第5話 7月、マジで勘弁してくれ


0:7月、有希の家。


美樹:聞いて有希っ!先生がね!先生がひどいの!

有希:おうおう、どした

美樹:先生が…先生が雄なの!

有希:はい?

美樹:雄みが凄すぎるの!もう私まともに顔が見られないの!

有希:ラブラブってことね…一秒でも心配した私がバカだったわ

美樹:有希はあの顔を!声を!体感してないからそんなこと言えるのよ!…もうなに、あの甘い顔!あんなに私の名前柔らかく呼ぶことないじゃない!

有希:ドーナツ食べていい?

美樹:いっつも眠そうで飄々としてダボ~っとしてるのが私たちの小林先生だったはずなのに…それが…それが…!

有希:なに?嫌になったの?

美樹:嫌なわけないじゃない!でもっ…でもっ…苦しいの!胸が!胸が苦しいのぉ!

有希:はいはい、お薬出しときますねぇ

美樹:私も!先生を翻弄(ほんろう)したいの!

有希:はい?

美樹:なんか私だけドギマギしっぱなしで、先生全然余裕なのが悔しいの!

有希:はあ

美樹:なんかない?先生をドキッとできるアイディア!

有希:って言われても。大体、歳離れてるんだから経験値が違うことくらいわかってたはずでしょ?

美樹:そうだけど!先生に雄を感じてなかったというか…いや、男の人だってことはもちろんわかってたし、かっこいいし可愛いなってずっと思ってたけど…

美樹:でも違うの!私が恋した小林先生はあんなに男の人ではなかったの!今もう気軽にカッコいいとか言えないの!心臓が止まりそうなの!

有希:一度止めてみたら?

美樹:有希!真面目に考えてよ!なんで付き合ってるのに私ばっかりこんなに振り回されてるの!おかしい!

有希:そうですか

美樹:ねぇ、どうやったら先生をグラッてできる?私この4か月間、結構頑張ったんだよ?

有希:そんなにしょっちゅう会ってんの?

美樹:ううん。月に1度とか、2週に1度くらいなんだけど

有希:そんで?何を頑張ってんのさ

美樹:髪型変えてみたり、リップもグロスとかいろいろ試してみたし、オフショルダーの肩出しワンピースとかも着てみたの!

有希:で?先生の反応は?

美樹:可愛いねって、それだけ

有希:へぇ。先生可愛いって言うんだ

美樹:言うの!すっごく!

有希:惚気ないで

美樹:惚気じゃない!

有希:なにが不満なのさ。褒めてくれるってことは、ドキッとしてくれてるってことでいいじゃん

美樹:違うの!絶対余裕なの!小動物相手にしてる感じなの!

有希:そうかなぁ?

美樹:有希!私って…魅力ない?

有希:なんでそうなるの

美樹:有希はすらっとしてるしカッコいいし、うちらの中でもなんか大人な感じだったじゃん!

有希:そうかなぁ

美樹:そうなの!ねぇ有希、お願い!私を魅力的にして!

有希:魅力的ねえ


0:小林の家。


小林:ダメだ…きつい…

玲奈:どしたのさとにぃ

小林:…ぬるっと入ってくんな、ぬるっと

玲奈:恵理子おばさんがあがってって言うんだもん。ほい、今日はピーマン

小林:さんきゅ。にしてもお前の近所、みんな農家なのか?

玲奈:固まってるね。しかも大体採れるもの一緒だから、今はなすとピーマンが毎日のように届くよ

小林:なるほど

玲奈:で?なにがきついって?

小林:聞いてたのかよ

玲奈:あたし耳いいのよ

小林:あと目もな。お前2か月くらい前遊園地来てたろ

玲奈:バレてた?

小林:あんだけ視線感じればわかんだろ

玲奈:でも美樹は気づいてなかったでしょ。あんた以外見えてませんって顔してたし

小林:…はぁ

玲奈:何よそのため息。美樹とうまくいってないの?

小林:いや、別に

玲奈:別にって何よ、別にって。気になるじゃない

小林:すこぶる順調だよ

玲奈:だったらなんでそんな辛気臭い顔してんのよ

小林:…なあ玲奈

玲奈:なにさ

小林:…女って、なんであんなに成長スピード早いんだ?

玲奈:はぁ?

小林:子供だと思ってたんだよ。待つしかないと思ってたんだよ。なのに…

玲奈:何が言いたいのよ

小林:美樹はたけのこかなんかなのか?

玲奈:たけのこ?

小林:会うたびなんか、綺麗になってくんだよ。横顔なんかもう…ちゃんと大人の女なんだよ

玲奈:あたしら成人してんだから、大人なの当然でしょ

小林:いや、お前に全然そういう感情湧かねぇし

玲奈:一回埋めてやろうか

小林:はぁ…玲奈はこんなに子供なのに

玲奈:ちょっと、失礼が過ぎない?

小林:つらい。マジで。もうちょっとゆっくり育ってくれてもいいのに

玲奈:なんでさ。さっさと大人になってくれないと、さとにぃだって辛いでしょ。手、出しにくいじゃん

小林:出す気ねぇんだよ

玲奈:は?なんでさ

小林:俺は二十歳でばっさり線引くタイプの男なの。18とか、まだまだ子供じゃねぇか。くそ…子供のくせに

玲奈:意味わかんない。…あ、着信だ。有希?もしもーし。…え?なにそれ、おもしろそう。あ、でもでもだったら~

小林:保(も)つかな、俺…

玲奈:小林センセ♪

小林:あ?家の中でその呼び方すんな

玲奈:ちょっと車出してよ

小林:…はぁ?


