第20話 持氏の企て - ④

 大広間にて関東公方かんとうくぼう足利持氏もちうじ一喝いっかつされ、無我夢中で城門に向かって駆け抜ける男──


(まずいまずいまずいまずい、まずぅいっ! 大変なことになった……!)

 どうして突然この太田おおた城に関東公方が来たんだ? 目的はなんだ?──


 混乱して全く考えがまとまらないまま佐竹さたけ祐義すけよしは父の山入やまいり佐竹与義ともよしの元へ走り続ける。


(とにかく急いで父上ちちうえに知らせなければ!)

 城門を出た祐義すけよしは街道づたいに北へ向かって走り続け、やがて南側よりも栄えている城下町の中へ消えていった。



──さて、その山入やまいり佐竹与義ともよしは城下町のとある甘味処あまみどころ山入やまいり佐竹一派の一人である長倉ながくら義景よしかげと談話している。


「──そろそろ退屈な評定ひょうじょうが始まった頃かのう、与義ともよし殿」

 義景よしかげはたった今店から出された団子に目をやりながら与義に問う。


「うむ」

 与義ともよしは一足先に出された団子を口に入れながら応える。


 この二人はどちらも佐竹一族であり、昔からの盟友でもある。


義憲よしのりの奴は今朝けさ我々われわれに『大事な評定ゆえに』と決まり文句をほざいておったな」

 義景よしかげも団子にかぶり付きながら与義ともよしに同意を求める。


「うむ」


 今二人は評定を土壇場どたんばで欠席して "時間潰し" で団子を食べている。

 今朝けさを理由に欠席を申し出たのは、当主義憲よしのりへの嫌がらせが目的である。


「ふっ。今までは不本意ながらも評定に出ていたが、前関東公方足利満兼みつかね様が亡くなってしまった今、もう気後きおくれする必要はないからのう」


 長倉ながくら義景よしかげは特に与義ともよしから同意を求めることもなく、独り言のように口にする。


──先代当主佐竹義盛よしもりは生前、関東管領かんとうかんれい山内やまのうち上杉憲定のりさだと親交があり、ひょんなことから婿入りの話しが出て、前関東公方かんとうくぼう足利満兼みつかね斡旋あっせんも手伝いとんとん拍子で「義憲よしのり婿入り」が決まる。


 これに対して佐竹一族の多くは猛反対したが、関東公方がらみの話しでいつまでも突っねることも出来ず、渋々「義憲よしのり婿入り」を受け入れることとなる。


 だが、目の上のたんこぶの存在であった前関東公方かんとうくぼう足利満兼みつかねが死去したことにより、山入やまいり佐竹与義ともよしを筆頭として再び反発行動を起こしているのである──


「今頃評決ひょうけつも取れずにさぞ苦悶くもんしておろう。義憲よしのり苦虫にがむしを噛み潰した顔が目に浮かぶわ」

 長倉ながくら義景よしかげがそんな話しをしていると視界の向こうから佐竹祐義すけよしが慌てふためいて近づいてくる。



「ち、父上ちちうえーっ!!」



「なんだ祐義すけよし騒々そうぞうしい奴だのう。儂らは今美味うまい団子を食べておるというのに──」

 義景よしかげが次の団子を口元に持っていこうとすると、祐義すけよしが叫ぶ。


「それどころではございませぬ! 今太田おおた城に関東公方かんとうくぼう足利持氏もちうじ様がお見えになっておりまする!!」


「なんじゃと?!」

 長倉ながくら義景よしかげは予想だにしない祐義すけよしからのしらせに手に取った団子を落とす。


 山入やまいり佐竹与義ともよしも言葉は発さず目を見開き、驚きの表情を見せる。


「──して、持氏もちうじ様の様子は?」

 与義ともよしは次男である祐義すけよしに問う。


「評定の欠席について激昂げきこうしておりまする」

 祐義すけよしが即答すると、与義ともよしは義景に尋ねる。


義景よしかげ殿。関東公方がお見えになることは──」


 長倉ながくら義景よしかげ強張こわばった表情をしながら無言で首を横に振る。


 店内には先程とは打って変わって静寂と焦燥感しょうそうかんが漂う。


「くっ! 義憲よしのりめにはかられたか!!」

 義景よしかげは悔しさの余り地団駄じだんだを踏む。


父上ちちうえ如何いかがなされますか──?」

 佐竹祐義すけよし戦々せんせん恐々きょうきょうとした顔で与義ともよしに尋ねる。



こたえるまでもない。急ぎ戻るぞ」



 こうして三人は関東公方かんとうくぼう足利持氏もちうじが待つ太田おおた城に急いできびすを返すのであった──

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