第68話 南西へ - ①

 苦々にがにがしい稲村いなむら御所ごしょでの出来事を回顧かいこしながら、上座かみざの "主" をして待つ岩松いわまつ満純みつずみ──



 昨日、満純みつずみ稲村いなむら御所ごしょ出立しゅったつすると、南西に六里二十五町(約26km)程を進めて、翌日に白川しらかわ城に到着。



 ──白川しらかわ城。「南奥なんおうゆう」としょうされる白河しらかわ結城ゆうき家の居城。

 現在の福島県白河しらかわ藤沢ふじさわやまに位置し、別名搦目からめ城と呼ばれており、標高約400mの丘陵きゅうりょうを利用して築かれたやまじろである──



 岩松いわまつ満純みつずみは義父の上杉禅秀ぜんしゅうから、もう一つの用件をおおかっている。



 それは、"南奥なんおうゆう" に謁見えっけんしての書状を渡すこと──



 ただし、書状の内容は何も知らされていない。



(禅秀ぜんしゅう様は、「書状を渡してくるだけでよい」とおっしゃられていたが、果たして──)


 これでは書状の内容に対する返答にきゅうするのでは……、と不安を覚える満純みつずみ



(それにしても──)

 満純みつずみは背筋を伸ばして座った姿勢のまま、目線を広間のそれぞれ動かす。


 重臣とおぼしき者らがふすまづたいにずらっと並んで座っており、満純みつずみは広間の中心にて両側から一人はさまれたかたちになっている。



(────息が詰まりそうだ……)



 だが、白川しらかわ城の主郭しゅかくとされる本城ほんじょうやまの広間にて息苦しさを感じながらも、身を置いている状況から満純みつずみは、間もなく対面するあるじを想像する。


(整然とならぶ重臣らの姿から、規律を重んじているのが見て取れる。流石さすが検断けんだんしきに任じられている家柄なだけあり、さぞかし厳格な御方おかたなのであろう──)


 ──検断けんだんしきとは "軍事権と警察権を合わせた権限" を有する役職のこと──




 すると、何の前触れもなく廊下からひょっこりと初老の男が姿を現す。


「ほう、これはまた恰幅かっぷくの良き使者じゃのう──」



「!」

 しゃがれた声の方向に目をやる満純みつずみ



ザッ──


 初老の男がゆっくりとした足取りで広間に入るやいなや、ふすまづたいにならぶ重臣一同が平伏する。


 反射的に満純みつずみも重臣らにならい平伏する。




 やがて初老の男は上座かみざにゆっくり腰を下ろすと、たび装束しょうぞく姿の満純みつずみに問い掛ける。


関東かんとう管領かんれいの使者とは其方そなたかのう?」



「はっ。お初にお目にかかりまする。岩松いわまつ満純みつずみと申しまする」

 更に深く平伏する満純みつずみ




「ふむ。おもてを上げよ」


「はっ!」




白河しらかわ結城ゆうき家第4代当主結城ゆうき満朝みつともじゃ」



「ははっ!!」



──結城ゆうき満朝みつとも。足利持氏もちうじの祖父である2代目関東かんとう公方くぼう足利氏満うじみつより偏諱へんきたまわり「"満" 朝」と名乗る。鎌倉かまくら及び稲村いなむら公方くぼう足利満貞みつさだに従い、反鎌倉かまくら方との幾度いくどもの死戦をくぐり抜けてきた歴戦の将である──



「鎌倉から斯様かよう遠方えんぽうの地へよくぞ──、誠にご苦労な事じゃ」


 髪やくちひげはほぼ白髪。元々目は細かったのか、加齢によりうわまぶたが重力に負けて落ち込んでおり、奥の黒目はほとんど見えない。


 また、柔和な表情を浮かべている姿は「勇猛な将」というよりかは、好々こうこうといった印象である。




勿体もったい無き御言葉」


 平伏しながら、御礼を述べる岩松いわまつ満純みつずみ


(思っていたよりも親しみのある御方おかただ──)




 そして柔和な表情を浮かべながら、満朝みつともが口を開く。


「それにしても上杉氏憲うじのり殿からの……、おっと、今は出家なされて "禅秀ぜんしゅう" 殿であったの──」


「はっ」


「懐かしいのう。もう乱から10年以上の月日がっておるのか──」


 満朝みつともは、稲村いなむら御所ごしょが設置された翌年の1400年、及び1402年の二度に渡って反乱を起こした伊達だて家の討伐戦にいずれも出陣している。


 そして満朝みつともが口にする「乱」とは、1402年の "第二次伊達だて家討伐戦" の事であり、この時、上杉氏憲うじのり(禅秀)と共闘している。



「して、今日は何用じゃ?」



「はっ! 此度こたび関東かんとう管領かんれい上杉禅秀ぜんしゅうより、書状を授かって参りました次第でございまする」


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