0:有希の家


有希:え~!ほんとに小林先生来た。なんで玲奈連絡先知ってんの?

玲奈:まーね

有希:まーねってなによ。とりあえず、お久しぶりです

小林:お久しぶりです。で、これは?なんで美…近藤さんが真っ赤なんですか

有希:えっと~美樹が魅力的になりたい、とか言うから~

小林:はい?

有希:手っ取り早く魅力的になるなら、やっぱりぽやっとしたらいいのかな~って

小林:意味が分かりません。また宇宙語ですか

有希:違いますよーほら、酔っぱらった人ってなんか艶っぽくて色っぽいじゃないですか

小林:話が見えません。そもそも、なんで魅力的になりたい、なんて話になってるんですか

有希:だって美樹が「先生をドキッとさせたいから協力して!」って押しかけて来たんですもん

小林:はい??

有希:んで、新歓コンパで酔っぱらった女の子が可愛かったな~って思いだしたから

小林:…まさか、飲ませたんですか?

有希:先生目が怖いです~飲ませてはいませんよ?うちのパパがフランスのお土産で買ってきた、ちょ~っとお酒成分強めのチョコレート出しただけで

玲奈:マジでウィスキーボンボンで酔っぱらう人いるんだねぇ

有希:まあ、国内のものよりは強いからね。んで、あんまりおもしろかったから玲奈に電話したら、ちょうど小林先生と一緒だって言うんで

玲奈:連れてきちゃった、ってわけよ

小林:なるほど

有希:まあ、言ってもチョコレートだし、発疹とかアレルギーとかもなさそうだし、ちょっと顔ほてってるだけなんで心配はいらないと思いますよ

玲奈:ちょっと、って赤さじゃないけどね。…美樹~わかる~?玲奈だよ~

美樹:(酔っぱらって)あれ~?玲奈~!なんでここに~?

小林:近藤さん

美樹:あーー!!せんせーだ!

小林:ほんとに酔っぱらってますね

美樹:えへへ~せんせー好き~

小林:…そうですか

美樹:ねぇ、せんせ~?私色っぽくなりましたか~?ドキッとしますか?

小林:そうですね

美樹:えーそっけない~ひどい~

小林:……伊藤さん

有希:はい?

小林:近藤さん、車に運んでいいですか?ご自宅まで送っていきます

有希:むしろそうしてください

玲奈:私はせっかくだし有希ともうちょっと駄弁(だべ)ってから帰るわ

小林:…じゃ、もらっていきますね。近藤さん、立てますか?

美樹:立てますよぉ~えへへ~先生、好き~

小林:ちょっと黙っててくださいね


0:小林・美樹退場。


玲奈:美樹、大丈夫かな

有希:うーん…いろいろな意味で大丈夫じゃない気がするけど、ま、いいんじゃない?大人だし

玲奈:有希、悪い顔してるよ~

有希:そういう玲奈もね


0:場面転換。車中にて。


小林:美樹

美樹:はーい

小林:眠かったら寝てて

美樹:眠くないです~子供扱いしないでくださーい

小林:(小声で)ほんとに子供だったらどれだけましか。中途半端に大人になるなっつの

美樹:えー?先生なんか言ったー?

小林:なんにも。にしても呼び方、また戻ってるよ

美樹:えー?えへへ~有希や玲奈と一緒にいると戻っちゃって

小林:全く

美樹:……先生?

小林:なに

美樹:怒ってる?

小林:なんで

美樹:だって、なんか、怖いもん

小林:怒ってない

美樹:嘘

小林:嘘じゃない

美樹:じゃあ、なんで私のほう見てくれないの?

小林:運転中だから

美樹:じゃあ止めてください!

小林:…ったく


0:車停車。


美樹:…先生は、ずるい

小林:なにが

美樹:私ばっかり、先生のこと好きだもん

小林:なんでそう思うの

美樹:だってずっと、余裕そうだし

小林:…そう見せてたから

美樹:嘘!

小林:嘘じゃない

美樹:じゃあ、先生私にドキドキする?

小林:してるよ

美樹:嘘

小林:嘘じゃない。なんなら今から証明しようか

美樹:え?

小林:……はぁ。今の忘れて

美樹:えぇ~?なにそれ…やっぱり先生は私のことなんて好きじゃないんだぁ

小林:なんでそうなるかな

美樹:だって、好きって言ってくれないし

小林:え?

美樹:…付き合ってから一度も、好きって言ってくれないし

小林:……そうだっけ

美樹:そうだよ!いつも私ばっか好きだもん

小林:そんなことないよ。…美樹、眠そうだよ

美樹:またそうやって子ども扱いして!

小林:美樹は可愛いよ

美樹:うぅ…先生のバカ

小林:いいからもう寝てな。ついたら起こすから

美樹:先生…好きだよ

小林:知ってるよ


0:寝落ちした美樹を見て


小林:はぁ…マジで勘弁してくれ…ほんとに食うぞこら。可愛すぎんだろ。…ほっぺくらいならセーフか?……おやすみ、好きだよ、美樹(リップ音)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る