第5話 出会い
「悪いね、小夜子さん。報告書まで書かせる羽目になって。でも、これを乗り切ったら、大山会長にきちんと言って、特別手当出すからさ。うそじゃないよ。」
「特別手当なんて、炒りませんよ。ありがとうございます。」
菊川はうれしかったが、だいたい実質的なオーナーの大山は、会社にほとんどでてこないし、実際菊川は一度もあったこともない。
灰田社長は、自らコーヒーを入れて、捜査協力の報告書を書く、小夜子にふるまった。
「いやですわ、社長、コーヒーまで入れていただいて。そんなご心配無用ですから。刑事さんも一生懸命だし、私たちの会社の売り上げにも影響が考えられることですから、大切な業務です。」
小夜子の報告書は、警察の捜査先がすべてわかるだけでなく、警察がどこにこだわって、何を調べようとしているのかが明確にわかった。
「ほう、やはり、今日も怪しいことはなかったようだね。」
灰だ社長が、目をとおしながらつぶやいた。
「でも、無駄足だとは思っていません。こうやって、一つひとつ濡れ衣を晴らしていくのは、とてもいい気持ちです。最後には警察も私たちの誠実な運営を認めてくれるはずです。」
「ありがとう、そういってもらえるとうれしいよ。僕も苦労して、やっとここまでこの会社を持ってきた。君のような素晴らしいスタッフも集まった。この会社をもっと大きく、凄い会社にしたいんだ。だから、早く疑いを払しょくしなければ…。」
天才的な発想と逆今日にも決して笑顔を絶やさない灰田社長小夜子は尊敬していた。いやそれは尊敬をこえて、信頼と希望にかわりつつあった。
「あ、層だ、言うのを忘れていた。行事の予定変更だけれど、いいかな。」
「はい、何でしょうか?」
「秋に予定していたネットの定期メンテナンスだけれど、1か月ほど早めていいかな?」
「はい、可能ですけれど、なにか問題が?」
「もちろん、警察の疑いを払しょくするためさ。我々も色々なところと関係しているから、もしかして不正を行っている会社の影響を受ける可能性もある。いつもの定期点検に加えてこちらのシステムをもう一度きちんと見直したいんだ。菊川さんだけに苦労かけられないよ。こっちもがんばらなきゃね。」
「わかりました、では、各部署と詰めて、メンテナンスの日にちを繰り上げます。今週中でよろしいでしょうか。」
「ああ、それでいい。また、警察から何か来たら、よろしく頼むよ。」
「もちろんです、社長。」
灰田の入れたコーヒーは、ちょっとばかり苦かったが、小夜子は微笑みながら、それを飲んだ。
「おかしいですね。私も今週は夜中に三回ほど公園のあたりをパトロールしましたが、見知らぬバイクの若者たちは見なかったですね。特にあやしい人影はなく、馬鹿騒ぎの報告も聞いていないですね。」
近くの交番の巡査は首を傾げた。流石と丸亀は顔を見合わせた。まあ、でも何人もの青少年育成連絡会の人たちが言っているんだから、まったく嘘だということはないだろう。それとも、警察のパトロールの動きがやつらにすべて読まれているのだろうか。まったく、今回の事件はいちいち納得のいかないことばかりだ。
「わかりました。こちらでも独自に調査してみます。パトロールよろしくお願いします。」
チーム白峰の丸亀が、その大きな体を小さく丸めて巡査にお辞儀をした。
捜査はここのところで行き詰っている。さっきも、マナビーネットの菊川小夜子さんのサポートで、ご褒美ネットというネット通販サイトに顔を出してきたばかりだ。ここは、女性が自分のご褒美に、海外の贅沢な小物を買ったり、各方面の職人さんに頼んで、世界でただ一つ、逸品物の小物を作ってもらうこともできる。
