第10話 大丈夫ですか?
翌日。俺とマキネは外に出た。最初こそ恐る恐る外を歩いていたけど、誰も俺達のことなんて気にも留めなかった。よく考えたらそうだよな。普通に生活していたらマキネのような存在がいるなんて夢にも思わないだろうし。
昨日行った服屋の店員さんにバケットハットに似合う服を選んで貰い、他にも2着ほど服を買った。その後、駅ビルのカジュアル衣料品店に行き、部屋着類と下着類、それと靴もも買う。
……やはりというか下着を買うのは恥ずしかったけど。
服を買った後は、マキネ用のスマホを契約しに行き、ケータイショップを出た頃には13時も過ぎてしまっていた。
「ごめん。思いの外時間かかっちゃって」
[私の為にしてくれているのですから、文句なんて無いですよ]
マキネの声がマスクでくぐもった感じになっていた。今日は気温も高いし、連れ回して申し訳無いな。
「もう昼だし何か食べようか」
[あの、厚かましいのですが……]
マキネがおずおずと切り出した。今朝からやたら縮こまっていたから、こうやって意見を言ってくれると嬉しい。
[おにぎりという物が食べてみたいです]
「おにぎりって……また何で?」
[パソコンで調べていたら白くて三角で美味しそうだったので、食べてみたいなと思って]
彼女と出会って2日あまり。自分の意思で食事を選ぶのは初めてだよな。今まで俺が全部買っていた訳だし……。
なんだか胸が苦しくなって来た。マキネはペットかなんかか? 彼女を尊重していたつもりだけど、むしろ失礼なことをしていたよ……。
[え、え。どうしてそんな顔をしているのですか?]
マキネがあたふたする。帽子とマスクで見えないけど、きっと青色の光を出しているんだろうな。
「ごめん! 何でもかんでも俺で決めちゃってたと思って……反省してた」
[そんなことを気にしていたのですか?]
「いや、真面目に申し訳無いと思って……」
あ。
こんなこと、前にもあった。
……。
「もー!! 何で全部決めちゃうの!! 私に相談してよ!」
「時間無かったんだって! 決めなかったら先着逃してたろ!? 旅行行けなくなっても良かったのかよ!?」
「そうだけど! でも! ダメになったとしても、私は聞いて欲しかった!!」
……。
綾との喧嘩。あれも、もう3年以上前か。
あの時は、俺もちょっと悪かったかも。
[ユータ? 大丈夫ですか?]
マキネが俺の顔を覗き込んで来る。また余計なことを考えてしまった。
「あ、ああ……ごめん。おにぎりだったよな。駅近におにぎりの店あるからさ、そこで買って屋上で食べよう」
[はい! 楽しみです!]
「あ、ちょっと! 触手動いてるよ!」
キャスケット帽とマスクの隙間から、2本の触手がピコピコ動いていた。
◇◇◇
駅ビルの屋上は芝生にベンチのある広い空間で、思ったより人がいなかった。きっとこういう所は平日の方が混んでいるんだろうな。
マキネはさっき買ったおにぎり屋の袋を除いては両サイドの触手を動かしていた。
[シャケおにぎりと玄米おかかチーズ……]
「すごいな。初めて選んだのに定番と変わり種をキッチリ押さえてるよ」
[下調べして来ましたから。検索ブラウザは偉大なのです]
彼女はマスクをずらすと、シャケおにぎりを近付けた。横からチラリと覗く光の球が、シャケおにぎりに近付くと、一瞬で齧ったような後がついた。
あの中の球がムニムニ動く姿が見たくてつい顔を覗き込んでしまう。
[美味しいです! 美味しい!]
マキネの顔からビカッと黄色の光が漏れた。昼間で良かった。夜だったらすごく目立つだろうな。
昨日の話だとマキネは宇宙人みたいなものなんだよな。おにぎり食べて喜ぶ宇宙人っていうのも何だか面白いな。クリオネ似の。
……。
急に、クリオネを調べた時のことが頭に浮かぶ。
「そういえばさ」
[何でしょうか?]
「クリオネに似てるって言ったけど、クリオネは捕食する時は怖いらしいよ。頭から触手を伸ばして、まるで悪魔みたいだって」
もう一度スマホでクリオネを調べてマキネに見せてみる。画像でのクリオネの食事シーンは本当に悪魔的で、それこそ宇宙生物らしい見た目だった。
[……ますから]
「え? なんて言ったの?」
[私はクリオネとは違いますから! ……似てますけど。でも違いますから!]
帽子の隙間から光が漏れる。彼女の顔の光は、今までに無いくらい真っ赤だった。
怒ると赤になるんだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます