第3話 三ツ星会館

柴田のいないチーム白峰、流石と丸亀は柴田の残した捜査資料をもう一度当たっていた。なぜ、被害者二人のプライベートデータが本人も知らないうちに犯罪者に流れ、口座から多量の金額が短期間に引き落とされたのか?しかもどうやら、捜査を中心になってやっていた、柴田の個人情報まで、奴らは知っていた形跡がある。いったいいつ?どうやって?

丸亀が最初に重要な調査結果を発表した。

「まず、今日鑑識から分析結果が届いてね。あの流石君が女子大生の部屋のごみ箱から探し出したいくつかの透明な袋だがね、どうもアロマショップなどで売っているお香の袋だと分かった。しかも、中に残っていたお香の成分から微量の合成麻薬が検出された。」

「…女子大生が麻薬を…?」

「いや…たぶん…知らずに吸っていたんじゃないかな…しらずに中毒に鳴ってお香を買わずにいられなくなるってやつかもしれん。この事件はちょっと根が深そうだ…。」

次に丸亀が、いくつかのインターネットサイトのことを書いた報告書を撮りだす。

「被害者は二人とも、あまり夜遊びなどはしない、まじめなタイプで、特に異性関係や友達関係でのトラブルはこれと言ってない。ただ二人に共通していたのは、趣味と実益でインターネットを多く使うタイプで、女子大生の方は、占いや、英語学習ゲーム、OLは、ショッピングや英会話などのサイトをかなり使っていたようだ。」

柴田は、まったく違う二人が、同じような低価格で参加できる共通のサイトに行っていたことに目をつけ、いろいろと調べていたようだった。

「それで、二人がよく使用していた一番のサイト、マナビーゲームネットにまず行ったわけだけど、思ったよりずっと、まじめな教育サイトだったわね。占いサイトも特にあやしいところはなかったし…。」

「まあ、コツコツ回って行きましょう。次に二人が良く行っていたのは、ショッピングサイト、趣味のサークルサイトなどだ。」

流石は腕を組んだ。

「私もやり方をマナビーゲームネットの菊川小夜子さんに電話で聞いて、それらのサイトを一通り回ってみたんだけれど、どこも特にあやしいところはなかったわ。実際に行ってみるしかないのかなあ。」

そして、丸亀は二枚目の柴田の報告書を取り出した。

「彼が中心になって、こっちの方向を捜索しているうちに、彼ははめられた。なぜかわからぬが彼の個人情報まで奴らは手にしていた。まだ、ほとんど手が付けられていないが、この天山市で起きた、サイバー犯罪を柴田が洗い上げたところ、被害届はかなりの数にのぼり、いくつか浮かび上がったグループがある。」

友達ネット裏サイト…ここは卒業アルバムの名簿や顔写真を高く買い取り、最近のデータを知っていればさらに金を出すという。集められたデータは高く取引され、一部闇サイトにも流れているらしい。

犯罪グループブラッククラウド…若者のストリートギャングが、数年を経て再結成された犯罪集団。詐欺や麻薬の密売、サイバー犯罪に関わり、普段は仕事について働いているらしく、実態がつかめない。

始末屋ブレード;ブラッククラウドの行動部隊。こちらは脅迫や、襲撃など暴力事件にかかわるのだが、計画的犯行で証拠も残さず、なかなかつかまらない。

丸亀が一枚の古い写真を見せた。

「これは、ダークフライデー事件と言う有名な事件、奴らが若く、ストリートギャングをやっていたころの被害風景だ。場所は天山市ではなく、都心の繁華街だけれどもね。」

流石はその写真を見て、ゾッとした。都心の商店街のガラスがあちこち割れ、看板や陳列棚はぶち破られ、心も凍りつく殺風景な眺めだった。

「しかも奴らは若者同士のギャング構想に見せかけて、犯罪組織のアジトも襲撃し、数億円分の麻薬を盗んで逃げたのさ。あなどれないやつらだ。あれから十年以上がたって、奴らは名前や身分を偽装し、姿服装も変えて、この天山市で暗躍を始めたらしい。」

丸亀が続けた。

「柴田は、一般人の中に交じっているブラッククラウドのメンバーの何人かを特定しようとしていた。でもその途中で、逆にやつらにはめられたわけだ。だが、柴田が捕まる前に調べかけていたことがやっと身を結んだ、今日、一人が引っかかったわけだ。」