ここのサイトは品物を送るので住所、氏名、電話番号、メールアドレスなどの入力が必要だ。でも支払いはやはりネットマネーなので、銀行口座や、他の個人情報とは無縁であやしい感じは特になかった。
しかし、助かるのは菊川小夜子で、彼女と一緒に行くと、応対がいい、専門用語の説明がよくわかる、捜査がスピーディーに進むといいことばかりだ。
「あれ、ポーチがない。また落としたかしら。さっきの会社で荷物を一時預かってもらっていたから、忘れてきたような気もするし…。ま、いいか。」
よくはないのだが、流石の忘れ物は、しょっちゅうなので特に驚きもしない。
「一応さっきの会社に電話を入れておくか…。あ、電話番号書いた紙、ポーチの中だ。しょうがない、ま、いいか。」
丸亀がちょっと心配そうに言う。
「…その、ポーチの中には、何か大切なものでも入っていたのかね?」
「いいえ、ティッシュとハンカチと化粧用具、それとメモ用紙ぐらいですから、特に重要なものはないです。」
ところが、本書に戻るとどうだろう。どうも、流石のポーチらしい落し物が、一つ先の交番に届けられたという連絡が入ってきた。
「やっぱり落としてたんだわ。一寸取りに行ってきます。」
あわてて、交番に向かって走り出す流石。その時、急にメールが入る。
「なにかしら?あ、こ、これは?」
それは待ちに待っていた、あの占いの館ミロスのベールで顔を隠していたルーン秋月からの占いメールだった。
「…なになに、忘れ物や落し物に注意。すっごい、当たっているわ。え、なになに?新しい出会いがあります。勇気を出して、一歩前に進んでみよう。運命の人になるかも。ヒョェー、私にもついに切る時が来たのかも。あと、くじ運がよくなってきているので、宝くじや福引に挑戦するとラッキー…うふふふ、ついに私の時代がくるみたいね。」
流石は大通りから脇道に抜けて、交番の近くに駆け出して行った。
「むむ、あ、あれは?」
流石はぱたりと足を止めた。道に一人のキャンペンガールが建って何かを配っている。よく見ると、「シラサギ化粧品、夏のキャンペーンラッキークジ」と書いてあるではないか。
「今日はくじ運がよくなってるわけね。す、すいません。」
聞いてみると、化粧品について簡単なアンケートに答えると、試供品が無料でもらえて、しかもくじが引けるのだ。
「よっしゃー、ひいたる、くじを引いたる!」
調子の出てきた流石は、気合を入れてスピードくじを引いた。三角くじを開けると、Aの02という文字が現れた。それをキャンペンガールのお姉さんに見せると、急に鐘が鳴った。
「おめでとうございます。二等に当選です。」
「二等って…。」
「日本国中どこか好きな場所へ、ペアで二泊旅行です。」
「すんごーい。やったわ。」
あとでどこに旅行に行くかご相談に伺いますと言うことになり、流石は、北海道や、沖縄、京都など、いろいろなパンフレットをもらって先に進んだ。
「やったわ。でも、ペアっていったい、だれと行こうかな。ウタポン忙しいから、二泊三日は難しいかしら…。
でも、出会いもいいって言っていたから、もしかすると、そのひととペア旅行なんてね…。ウヒョウヒョ。」
「すいません、天山署の白峰ですけれど…。」
交番に着くとベテランの巡査長がニコニコして迎えてくれた。
「はい、このポーチで間違えはないでしょうか。ご確認をお願いします。でもやはり、刑事さんは流石ですね。こんな小物にも、きちんと名前と連絡先が書いてある。みなさんこうだと助かります。」
まあ、今まで何度となく忘れ物、落し物をしているので、さすがにもう書くしかなかったんだけれどね。
「それで、拾ってくれた人は誰なんですか。」
