6話

 翌日、土曜日は、完全に日が落ちるのを待ってから二人で再び柏名山に上った。

 昼間は良く晴れていたのだが、日没間際から雲が出始め、今では完全に空全体を覆っている。これは、潟杜市ではよく見られる天候の推移パターンだ。市の中心部でも六百メートルほどの標高があるので、天気が変わりやすく、特に昼間が理想的に晴れていれば晴れているほど、夜になってから雲が出やすいという傾向がある。

 それでも、いくらかは雲が流れる事を期待して山頂近くの駐車帯までやって来たのだが、やはり、星も月もほとんど視認出来なかった。

 これも、市街地が高地にある関係で、潟杜市内には夜間でも出入りが可能な展望台が幾つかある。その中でも観測場所に柏名山を選んだ理由は二つあった。

 一つは、もちろん、千堂が指定した場所である事。彗星の出現に伴う何らかの危険があるだとしても、彼の近くにいればそれを免れる可能性が高い。

 もう一つは、単に人気の少ない場所だから、という事で、なまじ大学が近くにあるばかりに、場所選びを誤ると暗闇でカップルに遭遇して双方大変に気まずい思いをする事になる。

 そういう理由なら、自分達だって堂々と胸を張って乗り込んでいけば良いのではないか、と史岐は思ったが、今回はそういった趣旨とは若干異なるだろうと思って黙っていた。

 展望がきく駐車帯は喫茶ウェスタよりも高い所にあり、一度、車で店の前を通り過ぎる。ここを訪れるのは、史岐にとっては二度目だった。

 初めて訪れた、あの時には星が見えただろうか。

 よくわからない。そんなに上の方を見る気力など、たぶん、なかったのではないだろうか。

 だが、今は近くに利玖がいる。

 すぐにそんな連想をした自分が、底抜けに単純で、馬鹿らしく思えて、そしてまた、ヒトの感受性なんてものは、たとえ同じからだの中で生み出される物であっても、こんなにも環境によって左右されるものなのか、と思って、史岐は暗闇でひっそりと唇をゆがませた。

 ガードレールの両端の間を行ったり来たりして彗星を探していた利玖が、史岐の隣に戻ってきて、残念そうに「見えませんね」と言った。

「そもそも、どの方角に現れるのかが不明ですし、こんな状態では『実在しない』と断言する事も出来ません」

「何時くらいに見えるのかも訊かなかったね」

 史岐は自分の腕時計を見て言った。長針と短針に蓄光塗装が施されているので、暗闇でも時間がわかる代物だ。

 そろそろ二十時になる。夕食を取らずにやって来たので、正直、かなりの空腹感を覚えていた。

「本当に地球がなくなる夜も、こんなに静かなのかな」

 その史岐の呟きは、もし自分が生きている間にそんな瞬間が訪れるのだとしたら、今のように利玖がそばにいてくれる時が良い、という思いからこぼれた言葉だったが、彼女から返ってきたのは、

「我々の意識がなくなるのが先だったら、それは、静かだと認識出来るんじゃないですか?」

というきわめてシンプルな定義だった。

「でも、どうなんでしょう。それも怖いですよね。周りにいる人間が一斉に意識を失い始めたら、それは、明らかに異常でしょう?

 それなのに自分も、為す術なく五感が失われていく。たぶん、もうじき死ぬ、という事くらいはわかるでしょう。

 ちょっとぞっとしますね。それならいっそ、隕石の一つや二つ、どかんと降ってくるのを見ながら迎える死の方が、興奮で気が紛れて良いかもしれません」

「よく、そんな具体的な発想が出来るよね」

「実習で生きものを扱っていると、色々と考えさせられるのですよ。カエルの時には参りましたねえ」しみじみと言いながら、利玖は顎に人差し指を当ててくるっと瞳をめぐらした。「あれは……、確か、初夏でしたか。田んぼにいる時期じゃないと出来ませんから」

「え?」史岐は思わず彼女の顔を見る。「待って、じゃあ、解剖するやつ、自分でその辺から捕ってくるの?」

 そう訊いた時、突然、彼らの右側、坂道の下の方から、強い人工の光が二人に向かって照射された。

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