第10話 珍客 - ①

 そして1410年12月──



 関東公方幸王丸こうおうまるは13歳になり、また、先日叔父おじである足利満隆みつたかの養子になった2つ歳下の弟である乙若丸おとわかまるが同時に元服。


 京都にいる4代将軍足利義持よしもちよりへんたまわり、幸王丸は足利持氏もちうじ、乙若丸は足利持仲もちなかとそれぞれ名乗るようになる。


 その日を境に、鎌倉かまくらは関東各地から訪れる元服の御祝いの応対で忙しい日々を過ごす。




 そんなある日のこと──



「ふ〜っ、毎日毎日いろんな人が来ては祝いの返事三昧ざんまいで疲れるなぁ」


 幸王丸改め足利持氏もちうじはぐったりしている。



「それだけ持氏もちうじ様のご威光がこの関東の地にとどろいている証でございましょう。ところで、信濃国しなののくにより珍客がございますれば、一度会われてみては如何でしょうか?」


 関東管領山内やまのうち上杉憲定のりさだが進言する。



信濃国しなののくにから? 俺の統治外から来てるの? それはに出来ないな。よし、憲定のりさだ、その人を呼んでくれる?」


「畏まりました」



 因みに関東かんとう公方くぼうの統治範囲について、相模さがみ武蔵むさし上総かずさ安房あわ常陸ひたち上野こうずけ下野しもつけ下総しもうさの関東8ヶ国に加えて、甲斐かい伊豆いずの2ヶ国を含めた計10ヶ国が統治国となっている。



 すると、一人の男が姿を見せる。


「お初にお目にかかりまする。それがし信濃国しなののくにぐんを領する大井おおい三郎さぶろうと申しまする。この度は元服されましたこと、誠におめでとうございます」


 信濃国佐久郡は現在の長野ながのけんぐんあたりを指す。



「うむ。信濃国しなののくにからわざわざよく参られた。4代目関東公方足利持氏もちうじでござる」


 持氏もちうじは目の前の男に少しだけ好奇心を抱きつつ、話しを続ける。



「して、今日は何用だ? いくら私が元服したとはいえ、単に祝賀を述べにきただけではないと存じているが──」



 すると、大井三郎さぶろうは少しだけ表情をゆるめる。


「お察しがよいですな。いえいえ、なんて事はございませぬ。私が領するぐんは持氏様の統治外とはいえ、統治国である上野国こうずけのくにと隣接しておりますので、有事ゆうじの際にはお気軽にお声掛けいただきたく参上した次第でございまする」



三郎さぶろう殿。有事における助力じょりょくの申し出は大変ありがたいことなのですが、それは少々うまい話し過ぎて私には合点がいきませぬ」


 関東かんとう管領かんれい上杉憲定のりさだは大井三郎に向けて、明らかに怪訝けげんそうな表情を浮かべている。




「大井三郎さぶろうとやら。私はまどろっこしい物言いは好きではないし、正直なところ其方そなたの真意がよくわからぬ。見ての通り、若輩者だからな。私を納得させたければ端的にわかりやすく説明してほしい」


 足利持氏もちうじは、真っ直ぐな瞳で大井三郎を見据える。



(ほう。自分の力量をわきまえており、ついたずらに自分を大きく見せようともしないか……。ふむ。気に入った)


 大井三郎さぶろうは、心の中で持氏もちうじに感心しつつ口を開く。



「実を申すと、我が大井おおい家はぐんのみならず、関東各地に所領が点在しておりまする。よって、定期的に関東各地をまわっているのですが、その際関所せきしょを通る時に必要なせきせんが馬鹿になりませぬ。そこで、通行手形を発行いただきたくお願いにあがった次第でございまする」


 大井三郎さぶろうは、自分の要望を包み隠さず一気に述べる。

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