第16話(番外編4)待ってて、有希さん

N:ナレーション寄り、M:モノローグ(心の声)寄りで書いていますが、演じ分けは自由です。



友弥:(N)16歳と38歳。親子ほども離れている女性を、僕はかれこれ10年近く想い続けている。歳の差22。高すぎる壁は今日もまた、僕の前に立ちはだかるのだ


0:3人、リビングにて


美樹:そう言えば今日ね、有希お見合いするんだって

友弥:え?

友弥:(N)母さんが何の気なしに放った一言は、テレビを見ていた僕の意識を瞬時にかっさらった

美樹:親戚の人に是非会わせたい人がいる、って勧められて断れなかったみたいで会うことになっちゃったんだって。この間、気乗りしないって電話でボヤいてたの

悟:伊藤さんも今年38歳だからな。そういう話の一つも舞いこんでくるか

美樹:まあねー。でもお見合いなんてめんどくさい~って結構嘆いてたよ、有希

友弥:(N)何も知らない母さんが目じりを下げて笑う。僕の気持ちを知っている父さんが、チラと僕に視線を向けた

悟:そりゃ大変だな。じゃあ今はめかしこんで見合ってる最中か

美樹:そうかも。ランチするって言ってたから。ほら、えっとなんだっけ?駅前の高そうなビル

悟:あープリンスタワー?

美樹:そう、そこ。そこの上の方にある和食屋さんでご飯するんだって。懐石料理なんて肩が凝るって言ってたよ

友弥:(N)即座に手にしたスマホでプリンスタワー、レストランで検索を掛ける。和食…懐石を扱う店…あった。【はなみづき】。考える前に足が動いた

友弥:僕、ちょっと出かけてくる

美樹:え、今から?どうしたの突然

友弥:急用

美樹:急用って何よ。お昼ご飯もうすぐできるわよ?

友弥:ごめん、帰ったら食べるから

美樹:あ、ちょっと


0:友弥退場


美樹:行っちゃった。帰ったらって…お昼おそうめんなのに。伸びちゃうじゃない

悟:まあまあ。俺が2倍食うから、そう目くじら立てるな。あいつにとっちゃ緊急事態発生なんだから

美樹:なによそれーもう!


0:レストラン街にて


友弥:(N)高そうなお店がズラリと並ぶフロアで、僕は途方に暮れていた。場違いなパーカー姿の僕を何人かの人がいぶかしげに見たけれど、それにかまけている余裕は無い

友弥:(M)どうしよう。勢いで来ちゃったけど…なんて言って突撃すればいいんだろう。まだお店にいるのかな、有希さん

友弥:(N)ただのナンパなら、すごく不本意だけど「お母さん」と呼びかければ追い払える。実際、昔はそれで何度か追い払えた。でもお見合いは違う。相手との関係性がある。あまり無茶なことをしたら有希さんに迷惑が掛かってしまう。【はなみづき】の暖簾(のれん)は、もうそこに見えている

友弥:(M)どうしよう…どうすれば

友弥:(N)そんな、フロアで立ちすくむ僕を救ってくれたのは


0:有希登場


有希:あれ、友弥くん?

友弥:え…

有希:やっぱり友弥くんだ。どうしてこんなところに?また背伸びた?

友弥:有希、さん…

友弥:(N)ずっとずっと会いたかった人が、数か月ぶりに会えた僕の想い人が、いつも以上に着飾った姿でにっこり笑っていた

有希:美樹たちと一緒に来たの?

友弥:あ、いえ…

友弥:(N)僕は状況も忘れて見惚れた。この人はどれだけ僕の心を揺さぶれば気が済むんだろう

友弥:(小声で)綺麗だ

有希:え?あ、ありがとう

友弥:…お見合い

有希:うん?

友弥:お見合いしたんですよね、今日

有希:あれ、美樹から聞いてる感じ?

友弥:はい。終、わったんですか?

有希:うん、今さっき解散したところ

友弥:そう、ですか

友弥:(N)握った手に力がこもる。視界に自分のスニーカーが映った。場違いな靴。場違いな服装。自分が子供過ぎて嫌になる

友弥:(N)大人はいつも、先を行く。転がり出したビー玉は決して戻ってこない。この人は、有希さんは…こうやって簡単に誰かのものになってしまうんだろうか

友弥:(こわごわと)どうでしたか。お見合い、どうでしたか

友弥:(M)声が震える。しっかりしろ自分。はじめから負け戦なのは覚悟の上じゃないか

有希:そんなに泣きそうな顔しないで、友弥くん

友弥:(M)ああ、情けない。みっともない

友弥:ごめんなさい。でも

有希:大丈夫。あんな最低最悪男、誰が好きになるもんですか!

友弥:え…

有希:もうさー聞いてくれる?ほんっとーに腹立って腹立ってさー!(周りに気づいて)あ、ここじゃなんだから…近くのファミレス行きましょ?付き合ってくれるんでしょ?

友弥:え、あの

友弥:(N)僕の返答も聞かずに、有希さんは僕の手を引いて…少しだけ楽しそうに、エスカレーターを目指した


0:ファミレスにて


有希:あんのクソオヤジ、「38歳なんですね、ふ」って鼻で笑ったのよ、バカにしたように!あっちからしつこくせがんだお見合いでよ!?

友弥:(N)店に入るなり、有希さんはアイスコーヒーを半分ほど一気飲みして吠えた

有希:あっち49よ、大台一歩手前!私より10以上歳上なのに何言ってんのって感じで!

友弥:相手は有希さんの年齢を知らなかったんですか?

有希:みたいね。親戚が見せた写真だけで見合い申し込んできたみたい。バカじゃないかと。それぐらい把握して来いっつの!年齢言った途端「結構いってるんですね」ってなめ腐って「結婚焦ってるならもらってあげますよ、歳の割には綺麗ですから」って…何様よ!