白峰流石が、ふっと取調室に目をやった。一人の若い男が連れられて入って行った。

「彼、杉崎智也は、フリーター25才で現在はピザ屋で宅配をやってるわ。柴田が、きっと事件の起こるに2、3日前に、計画的にことを運ぶ奴らだから必ず下見をしたはずだとにらんで、近辺の3日前までの監視カメラを分析していた。杉崎智也は二人の被害者のマンションの入り口の前日画像にどちらも映っていた。偶然ではありえない。きっと何か尻尾をつかんでやるわ。」

取調室に、流石と丸亀が入る。杉崎は下を向いたままあくびをしてみせた。黒い帽子をかぶっている。

「杉崎智也君ね。あなたの子といろいろ調べさせてもらったけれど、気になることがいくつかあってね。質問に答えてほしいの。」

「いい加減にしてください、何度同じ話をしたらわかるんですか。俺は、宅配始めたばかりなんで、あっちこっちのマンションを、宅配のついでに回って、場所や時価案を調べていただけですって。」

強気の流石は全くひるまない。

「本当かしら宅配のついでに回ったの?」

「そうですよ。場所や時間を確かめようと…。」

「ちゃんとあなたの店に連絡して調べてみたわ。そうしたら、一件目のマンションは、その日のその時刻にあなたが宅配した場所よりかなり遠くない?それに二件目のマンションは、既にあなたは二回もピザを運んだ記録が残っている。確かめる必要はなさそうね。」

杉崎はしばらく黙り込んでからボソッと言った。

「ぼくは物覚えが悪いんで、何回も確かめるんです。それだけです。」

流石はさらに次に進む。

「それから、あなたのお財布を調べさせてもらったわ。」

すると杉崎は机を叩いて不機嫌そうに言い放った。

「人の持ち物ひっくり返して、いちゃもんつけるのはやめてくださいよ。俺が少しぐらい大金もっていたからって、俺は働いているんだから当たり前でしょ!」

流石はまったく冷静だった。

「それも、バイト先に確認したわ。あなたは今月の給料をもらう時に、よかった、これでやっと家賃が払えるって言っていたそうじゃないの。どうもここの所お金がなかったようね。でもそのバイト代から家賃を牽いたら10万なんか残らない、もともと親から仕送りももらっていないというのに何で30万円も入っていたのかしら…。」

「…祖、それは…。」

「それは、どうしたっていうの?、」

「俺の彼女から預かっていたんです。だからすぐ返さないと…。

流石はすぐに手帳を開いて何かを確認した。

「森口レイさんね。もう調べてあるわ。ここで電話して確かめてもいいかしら。すぐ返さないといけないんでしょう。」

すると杉崎は、机に突っ伏して頭を抱えた。

「…しまった、いや、違うんだ、走じゃなくて、彼女じゃない、かのじょにイワないでくれ!」

「わかったわ…電話はしないわ。今はね。」

「くっそ―!」

杉崎はつっぷしたまま黙り込んでしまった。

流石と丸亀は取調室を離れ、言葉をかわした。

「あの杉崎と言う男、言うことがめちゃくちゃだな。見え透いた嘘ばかり並べてる。もう少しがんばれば、しっぽはつかめそうだな、だが…。」

「そうね、だけれど、どう見ても犯人グループと言うよりは、下っ端ね。無理なことを言われて総統こき使われてるんじゃないかしら…。黒い帽子かぶっていたから怪しいと思ったけど、黒い帽子の男は複数いそうね。じゃあ、ここはあと丸さんにまかせるわ。」

「ああ、かしまし商店街の方だな。こっちはまかせとき。」

「ありがとう、じゃあ、大騒ぎにならないように、裏からこっそり捜査を始めてみるわ…。」

流石は廊下を歩きながらふと思いつき電話をかけた。

「ああ、ウタポン。今度かしまし商店街に行く時は連れてってって言ってたけど、、どう、今から出るけど。ああ、層、じゃあ一時間後に、現地で会いましょう。」

流石は一人急ぎ足で天山署を出ていった。


「へえー、そりゃ大変だった奈。俺のカレーを食って、元気出してくれよ。」

曽根崎の親友、カレーソサエティの加藤礼二は、笑いながら、二人にメニューを手渡した。

「おいおい、俺たちは、わざわざ昼過ぎの休憩時間を選んで、取材に来たんだぜ。」

「いやあ、うちのメンバー、忙しくてまだ遅れてるみたいだから、いいじゃないか。」

ここの店も人気で、ランチタイムを一時間早めに終わらせて、やっとなんとかお客に帰ってもらった感じだ。

「じゃあ、加藤がそこまでいうんなら、食べようかな。俺は今日のスペシャルカレーがいいいな。ちゅうからで頼むよ。あれ、そうか、清水は初めてだったな。この店には三種類のメニューがあるんだ。」