「ああ、三高輝(みたかあきら)…この肩です。あとでお礼だけ言っておいてくださいね。なんか身長が高くて、ハンサムな青年でしたよ。連絡先はここです。」
なんだと、身長が高いハンサムな青年!ムヒョヒョヒョヒョ…
「ありがとうございました。」
帰り道、流石はさっそく三高に連絡をした。
「…はい、三高です。え、ああ、さきほど交番に…あ、はいよかった。落とし主が見つかって。」
それは落ち着いた優しそうな声だった。
「できたら、お会いしてお礼の一言も言いたいんですけれど…。」
「ああ、ちょうどよかった。私勤め先がすぐそばなので…はい、はい、それでは本当に良かったです。」
なんだろう、このトントン拍子は。夕方、三高に会うことになってしまった。なかなか誠実そうないい感じだ。え?これが出会い?ここで勇気をもって一歩進めば、運命の人がそこに…。なあんて、そこまではいかないと思うけれど。
帰り道、にやにやしながら本書に向かって歩いていくと、またメールがきた。あれ、またルーン秋月からだ。
「ええっと、ガビーン、なんだこりゃ。」
…ただ一つ、気になるのはあなたの後ろに不気味な黒い影が見え隠れすることです。もし気になるようだったら、メールをください。霊視できる能力者を紹介します…。
「へぇー、何なんだろう、黒い影。」
気になってなんとなく自分の後ろを振り返る。
「ヒぇ!」
驚いた。本当に誰かが自分を付けていた。そして、振り返った瞬間、近くの物陰に隠れた。その隠れる瞬間がチラリと見えた。女性?はっきりとはわからない。ためしに走ってみた。後ろでも、誰かが走っているような気がする。止まる。振り返る。また誰かがさっと物陰に隠れる。自分を刑事だと知ってるのか?だが、流石に天山署が近付くと背後の人影はいつのまにか消えていた。流石はさっそくルーン秋月へと、霊能者の紹介を頼むメールを送ったのだった。
天山署にかえると丸亀が少し硬い表情でこう言った。
「例のピザ宅配員の杉崎智也だが、証拠不十分で明日にも釈放だ。行っていることは辻褄が合わなくてボロボロなんだが、物的証拠がなくてね。残念だが、奴はよほど脅されているのか、最後の一歩になるとまったく何もしゃべらない。おびえて、震えてだんまりを決め込むんだ。まあ、泳がせて様子を見る方が確実かもしれないという意見も多くてね。」
「泳がせるのがいいかもね。あいつ行動が杜撰だからつかみやすいかも…。」
その日は勤務を早めに終えて、流石はいそいそと近くの中央公園に足を運んだ。ここは大きな噴水や花壇のある広井公園だ。流石はドキドキしながら、中へと進んでいった。
「あのう、失礼ですが、白峰流石さんですか。」
涼やかな噴水の陰からすらりと背の高い人影が近付いた。
「そうです。あなたが…。」
「かえってご面倒をかけてすみません。三高輝、みたかあきらです。」
夏の日差しにきらめく噴水のしずく、ナチュラルな長髪が、なぜか光って見える。流石は丁寧にポーチのお礼を言った。
「そうだ、おれ、独身で一人暮らしなもんで、夕飯代わりにパン買ってあるんですけど、一緒に食べませんか?」
「ええ、喜んで。あれ、これ、コニーフランスのパンじゃないですか。この辺じゃ、一番おいしい店ですよね。いいのかな、かえってこんな高いものいただいちゃって。」
さらに、三高が、水筒のお茶をカップに入れて差し出した。二人はしばらくベンチに座り、パンをかじりながらいろいろ話し合った。
自分より、いくつか年下らしい。年下もいいかな。流行かな。
不思議に趣味や好みが一致して驚く二人。
「ぼくもおいしいものが大好きで、でも作れないんで食べ歩くだけです。流石酸はお料理なさるんですか?」