友弥:なにそれ

有希:その場で平手打ちして出てこなかった自分を褒めたいくらいだわ

友弥:ぶん殴って出てきたらよかったのに

有希:えー?まあ、イラっとしたけどそこは大人だし?この見合い話持って来たのが、両親が昔ものすごくお世話になった親戚でね、無茶するわけには行かなくてさー

友弥:僕、その場にいたら股間蹴り上げてたと思います

有希:股間って(笑)…大人はそんな簡単に蹴り上げられないの、色々あるのよ、めんどくさいのよ

友弥:…僕がどれだけ欲しいと思ってるんですか

有希:え?

友弥:冗談じゃない。もらってやるだなんて…僕がどれだけあなたが欲しいかっ…

有希:友弥くん…

友弥:有希さんにホントに好きな人が出来たら…しょうがないから諦めてあげます。でも、そんなクソオヤジに傷つけられるためにこんなに着飾らないでください。(有希の手を取って)あんまり、綺麗にならないで

有希:っ…

友弥:待っててよ。…諦めるなんて、ほんとは嘘。早く大人になるから、待っててよ

有希:…背、伸びたね。今いくつ?

友弥:171です

有希:たけのこだね。前会った時は私のほうが高かったのに、もう超えちゃったね

友弥:有希さんがなかなか会ってくれないからです

有希:だって、高校の数学は流石に教えられないよ。というか、先生まさに高校の数学教師だし、もう私が家庭教師をする理由無くなっちゃったでしょう?

友弥:そんなの、口実だったのに。そんなこと、とうに気づいてたくせに

有希:言っちゃうんだ

友弥:なりふり構ってられないから

有希:私愛されてるわね

友弥:愛してます

有希:っ……

友弥:ねえ、有希さん。どこにも行かないで。僕が大人になるまで待っててよ

有希:…エゴねぇ。友弥くん、すんごいこと言ってるの、分かってる?子供の【はしかみたいな恋】を信じて独り身貫けって言ってるのよ?

友弥:ごめん、自覚してます

有希:あーあ。昔は「どっか行っててもいいよ、もらいに行くから」なんて言ってたくせに

友弥:あんなの嘘。そんな自信ないです

有希:あら、カッコつけてくれないの?

友弥:つけられませんよ…だって…なんでこんなに綺麗なんですか。こんなの、誰でも欲しくなるに決まってるのに

有希:40手前の私を綺麗だって言うの、友弥くんくらいよ

友弥:僕の前でだけ綺麗でいてよ

有希:それって、ずっと化粧してろってこと?

友弥:なんでそうなるんですか。わかって言ってるでしょう?僕にだけ見せててよ、有希さん

有希:(ボソッと)…眩しすぎるって

友弥:え

有希:あなたは、私の親友の大切な息子。可愛い可愛い甥っ子みたいな存在

友弥:……それは、ずっと変わりませんか?

有希:変わらない

友弥:っ

有希:変わらない。…そう思ってたんだけどなぁ

友弥:え

有希:そんな巨大な好き、この歳でもらえることあると思う?何も感じないでいられると思う?すっかり声変わりして、手だってこんなにごつくなっちゃって。…もうちゃんと、男の人になってるあなたに、一ミリも揺らがないでいられると思う?

友弥:僕対象外じゃ、ないの?

有希:今のあなたは対象外。未成年は論外よ!…ちょっとときめいちゃうことはあるかもしれないけど、犯罪者にはなりたくないし

友弥:手を出すとしたら僕の方なのに

有希:こらこら。だとしても、罪に問われるのは私のほう。それが大人の責任って奴よ。…友弥くん

友弥:はい

有希:あなたには無限の可能性があって、これから先、私よりうんと若くて綺麗な子にわんさか出会って恋をするかもしれない

友弥:そんなこと

有希:いいから聞いて。あなたにはそういう素晴らしい未来を掴み取る力があるの。私なんか霞むような飛び切りの美人さんが、世の中にはごまんといる。あなたにはいくらでも選択肢があるの

友弥:有希さん

有希:だから…だけど。それでも私を選ぶって言うなら…私だって覚悟を決めるわ。あなたのこと、ちゃんと考える

友弥:…待っててくれるの?

有希:約束はできない。私だってあなただって生き物だから、心変わりはしょうがない。私は今のあなたにイエスは出せない。だから私たちの関係に名前はまだない。…わかるよね?

友弥:はい

有希:だけど、とりあえず……もうお見合いは断るわ。私を私以上に大事に想ってくれる人がいるのに、傷つけられる場所に行く必要ないもの

友弥:有希さん…

有希:あーあ!婚期がうんと伸びちゃった。40手前の女にストップ掛けたのよ?ちゃんと責任取って…あ、いや、足枷はお互いに要らないわね。私は勝手に待つし、あなたは勝手に想ってて。それを破っても互いに恨みっこなし、わかった?

友弥:はい。僕、いい男になります。有希さんが出会うはずだった人よりもうんと…だから待っててください

有希:口先だけの男は嫌いよ。勉強も運動も人付き合いも精いっぱい学んで、やりたいこと見つけて青春してちゃんと大人になって。…それで、その時にそれでもまだ私のこと好きだったら…その時は迎えに来て。今のところ、他行く予定無いから。来なかったらちゃんと忘れてあげるし、遅かったらよそ行っちゃうからね

友弥:絶対…絶対迎えに行きます

有希:約束はできないからね

友弥:はい…わかってます

有希:早く…いや、ゆっくり、大人になってね

友弥:はい。好きです、有希さん

有希:眩しすぎるよ、もう…

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