第45話 舌戦 - ⑤

 第4代将軍足利義持よしもち御内ごないしょとして、外堀そとぼりからではなく、いきなりからつぶしにかかる関東管領かんとうかんれい上杉禅秀ぜんしゅう──



「…………」

 将軍義持よしもちによるもう一つの『厳命げんめい』である "18歳をむかえるまで政務せいむ禁止" 令に頭が真っ白になる関東公方かんとうくぼう足利持氏もちうじ



(──な、何という周到しゅうとうさじゃ……)

 叔父の足利満隆みつたかは、に付けすきを全く与えない禅秀ぜんしゅう狡猾こうかつさに舌を巻く。


 そして、負け惜しみとも言うべき言葉発せられない状況に追い込まれる。


其方そなた……、将軍様に仕向しむけおったな!!」




 最早もはや "負け犬の遠吠とおぼえ" にしか聞こえない満隆みつたかの言葉に、あわれさと侮蔑ぶべつの念を込めたうすら笑いを浮かべて禅秀ぜんしゅうは応える。


「クックック。御戯おたわむれを──、関東管領かんとうかんれいというに過ぎない私が、どうして将軍義持よしもち様に指図さしずなどあたいましょうや」


 地方の頂点ならいざ知らず、その下位かいの序列にあたる関東管領かんとうかんれいに、そんなだいそれた権限けんげんなどあるわけいだろう、と言いたげな禅秀ぜんしゅう



 此度こたびにおける二つの『厳命げんめい』は、まぎれもく第4代将軍足利義持よしもちなのである。



 反論にきゅうする持氏と満隆みつたか──


 流れは完全に禅秀ぜんしゅうに傾きつつある。


(くっ……、このまま黙っていてもらちが明かぬわ……。どうにかして突破口とっぱこうひらかなくては──)


 とにかく口にしなければと満隆みつたかは上杉禅秀ぜんしゅうに告げる。



「──其方そなたに問う。此度こたびの『厳命げんめい』によるとの政務運営における箇所かしょを申せ!」



 それを聞いた禅秀ぜんしゅう一瞬いっしゅん目を少しばかり見開みひらき、直ぐにてつく目に戻す。


 そして、上座かみざに座る持氏もちうじ一瞥いちべつする。



 どうにか背筋を伸ばして座っているものの、けわしい表情にはの色が浮かんでおり、会議かいぎ当初の快活かいかつさにかげりが見える──



(──こくなことを聞く……)


 にはこたえるであろうにと目を閉じると、と目をけて満隆みつたかに応える。



「そうですなぁ──、仔細しさいについては追々おいおい申し上げるとして、『しゅたる相違そうい』を挙げるとするならば、まあ "評定ひょうじょうには御出席あたわぬ" でしょうなぁ──」



「!」



──評定ひょうじょうには参加出来ない──



に御出席なされたとしても、関東公方かんとうくぼう様の発言権は一切皆無かいむかと──」



「!!」



──参加しても良いが発言は不可能──



ゆえにその評定ひょうじょうでの決定に基づき、文書もんじょ『持氏様』御名義ごめいぎにて発給はっきゅうされるでしょうが──」




──評定ひょうじょうでの決定事項を記した文書もんじょに "持氏もちうじ" の名前はあるが──




関東公方かんとうくぼう足利持氏もちうじ様の意志いし意向いこうは一切含まれませぬ」



「!!!!!」




──ただのでしかない──












 上杉禅秀ぜんしゅうによる具体的な『厳命げんめい』内容に絶句ぜっくする二人──



 すると今まで沈黙していた持氏もちうじ上座かみざから叫喚きょうかんする。


何故なぜだ!! 何故なぜ私がそこまで苦渋くじゅうめなければならぬ!!!」


 そして勢い良く上座かみざから立ち上がり言葉を続ける。


「私の此度こたびはそんなに不義ふぎなことなのか?!! 納得かぬ!!! そんな理不尽りふじんめい令──」


めろ持氏もちうじーっ!!!」

 叔父の満隆みつたかかぶせるように制止する。



「──それ以上、口にしてはならぬ……」


 悔しいがこれは将軍様の御命令であり、御命令にそむけば反逆はんぎゃくの罪に問われる──



 子供でありながらもことは理解している持氏もちうじ──

 上座かみざに立ちながら両方のこぶしを強く握り、身体を震わせ顔をゆがませる。



 そんな懸命に怒りと悔しさを我慢するおいに悲痛な面持おももちを向けると、満隆みつたかは身体の向きを変えて上杉禅秀ぜんしゅうに問う。


「── 『厳命げんめい』に従うにあたり、評定ひょうじょうのは誰ぞ?」




 すると禅秀ぜんしゅうは身体を二人に向き直すと、両腕を前方に出しこぶしを床に付けて、悠然ゆうぜん応える。











「無論、関東管領かんとうかんれいである上杉禅秀ぜんしゅう御座ございまする──」

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