9話
「え、なんで……」利玖は思わず腰を浮かせていた。「だって、今は曇っていて……」
それすら言い終わらないうちに席を立つ。ボックス席の間を駆け抜け、最短距離で入り口まで走った。
ドアベルを鳴らして外へ出る。
車道との境界に引かれた白線の手前で立ち止まって、天窓の開口部から推測した方角の夜空を見上げた。
木の枝や街灯には遮られているわけではない。しかし、いくら目を凝らしても、星は一つも見えなかった。
利玖は店内に戻り、もう一度天窓の下に立つ。
硝子越しに見上げると、未だくっきりと、焼きつくように空に浮かんでいる彗星がそこにあった。自分の目が暗さに慣れた為か、その輝きは、スクリーンを上げられた直後よりも増しているように感じられる。
無意識に、腕を組み、きわめてわずかな量のため息を断続的に漏らしていた。
どういう事だろう……。
考えながら、ゆっくりと歩き、また外へ出る。
今見ているものの
情報工学分野の技術が使われているという事だろうか?
外に出ると、利玖は立ち止まって、ほ、と発音する時の形に口を開け、胸に溜まっていた比重の大きい空気を外に逃がした。
星空にヴェールをかけている濁った
「彗星に変化はありますか? ここからは何も見えません」
「ちゃんと見えるよ」と史岐の声がした。まったく驚いている様子もない。
再び、ため息。
その後、利玖が店の軒先で彗星の仕掛けについて考えを巡らせていたのは、時間にすればわずか五分にも満たない間の短い出来事だったが、コートを着ずに出てきてしまった事による全身を押し包むような冬の山の寒さが、中で史岐に種明かしをしてもらおう、と決意させた。
組んでいた腕をほどき、深呼吸をして踵を返す。
しかし、彼女の足が入り口のステップを踏む前に、泥のようにざらついた粘性のある冷たさが片方の足首にすがりついた。
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