社畜の俺が人外地球外生命体娘と同棲することになった件

三丈 夕六

第1話 何か食べさせて貰えませんか?

「ひぇ〜フランスの大統領、39歳の奴に決まったらしいぜ。俺もこんな30代を送りたいぜ」


 同じ部署の町田まちだ先輩がPCを覗き込みながら呟いた。


「先輩はもう30代も折り返しじゃないですか」


「うるせ。俺はまだまだこれからなんだよ」


「だったらネットニュース見てないで早く帰って下さいよ……」


「カミさん恐いからよぉ。もうちょっと時間潰させてくれよ」


「俺が帰れないじゃないですか」


「はぁ……仕方ねぇなぁ。駅前でデザートでも買ってくか」


「この前それで逆に怒らせたって言ってましたよね?」


「はは。『こんなんじゃ私は騙されない!』つってな。ま、無いよりマシさ」


 先輩は席を立つと身支度を整え、鞄を掴む。しかし、事務所を出て行く直前になぜか俺の方を見た。


「なんですか?」


「お前もまた彼女作れよ。なんか、そのまま死んじまいそうだぞ」


「死んじまいそうなヤツが3年も平気な訳無いじゃないですか。ほっといて下さい」


「女嫌いなのもいいけどよぉ……ま、いいや」



 先輩は何かを言いかけが、そのまま扉を出て行った。



 事務所の扉が閉まってから数分待つ。



 ……。




 エレベーターも行ったみたいだな。

 


「さて。これでやっと帰れるな」


 先輩が帰るまで帰ってはいけない。ウチの会社の意味が分からない風習。効率が悪くてしょうがない。


 時間は……20時過ぎか。まぁ、ゴールデンウィーク明けの週にしてはマシな方か。


 事務所の電気を落として鍵をかけ、エレベーターを呼ぶ。


 外に出るともう人通りが無くなっていた。


 先輩、奥さんの悪口を言っていた割にはどうも本気には思えなかったな。


 ……。


 結婚してる人達は家に帰るとあったかいご飯があって、子供がいると出迎えがあったりするのだろうか?


 はぁ……。


 3年前までは俺だって彼女がいたのに。結局他の男の所に行ってしまった。あんな男のどこがいいんだよ。


 どん底まで落ち込み、それでも未練があって元カノのSNSを見てしまった。でも、そこには新しい彼氏との写真が既に貼ってあって……付き合って2年、あんなに尽くしていたのになんで簡単に無かったことにできるんだよ……。新しい彼との付き合った記念日? その日はまだ俺と付き合ってたじゃないか。


 それ以降の俺は何か変になってしまった。他人のドロドロした人間的な部分に嫌悪感を抱いてしまう。特に女性に苦手意識を持ってしまっている。


 ホント、みんな何を考えているのか分からない。



◇◇◇


 コンビニに入って弁当とチューハイを買って家路に着く。真っ暗なオフィス街にコンビニの明かりだけが点々とついている。そこからさらに裏路地へと入り、真っ暗な道を歩いて行く。暗い中を黙々と歩いていると、勝手に頭の中で考えが巡る。


 就職して、そのまま好きな人と結婚して、家庭を築くと思っていた。でも、現実は……そんなの夢のまた夢だった。30歳にもなって1人のまま。


 年々人生の波は減っていき、今では家と会社を往復するだけの日々。俺はこれから死ぬまでの何十年という時間を、変化の無い日常として過ごすのだろうか? そんなことが浮かんでは頭を振って考えを消し飛ばす。


 早く飲もう。酔えば眠るまで何も考えなくていい。


 大きな交差点を渡ると、オフィス街から徐々にマンションやアパートが増えて来る。


 真っ暗な公園に入ってベンチに座った。部屋に帰って飲むのも、公園で飲むのも変わらない……なんとなくそう思ったから。


 日中は子供で賑わうのに、こう真っ暗で人気が無いと寂しさが際立つな。


 チューハイの缶を開けて一口飲む。柑橘特有の風味とアルコールの苦味が合わさって仕事の疲れを洗い流してくれる気がした。


 無意識の内にスマホを見て、すぐに閉じる。チャットアプリに通知が6件も来てる。友人達のチャットグループで会話が盛り上がってる印だ。きっとみんな家庭のことでも話してるんだろうな。


 もう一口チューハイを飲む。


 あぁ。早く酔いたいなぁ。


 その時、公園の遊具から物音がした。ドーム型の遊具。ここからだと中がどうなってるか全然分からない。中からゴソゴソ音が聞こえて来る。


 なんだ? 誰かいるのか?


 恐る恐る近づいて中を覗いて見ると、遊具の中には体育座りをした人がいた。パーカーのフードを深く被って項垂れてはいるけど、20代くらいの女性なのはなんとなく分かった。


「大丈夫ですか?」


 あ……しまった。つい声をかけてしまった。厄介事に巻き込まれたら面倒なのに。


[お腹が空きました]


 この子の声か? それにしてはなんだか変な感覚だ。確かに女性の声なのに、どことなく電子音みたいというか……。


 女の子が顔を上げる。フードの奥から覗く瞳が俺のことを真っ直ぐ見つめる。


 いや、と捉えてしまった。



 俺を見つめるその顔は、輪郭や形自体は人間のそれなのに、……見慣れた人間の目や鼻や口が、見当たらない。


 まるで……そう、



[何か食べさせて貰えませんか? 何も食べずに移動していたので]


 その子の声が頭に響く。口も何も無いのに聞こえる声。



 その娘は、人間じゃなかった。

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