第25話 好きです。
[この服、動き易くていいですね。寝る時楽そうです]
脱衣所から出て来たマキネは大きめのTシャツにショートパンツ姿だった。気温も上がって暑くなって来たのでネットで購入した。近頃は対面しなくても受け取れる方法あるから便利だよなぁ。
マキネがタオルでその髪を拭いていく。髪というか、触手だけど。でも、だからなのかタオルだけでほとんど乾くみたいだ。
しかし、サイドの2本の触手がマキネのタオルから逃げ続ける。
[こら]
マキネが言うと、サイドの触手がシュンとして大人しくタオルで拭かれていた。
「その2本の触手、タオルの時だけ意思があるみたいに見えるなぁ」
[なんでしょうね? 普段は私の感情に連動してるのに、この時だけどうしても言うことを聞かないです]
あ、そこはマキネも分からないんだ。
ドライヤーを試した時は大変だったな。マキネがやってみたいと言うから使ったのに、触手が暴れ回ってドライヤーをはたき落とすから結局諦めていたし。
[でも、好きですよこの子達]
マキネは、俺の隣に座るとその触手を優しく撫でた。この子達って、もう生き物みたいに扱っちゃってるよ。
「俺もマキネの触手好きだよ。嬉しい時に動くの可愛いし」
[え?]
「あ」
マキネの顔が明滅する。段々と白い光の中に赤みが混ざっていく。
「あ、いや、ごめん」
[……約束は?]
袖が引かれ、マキネが俺の顔を覗き込んで来る。その声は恥ずかしそうだけど、どこかイタズラっぽくもあって……頭が回らなくなっていく。
「や、約束って……」
[私にも分かるように言葉にしてくれるって、いったじゃないですか]
「う、うん」
[言って下さい]
「え、っと……マキネのその、触手が喜んだり、悲しんだりしてると動くのが可愛く思えて」
[可愛くというのは? もっと具体的に]
マキネがさらに顔を近づけて来る。そこからフワリとシャンプーの香りがして、目の前がクラクラする。前から思ってたけどシャンプーって必要なのかな……。ダメだ! 余計な事が頭の中を駆け回って全然集中できない。
「教えて?」
マキネのが俺の顔を覗き込む。その艶やかな声で頭の中の余計な声が消え去った。
「え、分からない?」
[分かりません。まだ分かりません。もっとハッキリ、言って下さい。言って。なぜ可愛いと言ってくれるのですか?]
「異性として魅力的だなと……思って」
自分の顔が尋常じゃないくらい熱くなるのが分かる。こ、こんなにハッキリと好意を伝えるなんて初めてだから……。
[異性として?]
「う、うん」
[異性として?]
「どうして何回も聞くの?」
[嬉しいからに決まってるじゃないですか……]
マキネの触手が螺旋を描くようにクルクル回る。
「そ、そう思ってくれて嬉しいよ」
[え?]
マキネの顔が強く輝いた。こ、これは、何色なんだ? もう、マゼンタを通り越して、ほぼ赤色みたいになってる。
[なぜ嬉しいのですか?]
あ、しまっ……。
[なぜ嬉しいのか教えて下さい。分からないです。どうしてユータは今嬉しいと言ったのですか? 分かりません。分かりません……]
分からないと言っているのにマキネの色に変化は無い。本当に疑問なら白が強くなるはずなのに。こ、これ、分かって聞いて……。
「ちょ、ちょっとマキネ? ち、近いよ……?」
マキネが体を密着させて来る。色々な所が当たって、全身から彼女を感じる。柔らかさも、その体がすごく熱くなってることも……。
「言って。お願い。言って下さい」
心臓が破裂しそうだ。さっきから耳が熱くて仕方が無い。だって、俺、この子が自立できるようにとか色々言って……。
[お願い。ユータ。聞きたいです。今、貴方が思っていることを教えて]
俺が、思ってること……。
……。
そうだよ。
本当は分かっていたじゃないか。俺がどうしてこの人と一緒にいたいのか。
マキネがどこから来たのか、とか。姿とか、過ごした時間の長さとか、そんなの関係無い。自立が、とか今はそれを言い訳にする時じゃない。
理由なんて、そんなの一つしか無いよ。
「正直な気持ちを伝えるよ。き、聞いてくれる?」
「はい……」
し、心臓が……。もう、自分を抑えられない。言いたい。言いたい。言葉にして、伝えたい。受け入れて欲しい。
「俺、は……マキネが、好きだ」
その言葉を口にした瞬間。
マキネの色が、ものすごい速度で移り変わる。白、赤、青、黄、緑にピンク。それらがグラデーションのように移り変わり……。
やがて。
桜色のような、そんな色に着地した。
[私も。好き。好きなんです。ユータだから……ユータじゃないと嫌なんです]
俺の胸に顔を埋めた彼女から、声が聞こえる。
[好きです。ユータ]
マキネに「好き」と言われて胸の奥に熱いものが込み上げる。嬉しさと照れ臭さと愛しさに心が包まれる。そして、気付けば彼女を抱きしめていた。
彼女の手が、全身が、震えているのを感じる。抱きしめたことが嫌だったのかと不安になった。だけど、マキネは震える手でしっかりと俺のことを抱きしめてくれた。
そうだ。マキネにも伝わるようにちゃんと言葉で伝えないと。
「俺、嬉しいよ。マキネに好きだと言って貰えて、こうして抱きしめられることが」
[分かります。分かる。ユータの気持ち。手の力や、色んな所から伝わります]
マキネは俺の腕の中でうわごとのように「分かる」と呟いていた。それを聞くと、俺も安心する。こんなに安らかな気持ちになるのは初めてだった。今まで誰を好きになってもこんな気持ちになることはなかった。
マキネだから嬉しい。
マキネだから安心する。
マキネだから、俺は俺のままでいられる。
俺はマキネのことが、好きなんだ。
こうして俺たちは、恋人になった。
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