8話

 二人は車で坂を下り、柏名湖に架かる橋を渡って喫茶ウェスタの駐車場に車を停めた。

 千堂が、懐中電灯の光を絞って店の軒先に立っている。店の中は真っ暗で、すべての照明が落とされているようだ。

 CLOSEDクローズドの札が掛かったドアを開けて、千堂は史岐達を中へ導く。

 奥にあるボックス席で、暖色の小さな光が揺れていた。テーブルの上にキャンドルのようなものが置かれているらしい。昨日、二人が座った席よりも、やや店の中央に近い位置だった。

 飲みものが必要かどうかを訊かれて、二人ともホット・ココアを頼んだ。暗がりの中、千堂がそれらを銀のトレイに乗せて運んでくる。

「この席に、何かあるのですか?」利玖が訊いた。

「ええ」千堂は上を指さした。「天窓が一番よく見えます」

 二人は視線を上に向ける。確かに、この席に座って見上げると、ちょうど天窓に正対する角度だった。だが、今は白い布製のスクリーンがかけられており、窓の向こうの景色は見えない。

「少しお待ちくださいね……」千堂は厨房に戻ると、奥にあるドアを開けてさらに先へ進んだ。その辺りに、各種のスイッチや配電盤が集まった区画があるらしい。

 しばらく、何かの蓋を開けては閉じ、ボタンを押すような、無機質な物音だけが聞こえた。

 それを待つ間、ココアに口をつけながら、利玖は横目で史岐を見た。何食わぬ顔で、彼もココアを飲んでいる。

 わかったかも、とはどういう意味だろう。今夜の空模様で彗星が観測出来るはずがないと思っているのは、利玖も同じだ。

 ならば、これから自分達が見せられるものは何なのか、と考えていると、天窓付近でモータが回るような音がし始めた。

 スクリーンが徐々に巻き上げられていく。

 やがて、その下から、燐光のような青白い光がこぼれると、利玖は思わず、あっと声を上げた。

 天窓いっぱいに燦然さんぜんと輝く光の像が映っている。

 星の輝きをすくい取る絵筆で銀河の中心をかき混ぜた後、さっと、その先端で空をなぞったように、様々な色彩、輝度、不ぞろいな光の粒が入り混じっている。一瞬で瞳の奥に焼きつくようなはげしい光だった。

 額縁を思わせる長方形の天窓の左下に、一際はっきりと輪郭が浮かび上がった光の球がある。それは、右上に向かって、飲みものに入れられた角砂糖のように拡散し、幻想的な光の帯をたなびかせて夜空に横たわっていた。

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