第7話 その勇者、学園に入学する


 東京都奥多摩おくたまの山々に遅い春が訪れた頃、俺とスズネは私立慈恩院学園じおんいんがくえんの入学式に参加した。


「お兄ちゃん、ネクタイが曲がってるのです。」


 そう言ってスズネは、校門の所で甲斐甲斐かいがいしく俺のブレザーのネクタイを直してくれた。

 スズネは中等部だからセーラー服なのだが、ここは俺も『タイがまがっていてよ、スズネ。マリアさまが見ていてよ。』と返してやるべきか・・・


「「きゃー、あれ見て・・・」」

「「てえてえ・・・」」


 立ち止まった俺たちを取り巻く様に、他の入学生達が集まってスズネの容姿に見蕩みとれているのがわかる。


 「萌え〜」とか「れ〜」とかほざいているのは男子共だな?

 全く意味が分からん。


 しかし、ここにいる大勢の高等部、中等部の新入生の中でも、ひときわスズネの美しさは際立きわだっている。加えてエルフだと言う事も人目を集めている一因なのだろうな。


「やはり、東京でもエルフは珍しいんだな〜。みんなスズネの事を見てるよ。うん。兄として誇らしいぞ。」


 そう言ってスズネの頭を撫でてあげた。


「「「きゃーっ!」」」


 大きな悲鳴が起きた。いちいち反応が面白い。


「今はそう思っていれば良いのです。・・・でもいずれは・・・こいつらを・・・・・・ブツブツ」


「新入生諸君!校門前で立ち止まらないで、奥に進みたまえ。

 中等部は右の講堂。高等部は左の講堂だ。

 さあ、足を止めずに前に進みなさい。」


 それまで浮かれていた新入生達は、その男の声を聞いた途端とたん指示された講堂に向かって秩序を持って進んで行った。


 講堂に向かって動き始めた新入生には見向きもせず、上級生の男は真っ直ぐ俺に近ずいて来る。


「支配系の呪術ですか?先輩。支配系は好きじゃないなぁ。」


「君達には効かないから、どうと言う事は無いのでは?