曽根崎の親友加藤の店、「カレーハウス;スリーピークス」は、カレーソサエティの中心となるレベルの高い店だった。スリーピークスとは三つの山頂を示す。加藤はカレーを大きく煮込み系、スパイス計、ソース計に分けて、それぞれの頂点を極めようと日々努力しているという。

一つ目の頂は「フジ」、日本風煮込みカレーだ。これは、バターで小麦粉を炒めとろみを出し、肉だけでなく、、ニンジンやジャガイモ、季節の野菜などをたっぷり煮込む。

シチューのようなコクトうま味のカレーだ。トッピングも多彩で、万人無期。。

第二の頂は「チョモランマ」、インドを中心としたスパイスカレーだ。色々なスパイスを調合し、香りが飛ばないようにあまり煮込まない。特別な出しも入れない。さらっとして、強烈にスパイシーだ。この店ではカレーに合わせて、一つひとつスパイスの調合からやっている。セットのタンドリーチキンも大評判。

そして第三の頂は「マッタ―ホルン」、ホテル系のソースカレーだ。ドミグラスソースやフォン・ド・ボーなどを使い、コクのある濃厚な味がライスとマッチする、ここの店はもちろんソースから手作りで、豊潤でバランスのとれた貴賓打開カレーだ。

もちろんこれは加藤の分け方で、それぞれの中間系や、まったく独創的なカレーもある。

「じゃあ、私は「チョモランマ」のヘビーマトンカレーにする。辛口でお願いします。

「おい、清水、それ、もとからすごい辛いぞ!やめた方が…。」

「ノープロブレム。実は辛いの大好きなんです。」

知らなかった。清水レイナから、底知れぬパワーが流れ込んでくる。なんだ、このパワーは?なんかすごいぞ。

「そうだ、待つ間にこれを読んでおいてくれ。」

加藤は二人分の企画書・計画書を持ってきた。

「わあー凄い、こんなにびっしり計画してるところがあったなんて…!」

清水が口をあんぐりさせた。理論派の加藤は、さすがに違う。

「へえ、この計画書を見ると、着ぐるみはもう外注に出してあるんだ。来週には出来上がってくるのね。」

「へえ、どこの団体もまだまだのprショーの台本までだいたいできてるんだ。早いね、凄いね。じゃあ、後は…そうか、現在の日程を見れば…、b1グルメの料理研究の真っただ中だな。」

「へえー、着ぐるみのデザインは極秘か?スパイスマンってどんなデザインなんだろなあ。」

目を通しているとやがて、カレーがやってくる。

「わあ、経験したことのない、すんごいスパイシーな香り!おいしそう。」

しかもフカフカの特性ナンもついている。。曽根崎の今日のスペシャルは、まさかの「フジ」のトン汁カレーだ。玉ねぎやゴボウの甘みたっぷりの具だくさんのトン汁にカレーをからめた感じで、なんだかすごくあったかい味だ。

「編集長、口から火が出そうだけど、未体験のえらいおいしさです。ギャース」

「っていうか、清水、おまえ、昔映画に出ていた怪獣ギャオスみたいになってるぞ!」

二人ともうまいうまいと食べながら、いろいろ話を始めた。話題はやはり、この間のカメラひったくり事件である。

「編集長、やはり私思ったんですけれど、犯人の狙いは、カメラじゃなくて、メモリーに入っていた撮影データじゃないんですかねえ。」

実は思った通りあのバイクは盗難車で、犯人も全く捕まっていない。

「どうしてそう思う?」、

「だって、バッグとカメラって普通間違えないと思う。しかもカメラだとわかっても、新品なのはすぐわかりそうだから盗めばいいのに、わざわざ叩き壊して逃げるなんて、おかしいです。」

そして清水はあの時の三枚の集合写真をプリントしたものをとりだした。

「もしかしたら、この写真の中に、犯人にとって、まずいものが映っているんじゃないかと思って。」

そういえば、この三ツ星会館の前で撮った時、時間が遅くなって、予定外の色々なものが画面に入っている。

商店街のみんなと三ツ星会館。後ろには斜めに続いていく商店街の風景。押しかけて映った買い物のおばちゃんたち、そして、集まり始めた、青少年育成連絡会の人たち…他にも、犬を連れた近所のおじさんとか、学校帰りの子供もチラリと映っている。

