室に災いが起こってしまう恐れがあるの。だから御名おんなはどうか・・・、他意の無ない事を理解して欲しい。」


「ご尊師そんし様は、御自らの全てをご皇室に捧げて日ノ本の歴史と同義であらせるご皇室をお護りになっておられます。旦那様。」


「ははは、そんな大層なものではありません。だだ、おかみ御大恩ごたいおんをお返しする役目がこの老骨に回って来ただけですよ。」


 うん、みんなの言葉に偽りの無いことは伝わった。


「大変失礼を致しました。お詫び申し上げます。」


 おれは膝に手を置いて頭をさげた。


「さて、天霧君。この度は日本号をめとってくれたと聞きましてね、そのお礼を述べたくてお邪魔したのですよ。」


「えっ、日本号をめとる?」


「おや?これはどういうことかな?」


 俺と赤坂のご老人との食い違いに、サクラ先輩が慌てだした・・・


「ごごご、ご尊師そんし様!日本号の降嫁こうけの件と、わたくし事も含めまして、旦那様にはまだ説明致しておりませんでした。ただ、日本号につきましては、しかとお受け取り頂いております。」


「八千草の不手際、誠に申し訳ございません。」


 サクラ先輩がテンパってるのが見てわかる。


「はははっ。八千草さんの慌てぶりの可憐なことよ。とてもいではないかなあ、天霧さん?」


「はい。俺も初めてサクラ先輩がこんなに慌ててるのを見ました。眼福です。」


「そうかそうか、初めてですか。では、これからも仲睦まじくなさい。」


「お役目様。日本号の件。段取りがなったおらず・・・」


「よいのです。私はその事を話すために参ったのですからね。」


 赤坂のご老人は穏やかに阿蘇さんとサクラ先輩を見て頷いた。


「さて、天霧君。日本号はお持ちか?」


「はい。ここに。」


 俺は正座のまま後ろに下がって、日本号を無限倉庫ストレージから取り出すと、畳の上に置いて見せた。


「ほう。見事な術です。でも、それはさておき、日本号もよく懐いておりますね。大変嬉しく思います。」


「日本号が?」


「そうです。日本号はある重大な目的のために、表の世には出すことができず、ずっと皇家の宝として秘匿しぞうされて来ました。ただ、これほどの名槍を表の世に出せぬことを、歴代のお上はとても不憫にお思いになっておりました。」


「お上?上様ですか?」

「旦那様。今上陛下のことです。」


 赤坂のご老人は柔らかく笑いながらうなずいた。


「日本号自身、神の化身であり、神を殺す神避かむさりの槍。か弱き人に与えられた、唯一の抗神こうしんの神槍なのですよ。」


 とんでもなく重い話を軽くされてしまったが、日本号はただ嬉しそうに白銀の光を放っている。



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