32話

 佐倉川利玖と熊野史岐は、週が明けた金曜日の午後、再び柏名湖を訪れた。太陽はまだ十分に眩しく、久しぶりに高地・潟杜市らしい青空が広がっている。

 一度、喫茶ウェスタの前を通り過ぎ、彗星を探した駐車帯に車を入れる。

 以前訪れた時よりも確実に雪の量が減っていて、ガードレール下の地面には、いくつかの春草が芽吹いていた。

「チョーカーが良いです」しゃがみ込んで植生の観察をしていた利玖が唐突に言った。「史岐さんから何か贈ってもらうなら、チョーカーが良い気がします」

「……ああ」煙草を咥えて車のボディにもたれていた史岐が、処理落ちしたような沈黙の後、煙草を手に移して煙を吐いた。「りょうらんせきの加工のこと言ってる?」

「もちろんです」利玖は彼を仰いで頷く。「オーダーメイドでチョーカーを作ってくださるお知り合いがいらっしゃるのでしょう? しかも、妖絡みでも実用可能な物を」

「えらく切り込んでくるね」史岐は苦笑した。「びっくりした……。ちょっと今、頭が真っ白になったよ。僕の緊張をほぐそうとしてくれたのなら、効果抜群だね」

 そう言って煙草をもみ消す史岐は、式典帰りでもないのにクラシカルなスーツとロングコートを着用している。利玖も、入学式の時に買ってもらったリクルート・スーツと黒のパンプスだった。

 示し合わせたように──というよりも、示し合わせたからなのだが──こんな格好をしている事には、もちろん理由がある。非常に刺激の強いスリルが、胡椒みたいにたっぷりと擦り込まれた理由だ。二人がわざわざ遠回りをして駐車帯で時間を潰している事にも、少なからずそれが影響している。

「そろそろ行こうか」史岐が腕時計を見て言った。二本目の煙草に火を点けてしまったらきりがない、と思ったのかもしれない。

「はい。よろしくお願いします」利玖は立ち上がって助手席のドアを開けた。

「蛉籃石って、どんな色をしているんですかね?」

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