「ううむ、清水の推理も当たっているかもしれないけれど、これを見ただけじゃ何もわからないなあ…。」

「そうですよね…。ところで、編集長、この三ツ星会館ってなんですか?なんで公民館見たいのが、昔ながらの商店街にあるんですか?」

「…そうだねえ、実は、十数年前まで、あそこには小さなスーパーマーケットがあってね。親戚関係の三家族がやっていた三つ葉スーパーと言う名前だった。スーパーと言っても、果物やと焼き鳥屋、それと食料雑貨店だったけどね。みんな一生懸命やっていたけど、狭くてゴチャゴチャしていたせいかだんだん売り上げが落ちてね。特に雑貨店はひどい赤字で、売り上げが一番よかった焼き鳥屋と金銭問題でケンカしちゃってね。つぶれちゃったんだよ。」

すると、厨房から加藤がやって来て割り込んだ。

「借金もかたづいてないまま、みんないなくなっちゃって、大変だったんだ。それで、文吾郎さんがやってきたんだよな、曽根崎さあ。」

「ああ、そうだおもしろいひとだったなあ。文(ぶん)さんってさあ。なんだか、その一族の遠い親戚で、借金をなんとかするために送り込まれたらしいんだけど、体を悪くするまで貿易関係の仕事についていたとかで、外国語ペラペラだったよな。俺は病気だからのんびり店番が向いてるのさとか言って、小さな事は気にしない、ほら、あのもしゃもしゃした頭でさあ、物知りで、話をするだけでたのしかったなあ。」

どうやら、曽根崎と加藤の学生時代の思いでのようだった。説明する曽根崎も楽しそうだ。

「あの時、スーパーがどんな店になるかと思って二人でのぞきに行ったら、驚いたな。三つ葉スーパーが、三ツ星ストアに書き直されていてさ。しゃれた外国ものの雑貨店になっていて、珍しい置物や外国産のオモチャなんかもいろいろあってさ。いつも文さんがいて、珍しい外国の話なんかをしてくれてさ。、面白いのはテーブルセットがいくつかあって、その場で珍しい外国の酒やジュース、缶詰やお菓子を買って、開けて、食えるんだよな。女子高生にも、おやじたちにも大好評。あんなみせ、あの当時、どこにもなかった。そんな文さんだったから、商店街の人たちにも好かれて、よくみんなで手伝いに来てたよね。あの当時、商店街も活性化して、お客が随分と増えていたっけ。でも、残念だったのはけっこう店も流行って、、やっと借金が返せるって頃に、文さん、持病のがんでぽっくり死んじゃってね。でも、死ぬ直前に市から補助金をもらって、、ここを商店街で使ってくれと申し出たんだ。」

「土地の問題とか、借金の問題とかは全く分からないけれど、あの人はこの人情味あふれる商店街がとても気に入って、喧嘩ばかりしている一族のためじゃなくて、お世話になった商店街の皆さんのお役に立てたらってさあ、今から思えば神様みたいな人だったよね、文さんってさ。」

曽根崎がグルメライターになったのもどうもこの辺がルーツらしい。そんな文さんの思い出にあふれた三ツ星会館、そしてかしまし商店街。そこが今、何か犯罪の渦に巻き込まれようとしている…。その時、カレーハウス、スリーピークスのドアが開いた。

「加藤さん、遅くなりました。みんな揃いましたよ。」

あっちこっちのカレー屋の店主たちが笑顔で入ってきた。

「お、曽根崎編集長、取材ですね。待ってましたよ。」

その中でも一段とテンションの高い太った男が、何かを撮りだした。カレーボムの主人、玉山シェフだ。

「へへ、加藤さんとこの間話し合ったんです。究極の三種類のカレーを手軽に食べられないかってね。打ち合わせの通り、作ってまいりましたよ。三タイプのカレー肉マンです。」

味が違う三種類の肉マンがドサッと出てきた。

「まだ、試作品なんで味や食感はこれから調整しますが、結構行けてますよ。曽根崎編集長たちも、どうぞ食べてみてください。」

「へえ、すごい。ごちそうになります。」

カレーハウスの中は、スパイシーな香りと暖かい笑い声でいっぱいになったのだった。

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