 僕の軽い支配に抵抗出来ないようでは話にならん。そうではないか?天霧 ユキト君に天霧 スズネ君。」


「どうして俺達の名前を?」

「レディーの名を口にするなら、先ず自分から名乗れ、です。」


 男はキザに胸から櫛を取り出して、綺麗に整えられてたオールバックの髪を再び櫛で撫で付けた。


「ははは、これは失礼。小さなレディーを怒らせてしまったようだ。

 僕の名は冷泉院《れいぜいいん

》 マサオミ。高等部の生徒会長であり、学園の筆頭席次でもある。」


 俺は知っている。こういったタイプの男は基本女にモテない。だが、権力て女をはべらせるんだ・・・つまり、勝ち組って事。


「その生徒会長さんが、俺達に何の御用で?しかも入学式前に。」


「お兄ちゃん!気を付けるのです。この男、お兄ちゃんをナンパする気なのです!」


「ははは、君面白い事言うねぇ。でも、まあナンパと言えばナンパかな。」


 軽口を言ってるが、決して目元は笑ってはいない。


「僕は伏魔術師ふくまじゅつし 御三家筆頭ごさんけひっとう冷泉院家れいぜいいんけ嫡男ちゃくなんだ。

 本来、冷泉院家の子女は西の院 臺薫院学園だいくんいんがくえんに通うのがしきたりなのだが、僕は東の院である慈恩院じおんいんを選んだんだ。

 何故か分かるかい?」


宇宙人すぺーすのいどの自治権を確立するため、です。独立戦争!です。」

「いや、本拠地から離れて羽を伸ばす為だろ。」

「日本中まわって、散々女を食い散らかして嫁取りするつもり、です。『俺○空』ってやつ、です!」


「これはひどい言われようだな。

 僕はそんな男じゃないよ・・・」


「「ダウト!」です」


「ホントホント。

 真面目な話、西の院では、我が家臣でガッチリ固められているから、東の院で新しい優秀な人材を発掘するのが目的さ。

 君の事、秋津洲あきつしま随分ずいぶんめていたからね!」


「あの筋肉ダルマ、口まで軽いのか、です。」


「でも決め手になったのは、入学試験で君たちが闘武場とうぶじょうを破壊したからだよ。

 あそこの結界は御三家で維持しているんだ。

 これまでの歴史で、特級伏魔師の呪術を以っても我々御三家の結界を破った術師はいなかった。

 だから、分かるね?」


「お兄ちゃん、身から出たサビなのです。」

「お前もな、スズネ!」



 入学式前に、変な男に絡まれてしまったが、入学式自体は恙無つつがなく終わった。


 こう言った式典にありがちな地元権力者やお偉いさんの自己顕示じこけんじよく丸出しの長い話も無く、居眠りイベントも発生しない程あっさりと終了した。


 式典後、300名程の俺達高等部新入生は、それぞれのクラスに移動してホームルームを行っている。


「諸君、先ずは入学おめでとう。

 僕はこれから三年間特殊科Aクラスを担任して行く事になるすめらぎ ソウマだ。君たちがクラス落ちしない限り、卒業まで基本的には一緒と言う事だな。」


 特殊科1-Aにはたった6名しか在籍していない。

 C〜Dクラスには、だいたい各30名位だそうだ。

 何でこんなに少ないんだAクラスだけ・・・特に女子が。


「現在ここAクラスには6名が在籍している。Aクラスの定員上限は毎年10名。だが、Aクラスの要求水準を満たす生徒がいなかった場合は、在籍数0もありうるんだ。

 つまり・・・」


 ゴクリ


「おめでとう。諸君らは現在、歴代の1-A生徒と同じレベルだと言う事だね。」


「先生、それは足切りレベルで見ればでしょう?

 上のレベルで見ればその限りではない。」


 皇先生の話に口をはさんだのは、先程から俺をチラチラにらんでくる長髪の男だった。


「ご名答〜。」


 そう言って皇先生は、黒板にスラスラ文字を書いた。


聖級ひじりきゅう伏魔師 →伝説級

特級とっきゅう伏魔師


壹級いっきゅう伏魔師 →ここ目指そう!

弐級にきゅう伏魔師

弎級さんきゅう伏魔師

肆級よんきゅう伏魔師 → 特殊科卒業者


「まあ天霧あまぎりくん以外はみんな知ってる事だが、伏魔師の階級はこうなっている。

 学園の特殊科を卒業すれば、みんな、ココ、肆級よんきゅう伏魔師になる。Aクラス、C〜Dクラス関係なしにだ。」


 クラス全員当たり前の顔をして聞いている。

 えっ、これ常識なの?


「そこで、Aクラスの学生には、ラッキーチャンスがある。」


 突然皇先生の雰囲気が変わった。


バン!


「才能を示せ!若鷹よ!

 僕と東西両院の学園長のたった三人が認めれば、君らは在学中に上の階級に昇級出来る。

 そして、階級につけば、君らは学生でも伏魔師として給料が貰える。」


「えっ、伏魔師ってサラリーマンだったの・・・」


 うわっ、クラスのみんなに顔見られちゃったよ。


「ちっ、これだから野良のらは・・・」

「あまりにも無知すぎる!」


「はいはい、続けるよ。

 では、B〜Dクラスにはノーチャンスなのか?

 いいや、チャンスは平等にある。」


「決闘!」


 さっきから睨みつけてくる長髪が言った。


「そのとおーり。他のクラスの学生は、諸君の持つ席次に挑戦する権利がある。

それに負けたら君たちは席次を失ない、クラス落ちとなる。」


 クラス落ちの言葉にクラスの多くかピクリと反応した。


「そして、Aクラスの場合、この決闘と学園外での妖魔討伐ようまとうばつ実習だけが、考査の対象になる。」


 俺たちの一人一人の反応を確かめるようにゆっくりと見渡して、皇先生はこう締めくくった。


「競いたまえ、Aクラスの諸君。学園は君たちの結果に報いよう!

 学びたまえ、諸君。生き残るために必要な知識・技術は全てここにある。

 君たちが示した才能次第では、学園はは弎級さんきゅう以上の評価を下そう。」


 そして再び皇先生は黒板に大きく数字を書いた。


35%


「みんな、この数字が分かるか?」


「・・・・・・・・・」誰も分からない。


「 卒業後3年以内に死亡する伏魔師の確率だ。

このクラスの内2人が21歳を迎えられない。

 だからこそもう一度言う。Aクラスが求めているのは雀ではない!鷹だ!それも、とびきり獰猛どうもうな鷹だ!」


 クラスがクソ重い雰囲気に満たされた。


「先生〜!先生の階級は何すか?」


「特級だ。」


 獰猛な顔で答えた。

 なんだ、こっちが地の顔じゃないか。


「じゃあ俺、皇先生に決闘を挑みま〜す」


 今度こそクラス全員が一斉に俺を見た。


「2学期までまて、天霧。1学期はC〜Dクラスへのボーナスタイムだ。」




*************


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