まあ、もともと得意ではないけれど、裏道グルメ研究会に入ってからいろいろやるようになり、まあ最近は一通りできるかな。
「ええ、料理はよくやりますよ。」
「そうですか。じゃあ、今度教えてもらおうかな。」
「えっ?」
なんだろう、トントン表紙だ。明日の夜、流石のマンションに三高が来ることになってしまった。いいのだろうか、こんなに幸せで…。
そのころ流石のマンションのまわりを歩き回っている若い男がいた。しばらく歩いて確認が終わると、仲間の自動車がやって来て声をかけた。
「時間だ。乗れよ。」
劇団ファントムと書かれた小型トラックにその男は飛び乗ると去って行った。
そこにウキウキしながら帰って行く流石。あんなに趣味や好きなものが一致するなんて、やはり運命の人なのかなあ…。だが、マンションに帰ってきた時、名刺が挟まったパンフレットのようなものがポストに入っていた。
「誰か、うちに来たのかしら?」
カギを開けて家に入り、部屋着に着替えて、パンフレットに目を通す。中からパラ理と手紙が落ちた。
「あなたが担当している連続自殺事件で、もしかするとお力になれるかもしれません。私は銀行連合の振り込め詐欺Gメンの京極と申します。実はあの二人は、悪質な詐欺で多額のお金を失い、私がしばらく相談にのっていました。私が相談に乗っているうちはよかったのですが、しばらく連絡をしていなかったらあんなことになったので驚いているわけです。あのようなことになったのは、私の力不足ではないかと多少なりとも責任を感じております。また近日中にお伺いします。」
「うんうん。やはり、運が回ってきたわね。これで事件も解決に向かってまっしぐらよ。」
その時、玄関のベルが鳴った。誰だ?
「こんばんは。ご旅行先はお決まりになりましたか?申し込み書類をお届けに参りました。」
それは、昼のキャンペーンガールのお姉さんだった。
「いやあ北海道か、沖縄か、どちらかまよっちゃって…。」
「明日で結構ですよ。私、帰り道の途中なんで、また明日寄りますので、ごゆっくりお考えください。」
「ご親切にどうも。」
なんか、すごい展開の日だなあ。もとはと言えばあの占いのおかげだ。なんてよく当たるいなんだろう。むふふふ。ようし明日もがんばろうっと。
影で闇の牙たちが動き回っていることを流石はまだ知らない…。
次の日、曽根崎たちは次の参加団体、芸人ギルドの取材に出かけた。去年ここ天山市で芸人のシアターができ、地域を巻き込んで大盛況であった。それをきっかけに次々にこの天山市に芸人関係の店が立ち始めたのだ。できた芸人の店はバラバラで、カラオケボックスのような店から、津軽海峡のマグロ料理屋、その他各種飲食店やお菓子屋などがあり、いったいどんなキャラやグルメを用意しているのか予想もつかなかった。呼び出された店は、意外にトンカツ屋だった。
「あれ、この店って去年タウン誌の記事に載せたトンカツやの老舗トントンじゃないですか?」
「ほら、よく見てみろよ。看板が昔風に変わってる。とんカツ千両箱にね。あと外装も内装も江戸時代風にリニューアルされてる。何でも一から店づくりをするのが面倒だという芸人の天下りっていう漫才師が、金にものを言わせてこの評判のトンカツ屋を買い取って、自分たちの店にしちまったわけだ。料理人もそのままだし、だから、まあ、味は悪いはずはないと思うけどね。」
中に入ると、江戸時代の町娘や腰元風のウェイトレスが優しく迎える。テーブル席もあるのだが、曽根崎たちは奥の和室の個室に通される。窓の外には日本庭園が広がり、大きな池には錦鯉が優雅に泳ぐ。
しかもそこで待っていたのは、あの世界征服コントで売り出し中のダークサイダーの総統z様、いつもの鉄仮面で顔の上半分を隠したままのお迎えだ。
