第11話 見つめすぎです……

 怒るマキネをなだめながら昼を食べた。


 その後は家具屋に行って布団セットを購入し、配送を頼む。あのデカさを持って人混みを歩く勇気が出なかったなぁ。明日まで布団で寝るのはお預けか。


 今日の夜の配達も選べたが、日曜配達にした。仕事をしていると、どうにも配送タイミングとか気にしてしまうな。あんまり店の人に無理は言いたく無いと思ってしまう。


 最後に総合ディスカウントストアに寄ってママチャリを買った。これで平日の通勤時間も短縮できる。


 後は昨日みたいに定時で帰れるように頑張って……この前の感じだと風習を破ってもさほど俺の評価に影響なさそうだ。勇気を持ってやってみるに限るな。


 それにしても、なんだかんだで結構買い込んでしまった。他にもマキネが勉強に使えそうなノートや筆記用具類も買ってしまった。マキネが新しい知識を話してくれるのが密かな楽しみになってるなこれは。


 喫茶店にでも入りたい気分だったけど、マキネに外食はできるか分からない。結局自販機でオレンジ味の缶ジュースとコーヒーを買って良しとしてしまった。


 家まで荷物を運ぶと言って聞かないマキネを説得して、自転車に全ての荷物を乗せる。


 人通りが無くなった所で缶ジュースをマキネに渡すと、帽子の隙間からオレンジの光が見えた。


[これは……缶ジュース? 気になっていたのです。ありがとうユータ!」


 マキネが苦戦しながらプルタブを起こす。マスクをズラしてゆっくりと口を付けると、小気味の良いコクコクという音が聞こえた。


[お、美味しい……!]


「そういえばジュースは初めてだっけ」


[すごい。これはすごいですよ。溜まった疲れが流されるような気がします]


 彼女の顔から再び光が漏れる。こうやって新鮮な反応を見るのも面白い。


「帰り道は河川敷沿いに行こう。そっちの方が自転車は通りやすいから」


[河川敷って、川沿いのことですよね? 私明るい所で見る川って初めてです]


 マキネは夜しか行動してなかったみたいだしな……運河だから広くて驚くかも。



◇◇◇


 自転車を引きながら河川敷を歩いて行く。夕焼けに照らされ、運河に光が反射する。


[すごいです! 水面がキラキラ光ってます!]


「水光……だったかな? そういう言葉もあるくらいだし、昔から綺麗だと思われてたんだろうね」


 俺の前を歩く彼女は、はしゃいでいるように見えた。


[少し、帽子とマスクを取っていいですか? もっと良く見たいです]


 辺りを見回しても人影は見当たらない。河川敷に登る階段はずっと向こう。誰か来てもすぐに分かるか。


「今なら大丈夫だと思うよ」


 マキネが帽子とマスクを外す。すると、その半透明な髪が風に揺らいで、彼女の顔全体が夕陽に包まれキラキラ輝く。


[綺麗。明るいだけで、こんなに綺麗だなんて……]


 夕焼けのオレンジの中にマキネの色が混ざる。喜びの黄色の中に悲しみの青、怒りの赤も少しだけ。もしかしたら、これまでこの景色を見られなかったことについて思う所があるのかも。


 俺は、そんな彼女から目が離せなくなってしまう。



 この子はなんて……。



 今、分かった。俺がどうしてこの子のことをすんなり受け入れられているのか。



 きっと美しいからだ。



 誰が何と言おうと、俺は彼女を……美しいと思う。


 

 見た目だけじゃ無い。その無垢な所も、懸命に学ぶ姿も、感情の全てを曝け出す姿も、全てが美しい。


 昨日も俺に全てを話してくれた。俺を信頼して、全て話した上で改めて俺の答えを聞いてくれたんだ。


 

 人間でないはずの彼女を美しいと思う一方、人間として彼女を受け入れているという矛盾。



 でも、それでいいのかもしれない。



 俺は……彼女にしてあげられることは何でもしてあげたい。



[ゆ、ユータ……? 見つめすぎです……]



 彼女が恥ずかしそうに俯く。そこで初めて自分が見惚れていたことに気がついた。


「あ、ごめん。つい」


[明日は、スマホの使い方を教えてくれるのですよね?]


「マキネなら数分で覚えられるよ」


 彼女のサイドの触手が、ピンと立ち上がる。それだけでもう、喜んでいるのが分かる。


[私、スマホの使い方覚えたらいっぱいユータに連絡しますね!]


「し、仕事中は勘弁してくれよ……?」


 もし、マキネが普通の人間だったら満面の笑みを浮かべているだろうな。


 ほ、本当に手加減してもらわないと。



 マキネはこれからどんなことをするんだろう?


 彼女はどんなことを学んで、どう変わって行くんだろう?



 全然分からないことばかりだけど、気がかりなことも沢山あるけど、でも、きっと……。



 これからの彼女との日々を想像してワクワクしてる自分がいる。



 そのことが、すごく嬉しかった。

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