5話

 喫茶ウェスタを出た二人は、柏名山を下りて市街のスーパ・マーケットに向かった。

 夕飯時を過ぎているので駐車場は空いている。すぐに車を駐める事が出来た。

 店内に入っても客足は疎らで、ゆっくりと売り場を見て回る余裕がある。しかし、その分、生鮮食品のコーナは物寂しくなっていた。

 利玖がカートを押して、史岐はその後ろについて行く。精肉コーナの手前に、鮮魚コーナがあって、いつもは二人とも素通りするのだが、今日は、利玖がそこで立ち止まった。

「気になりますね」刺身を見つめている利玖から低い呟きが漏れる。「空にあるものなら、やっぱり魚は入りません」

「え、そこ?」

「そりゃ、そこでしょう」利玖は怪訝そうに史岐を見上げた。「実際に千堂さんが目にした景色なんですよ」

「僕は、それよりも、彗星が見られると断言した事の方が気になるけどな……。そんな一大ニュースだったら、テレビやネットで出回って、僕も利玖ちゃんもちょっとは知っているはずだよ」

 史岐が指で先を示すと、利玖は用のない鮮魚コーナを離れて精肉コーナの方へ移動を始めた。

 しばらく、黙って何か考えていたが、振り返って背伸びをして、史岐の耳元に口を寄せる。

「もしかしたら千堂さんも、柊牙さんのように、特別な感覚をお持ちなのかもしれません」

 とみしゅうは、史岐と同じ情報工学科の学部三年生で、サークルのバンド仲間でもある。史岐がボーカルで、柊牙がベースの担当だ。

 表向きの彼の特別さというと、さほど必死に勉学に打ち込んでいるようにも見えないのに学科で上位の成績を維持し続けている高い計算能力や、ベースの演奏技術が大半を占めるが、史岐と利玖は、去年の秋に起きたある騒動を経て、彼の両目に本来はヒトが持ち得ないはずの特異な力が備わっている事を知っている。

 ある場所で起きた過去の出来事を自身の視界に投影して見る、というのも、その一つである。

 利玖が言いたいのは、千堂はそれとは逆に、未来予知のような能力を持っているのではないか、という事だろう。

「それは、ないとは言い切れないけど……。だけど、彗星ってそんな、いきなりぱっと現れるようなものじゃないでしょ? さすがに前日になったら、どこかの研究機関が前触れくらいは捉えていそうなものだけど」

「ええ、それは、そうなんですよね」

 利玖は眉をひそめた表情で、鶏つくねのパックに手を伸ばした。刻んだ柚子や調味料を入れて練った状態で売られているので、スプーンで丸めて投入するだけでつくね鍋が完成するという便利な逸品である。消費期限は二日後だった。

 先にカートに入っていた何種類かの野菜とスナック菓子を端に寄せて、鶏つくねのパックを入れるスペースを作った所で、利玖は手を止めて「あ」と呟いた。

「あの、今、思いついたんですけど」そう言って史岐を見た彼女の顔には、自分の言っている事に自分で戸惑いを覚えているような、奇妙な微笑が浮かんでいた。

「たとえば映画なんかで、隕石の衝突によって遠からず地球が滅亡する事がわかった時、それを国民に知らせるべきか否か、みたいなテーマってありますよね」

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