「ようこそ。曽根崎編集長。お久しぶりです。まずは料理のご注文からどうぞ。」
巻物のようなメニューを見て、曽根崎が驚いた。
「料理人が変わっていないから、メニューも変わっていないだろうと思っていたら、すべてリニューアルされている。」
「その天下りってグループの田中と鈴木っていうのが、舌が肥えていてね。コメも味噌もキャベツも漬物も、すべて無農薬有機農作物や天然西方にこだわってね2ランクぐらい上の品質に切り替えたんですよ。そしたらトンカツを揚げてる大将も負けず嫌いでね。それ以上のトンカツを揚げてやるって意地になってね。江戸時代っていう店のコンセプトから発想して、まったく新しいトンカツのラインナップを作ったわけだ。」
もちろん値段は高くなったが、味もさらによくなり、また江戸村に来たような楽しさで大人気だという。メニューはざっとこんな感じだ。
不耕起農法自然米ご飯と手作り熟成赤みその味噌汁。
無農薬キャベツと選べる7種類の漬物
完全無添加天然脂によるトンカツメニュー
小判;ヒレカツの薄切り一口カツ。
大判;ロースの薄切りカツ。
金の延べ棒;ヒレ肉まるごと一本の丸太揚げ。
金山と言うのが、40分近く揚げる、曲厚保ロース。
氷山は、1時間以上低温で揚げる、衣の白いローストヒレの厚揚げだ。(要予約)
曽根崎が小判と大判の詰め合わせセット(千両箱)を頼み、清水レイナは、金の延べ棒を注文した。
「それでは、うちの途中経過を見てもらいましょう。」
相当がパンパンと手を叩くと、掛け軸のかかった床の間の前に天井から大画面がしゅつげん。そこで8分間の番組だ。芸人たちがギャグをかまし、ワイワイ言いながらの企画会議、なぜかつまらない意見を言うと罰ゲーム。一触即発の緊張したゆるきゃらのデザインとグルメの決定会議、PRショーに向けての特訓風景などがドキュメンタリー風に映し出された。
「優勝してもしなくても、DVDにして売り出す予定なので、映像班が撮りまくってますよ。」
見ていると、ここは店の種類や方向性がバラバラなので、なかなか決まらない。怒鳴り合い、何度も白紙に戻し、やっと形ができていく。ドキュメンタリーとしては、なかなかの力作だ。
やがて料理が届く、天下りの田中と鈴木が悪徳商人の難波屋と、腹黒お奉行に仮装し、千両箱の形をした重箱を持ってお座敷に入場。
「曽根崎様、今日は取材でございますか。まあ、うちが優勝できるようにうまく記事を書いていただけると助かるのですが。もちろん、タダでとは申しません。」
「今日この件は、もちろん口外無用じゃ。…。おぬしもわかっておるだろう…。」
と、そっと千両箱が出て来る。ふたをこっそり開けチラリとのぞきこむ曽根崎。
「おや、これは大判、小判カツ。難波屋さんも、お奉行様も隅に置けませんなあ。」
「いいや、曽根崎おぬしは大人の付き合いのできる奴じゃと思っておったわ。ブォフォフォフォ。」
するとそこになぜかどこかで見たような腰元が呼びに来る。
「あら、お奉行様こちらで下の?きれいどころが先ほどから首を長くしてみんなで待っております。ささ、はようはようこちらへ。もう、お奉行様ったら、ピポ。」
「ウヒョヒョヒョ、そうかそうか、仕方ない脳。では曽根崎殿くれぐれもよろしくなあ。」
「おまかせください。」
つい、曽根崎もベタな時代劇につきあってしまう。さすが芸人の店だ。
運ばれた千両箱を開けると、小判のような小さくて薄切りのヒレカツと大判のような薄切りのロースカツがぎっしりと詰まっている。
ご飯やキャベツ、みそ汁から漬物に至るまで、無農薬有機野菜にこだわり、すきがなくうまい。そしていよいよトンカツだ。
