7話
史岐はとっさに、利玖をかばうように前に出た。
一瞬、懐中電灯の光が直接顔に当たったようだ。目が眩んで、史岐は思わず顎を引く。背後の利玖が驚いたように、びくっと上着を握る感触が伝わってきた。
「あ、やはり、あなた方でしたか」
「……千堂さん?」史岐は、目を瞬かせながら声をかける。「お店はどうされたんですか?」
「今、鍵をかけて来た所です。今日はもうクローズにしようかと」千堂が懐中電灯を持っていない方の手を掲げると、何か、銀色の小さなものが光った。店の鍵だろうか。
「特徴のあるエンジン音だな、と思って窓の外を見たんです。そうしたら、この車が店の前を横切って、駐車帯に向かうのが見えたものですから」
史岐の車は国産のライトウェイト・スポーツカーで、二人しか乗る事が出来ない。よって、勿論、小型だが、幌を開けて走行する事が出来るという特徴があり、それは外見からも明らかだった。車体の色がモス・グリーンなのに対して、幌の部分は牧歌的な麦藁色なので、その対比は暗い山の中でもわかっただろう。三十年ほど前にデザインされたものだから、街中で見かけたら、しばらくは記憶に残るはずだ。
「そこからだと、彗星は見えませんよ」千堂は二人に背を向ける。「どうぞ、店の方へいらしてください。営業は終了していますから、お代は頂戴しません。サービスで、お飲み物くらいはお出しできるかと」
そう言うと、千堂は再び懐中電灯を点けて坂道を戻り始めた。
「どうするんですか」利玖が指でつまんだ史岐の上着を引っ張りながらささやく。
「どうするって……」史岐は、すぐに答えが出ない。
前触れのない彗星の出現を予言した事。そして、数日前に初めて店を訪れたばかりの自分達を、車のエンジン音だけで特定して、店を閉めてまで追いかけてきた事。それらの事実から、今の時点で、千堂に対してかなり高い危機意識を抱いている事は否めない。
「でも、戻るにしても一本道だから、店の前をもう一度通らないといけないよね。素通りしたら心証は良くないかな」
「わざわざお店を閉めて様子を見に来てくださったのに、それは
「そうだね……」
店の中からは彗星が見えるというのはどういう事だろう、と史岐は考えた。
この曇り空では、少し場所を変えたくらいで天体の観測が可能になるとは思えない。その問題をクリア出来るほど性能の高い観測設備を個人で所有している、という事だろうか。
あるいは、店内にあった天窓が、実はモニタとしてディジタル機器に接続されていて、リアルタイムで空の様子を映しているのかもしれない。コストは掛かるが、映像を作る技術さえあれば、客の好みに合わせた様々な演出が出来る。集客手段としては悪くないだろう。
「行くなら、何か食べたかったな」史岐は腕時計を顔に近づけて呟いた。「もう二十時……」
そこまで言って、ふいに史岐は沈黙した。
文字盤を見つめたまま、じっと固まっている。
利玖が怪訝そうに眉をひそめて顔を覗き込むと、史岐は視線だけを動かして彼女の方を見た。
「僕、わかったかも」低い声でそう言った口もとに、かすかに笑みが浮かぶ。
「たぶん、危険はないと思うよ。行ってみる?」
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