「ふむ。トンカツは分厚いほどいいと思っている人がいるが、分厚くすれば、揚げるのに長時間かかるから、衣が固く上げ過ぎになったり、火の通りが均一でなかったりしやすい。ところがこの小判のようなカツはどうだ。切らずに食べられるからジューシーだし、すぐ揚がるから、他にはあり得ない薄く柔らかくなめらかな衣が絶品だ。まあ、それに分厚いのを食べたい人には、五曲厚保の金山や氷山と言うカツもあることだしね。」
するとダークサイダーの総統zが話し味メタ。日本庭園では獅子脅しの音が響く。
「さすが曽根崎編集長。薄いカツはいくつも長所を持ちながら見た目が安っぽくなるからあまり実現はしなかった。でもこのように大判・小判の詰め合わせとすれば見た目も悪くないし、食べやすくなる。我々はこれを皿に工夫し、プチ千両箱としてグルメ料理に仕立て上げるつもりです。どうでしょうか。」
「いや、いいんじゃないですか。このソフトな衣のプチトンカツなら、優勝狙えますよ。」
金の延べ棒を注文した清水レイナもご機嫌だ。
「衣が薄くてきめの細かい特別なパン粉みたいね。カラッとして脂っぽくないし、中のヒレ肉も蒸し肉みたいで、さっぱりしている。これならヘルシーって感じで女の子にもばっちりだわ。」
清水も場面場面でお店や料理の的確な写真もきちんと撮影し、コメントもちゃんと言えるようになってきた。やっと使えるようになって来たかな。
後は、とんかつ屋の前で、高齢の集合写真だ。するとそこへ、小型トラックが乗り付けた。
「おーい、待ってくれ。やった、何とか集合写真に間に合ったぜ。」
人気者の漫才コンビモータービンとアリジゴクがトラックで何かを運んできた。と、おもったら、一人足りない。サッキーこと女装のアリス、アリちゃんがいない。
「おーい、みんな、手伝ってくれ。」
みんなに担がれて小型トラックの荷台から降ろされたのは、ゆるキャラのハッピー小判君だった。小判に手足が生えたようなゆるいキャラ。でも、実はこのあたりの有名神社十カ所以上で祈祷を受け、色や細かいデザインまで縁起物にこり、最高の服を呼ぶように作られたキャラなのだという。神社めぐりの珍道中もDVDに収録の予定だ。
「うう、。もっと優しく運んでくれよ。」
ハッピー小判君の中で頑張っている人こそ、アリちゃんのようだった。やっと地面に降り立ち、一安心だ。けっこうかわいいかも。
「さあ、並んで並んで!」
さすが芸人軍団だ。時代劇のセットのような古い建物の前に、かわいらしい町娘や腰元、その後ろには難波屋とお奉行、そしてなぜかダークサイダー総統、端っこには福と金運を呼ぶというハッピー小判君、さらに応援に駆け付けた人気芸人たちがその周りを囲む。芸人と言うだけでもすごいのに、時代劇のコンセプトや料理の巧みさに思わずうならずにはいられない。
撮影が終わってお疲れ様。ふと思いついた曽根崎は、ダークサイダー総統Z様に、例のかしまし商店街の三枚の集合写真を見せた。
「へえ、他はこんな感じなんですね。なんかいいなあ、人情商店街って感じですねえ。あれ、この写真おもしろいな。」
なんでか、商店街のみなさんから青少年育成連絡会の人たちから、買い物のおばちゃんや通行人まで全員が、こちらを見ているのだ。」
「ああ、これねえ、撮影しようかと思ったら、たまたま通りがかった犬が猫を見つけて思いっきり吠えたんですよ。だから一瞬、誰も彼も、何だと思ってこちらに集中したんです。」
その時、曽根崎の心に何かが閃いた。もう一度写真をじっと見比べる。
「まさか…、そんな…?」
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